06 グッドモーニング

 一夜明けて。

 ルーティンで目を覚ます午前6時。


「おはよ。朝ご飯食べに行こ」

「おはようございます。すぐに着替えますので少しお待ちください」


 顔を洗ってきたばかりであろうランさんが部屋に戻ってきた。ぴょこぴょことまだ髪が跳ねている。

 何を隠そう、私はランさんの利用している宿屋のお部屋で一泊してしまったのだ。

 とはいえ悲しいぐらいに何も起きていない。健全に夕食を食べて、軽く今後の話をして普通に寝た。何かが起きて欲しいわけではないが――あれ? お互いいい年の男女だよね。

 なんだか私の貞操観念が緩いみたいで更に悲しくなってきたのでこの話はやめよう。


 わかった、とまた部屋を出たランさんを待たせるわけには行かない。

 私の持つ全ての私物が詰め込まれたトランクケースを開ける。仲には同じ種類のメイド服が数着。どれを選んでも同じだと一番上を選び着替える。

 今までの給料は要らないとは言ったものの、着るものがなければ流石に困る。手切れ金代わりにこのメイド服たちはトランクに詰めさせてもらった。


「お待たせしました」

「ウン」

「(昨日はソファで寝ていたので)身体は大丈夫ですか」

「(野営も多いしベッド以外で寝るのも)慣れてる」


 部屋から出ると廊下でランさんが壁に背を預けて立っていた。軽く話をしながら宿屋のダイニングへと向かう。

 言ってから気づいたがちょっと誤解を生みそうな言葉になってしまった。後悔したもののランさんは気にしていないようだからいいか。


「おはよう! リャオさんがモーニング希望なんて珍しいね」

「女将さん、2つお願い」

「あら、あらあらまぁ!」

 

 恰幅のいい女将さんが出迎えた。ランさんを見て、私に目を向けると色めき立つ。やはり誤解を生んでいるようだ。


「すみません、昨夜に私も部屋を借りようとしたのですが……満室だったようで。同僚のよしみでランさんのお部屋に身を寄せています。空き部屋が出来ましたら直ちに移りますので」

 

 断じてそのような関係ではないですよ、とアピールする。さすがに招来有望な若者の知らないところで噂が広まっては可哀そうだ。

 昨日私がこの宿屋【止まり木】に受付を頼んだ時にいた方とは別の人だ。若い男性だったから、彼は女将の親族か雇われの人間だろう。


「今日のモーニングはおにぎりセットだよ!」


 この宿屋は食事屋のついでに宿屋を営んでいる店で、主に中堅程度の冒険者が使う。

 野営などが多い冒険者にとっては家を借りるよりは宿屋で暮らす方が安くつくのだ。あとは管理の問題や税金とか税金とか税金で。

 冒険者や行商人相手の宿屋は一般の観光客を相手にするものとは全く違う。感覚としては数週間、数カ月単位で借りられる賃貸住宅に近いだろう。


 「はい、お待たせ」


 程なくして海苔に巻かれた大きなおにぎりが4つ出て来た。

 冒険者相手の宿屋だけあって食事の量も多いのだろう。さっそく二人で黙々と食べる。

 鮭に昆布にたらこにおかか。ご飯もほくほくと湯気を立てている。パリっとした海苔に加え、塩とご飯が絶妙に絡み合っていて幸せ。

 量がおおいとはいえ私にはちょうどいい。むしろ嬉しいぐらいだ。


 暗夜行ナイトウォークではランさんぐらいしか朝食を希望する人間が居なかったので量も少なめにしていたのだ。こうやって大量のおにぎりを食べている姿を見ると、少なかったかと申し訳なくなる。


「こんなにたくさんあって美味しい朝食があるのに。わざわざクランハウスまで来なくても良かったのではないですか?」

「……甘いのと紅茶派」


 なるほど。好みの問題だったようだ。紅茶に関してはすこしばかり拘っていたので嬉しい。


 この宿屋は店の雰囲気や食事から見るにランさんの故郷である東方大陸由来のものが多いようだ。

 だからこそ彼にとって珍しいものが食べられるハウスで食事をとっていたのだろう。私が作るものはこの地域のものばかり。

 今度暇があれば女将さんに教えを請おう。


「リャオさんったら素直じゃないねぇ。 クランハウスで食べたいから要らないってずっと言ってたのに」

「女将さん! そういえば、リーテスさんってよく食べる方なんだね」


 当人にとっては恥ずかしいこともあるのだ。女将さんに笑われランさんは少しだけ咽た。

 そのあとすぐに話を切り替える。あからさますぎて可愛らしいものだ。


「ハウスではその、無駄な経費があると怒られましたから。いろいろと節約してたんですよ」


 なにもお腹いっぱい食べたいと思わなかったわけではない。ただ、私とランさん以外に朝食をとるものが居なかった以上はあまり経費として落とせなかったのだ。

 昼も同じくして。夜だけは冒険者の皆さんが帰ってくるので大量に作る傍らで私も多く食べていた。


「おれのおにぎり一つ食べて」

「おかわりはあるからちょっと待っていな!」

「ありがとうございます。でも、満足してますからもう大丈夫ですよ」


 追加で渡されそうな爆弾おにぎりを固辞する。

 食べなければ力が出ないだとか、死ぬというようなものではない。お腹いっぱい食べることは趣味のひとつ程度なのだ。云わば娯楽。


 付けられてしまいそうな腹ペコキャラを撤回するのに私は必死だった。

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