手をふる
本を読むのをやめた。なんのことはない、ただバスが来たからだ。意外と人は並んでいるが、別の系統のバスに乗るのがほとんどらしく、私と他3人の人だけが乗った。ヘッドホンをつけている男性、スマホを手に持っている女性、そして小学生くらいの女の子。本を読んでいた影響か、それぞれ何をしているのだろうと想像が膨らむ。何を想って生きているのだろう。そう思いながらやや後ろの誰も居ない席に座った。
夏の暑さでやられた肌にクーラーの冷たさが心地良い。それでも汗はどんどんと出てくる。涼しい所に居るのに止まらない汗はいったいなんなのだろうか。これじゃあ汗を拭くのに忙しくて本を読むどころではない。
せっせと顔や首を吹きながらなんとなく前を見た。一番前のバス停側の席に座っている女の子が必死で外に手をふっている。まだ中学生で経験の浅い私には何をしているか分からなかった。汗を拭きながら外を見たりしているがここからでは店くらいしか見えない。
何か動物でもいるのだろうか。
時間合わせなのか3分ほど経ってからバスが動いた。扉が閉まりながら車体が上がる。最近になってそういうのが出始めてからしばらく経つが、慣れないこの感覚が面白い。バスの中に居る時はあまり斜めになっているとは感じないのに、どこにこんなに上がる要素があるのだろうか。
ゆっくりと、後ろから車が来ていないか確認しながら進んでいく。車と同じはずなのに、違うような乗り心地。これも他の乗り物と同じくらい好きだ。
外の景色もゆっくりと進んで行く。進んで行くにつれベンチが見えてきた。たくさんの人が並んでいる。ベンチも埋まっている。その列の後ろへゆっくりと進んで行く。
2つ並べられているベンチが終わった頃。誰かが手をふっていた。
前の席を見ると、女の子は──多分もう見えていないはずだが──窓に顔をひっつけて手をふり続けている。
あぁ、親子なのだ。
バスがそのまま進んで、もう母親の姿は見えないはずなのに女の子は角を曲がるまで手をふり続けていた。
これは私の願望の強い想像だが、子供がそうしてるという事は、親も同じ事をしているのだと思う。角を曲がるまで、きっと母親も手をふり続けているのだろう。
家に帰る途中なのか、祖父母の家にお泊りに行く途中なのか、まだ幼いのに習い事へ行く途中なのかは分からないが、たしかに幼い頃は近場でも大変な旅だった。幼い子を待つ親も、二度と帰ってこれないのかもしれないと思うだろう。
それならば親が全てすればいいという話もあるが、それではバスに乗る、自分で会計をするなどの経験はできない。色々な経験はさせたいが心配はなくせない。親子というのはなんと複雑なのだろう。
もっとも事件を起こす人がいなければその心配も少ないのだろうけど…。
その後は目的の停留所に着いたので降りた。女の子はまだ乗るらしく、大人しく真面目に座って待っている。
───
本当は自分でも駄目だとは思ってはいるが、なかなか歩きながら本を読むのはやめられない。チラッチラッと前を見ては本を読む。最初の一文字目ですっと物語の中に入っていく。本を読むようになってからサスペンス、ミステリーにハマってずっとこの調子だ。なんなら授業中にも読みたいほど大好きだ。
外は夏だというのに、夏の暑さが全く気にならない。
1文読んではチラっと前を見る。高速道路が近いから車通りは多いが、立地が悪いので人は全く歩いていない。唯一、近くの学校の学生か先生くらいは歩いているが、それでも時間が違えば全く人は通らなくなる。
この辺りは一応家はあるが、近くに駅も店もないから買い物が大変だろう。バスはあるけどそれは山の方向へ1時間もかけて向かうバスだ。それなら最寄り駅まで歩いた方が早い。
そんな道を読みながら歩いていく。結構な坂道にはなっているがそんな事は気にはならなかった。のし、のし、としっかり足をつけながら坂道を登っていく。あと少しすればバス停に着く。
特に変わりのない道を歩いていくとバス停が見え始めた。ここまで来るのに長い時間がかかるというのに、好きという力は凄いもので数分で着いたように感じる。
先に座っている女性2人が居るのでなるべく離れて座った。ここは1種類のバスしか来ないので、確認しなくても来たものに乗れば良い。
続きの1文に目を落とした。事件が起こり始める所で凄くハラハラする。まるで自分がその登場人物になったみたいだ。そんな体験を「今」していないのに、しているかのようだ。
双子の片方が
「気をつけるんだよ」
と聞こえた。
ひと呼吸おき、本にしおりを挟んでカバンになおした。きっと読みすぎだ。読みすぎで幻聴まで聞こえたのだろう。
そう思い、流れていく車を眺めた。ここには何もない。だけど人が植えた森のようなものはある。あの中はいったい何なのか友達の中で色々と噂になっている。木が生い茂っていて中身が何も見えない。かといって入り口もない。全く謎に満ちている。
それでも、そこにしかない植物のおかげかセミの声が凄い。もちろん車で多少かきけされてはいるが聞こえる。夏は元気な声のおかげか、暑苦しいがこちらも元気が出る。それを思い出したら、久々に色々な事を感じるようになった。
吹いていないように思うけれど、確かに吹いている風は柔らかく、暑さで程よい涼しさになって体を撫でる。たった一度、それだけで体の熱が落ち着いていく。この風の柔らかさは夏にしか感じられない。
隣ではどうやら親子らしい会話をしている。話からすると、仕事で他県に住んでいる娘が泊まりから帰るそうだ。
仲がいいのだろう。食べ物の話もしている。
最近駅の近くに新しい寿司屋ができた、とか、私の家の近くに職場の元先輩が店を開いたとか。聞いているとなんとも美味しそうな創作料理もあり、お腹がすいてくる。次から次へと出てくる料理の話で、口の中も次から次へと料理の味がしてきた。
あぁ、食べていないのに幸せだ。
なんてどんな食べ物だろうと想像していると、バスの音が聞こえた。バス独特の走る音が近づいてくる。プシューと大きな音を立てて止まっていく。止まると車体が下がり、扉が開いた。
娘が重そうなスーツケースを、よいしょと運び入り口から隣の席に座る。その後に私も入り、少し後ろの席に座った。
バスは特に時間合わせもなく、乗る人がいないと分かればすぐに動いた。
扉が閉まると娘は外に向かって手をふった。
後ろの車に注意しながら少しずつ動いていく。
母親も娘に手をふりかえしていた。
───
もう完全に日の強さは弱まり、風も吹きやすくなってきた頃。寒いと思って着込めば暑く、かといってそれを見越して着込むのをやめれば寒くなる。なんて面倒なんだろうと思いつつ、でも健康という事でいいか、と楽観していた。
いつも通りサスペンスを読もうと準備した時に思い出したのだ。なんの前触れもなく。
手をふりあう2組の親子の事を。その2組は別の家庭同士で、お互い関係もしていない。他でもよく見かけるであろう光景なはずだが、なぜだか思い出した。
なぜ手をふりあうのだろう。
いや、もちろん友達同士でふりあうから、理由を言えなくても当たり前だと思っている。だけどあの2組は姿が見えなくなってもふっていた。
色々と理由を考えては、なんとなく違うと思い考え直す。私も親になれば分かるのだろうか。いや、子供もしていた。なら分かると思う。
お互いなんでもない別れだ。また戻ってこれるし、小学生の女の子の方は嫌でも家に帰る事になる。なのに、ただ、バイバイと手を軽くふるだけじゃない。
私達はなぜするのだろうか。
学校のカバンにトライやるウィークで必要な物を入れていく。あの後もずっと考えていたが、あれでもないこれでもないとなって理由は見つからなかった。
手で頬を挟む。これから行く場所に、上の空で行ってはいけない。うん!と声を出し靴を履きに行った。
場所は学校と家の中間にある老人ホームだ。学校の道からほんの少しずれたらすぐに見えてくる。なのに今まで老人ホームがあることを知らなかった。
意外と見落としている部分は多いのだろう。
中に入ると学年の中で真面目だと認識されているクラスメイトがいた。友達じゃないのに私の家に迎えに行こうと計画していたくらい真面目だ。こうも真面目だと文句を言われやすいし反感もかいやすいが、とても必要な人間だろうなと思う。それと同時にこういう人にしわ寄せがくるんだなぁと悲しくもなる。
おはよう、と互いに挨拶をして部屋に入った。
仕事体験だといっても資格もなく働いた経験もない子どもだ。次のイベントに使う飾りを作ったり、おじいちゃんおばあちゃんに話にいくだけだ。本当はもっと忙しくて体力も必要なのだろう。
それでもいざ話すと言ってもよく分からずたじたじとしていた。
「おはよう」
と下から元気な声が聞こえた。おばあちゃんが地べたに座って私の顔を見てニコニコとしている。もう朝ではないけど、おはようと返した。
「おはよう、ここ初めて?」
「うん」
「ここ楽しいから大丈夫だよ、緊張しないで。ここの人達優しいからね、困った事があったら言ったらいいからね」
「うん」
「いいこだね、あそこの山岸さんはよくしてくれるからね。今週はビンゴだってねぇ、楽しみだねぇ」
「ビンゴなの?」
「そうだよ、あたったらいいねぇ。あなたもあたったらいいねぇ、皆あたったら楽しいねぇ」
「皆あたるか…そしたらいいなぁ。ビンゴ、あたったことないから」
「そうなのかい?80年も生きていてあたったことないなんてねぇ、今度のビンゴ、私のと一緒にしようねぇ」
「うん、そしたら当たる確率あがる。凄く楽しみ」
うんうん、とニコニコしている。皆が当たる、皆に幸せが行く。これも楽しそうだ。たまにはそういうのがあってもいいかもしれない。
少しして職員さんが来て、家族が来たらしく会いに行った。
次こそは私から話に行く、と気合を入れて周りを見渡した。皆それぞれ生活をしている。例えぼーっとしていても話しかけに行ったら邪魔になるんじゃないだろうか、その気持ちが出てなかなか踏み出せない。
どうしようかと焦りながら少し歩いては周りを見たりとしていた。
何歩か歩いたあと、今まで声もうまく聞き取れないほど緊張していたのに突然会話が聞こえた。
「そう、だから今は引っ越してここにいるの」
「そう。それで、その店は大丈夫なの?」
「もちろん。会社に居た頃より稼げてるかは分からないけど、ストレスはないよ」
「ふうん、それでもバイトもできるようにしとくんだよ」
と片方は柔らかく、片方は厳しく接していた。
厳しいお母様なのかなと思っていたらどうやら違うらしい。
「あれ?茜じゃない。引っ越したって言ってなかった?大丈夫なの?」
「うん。もう落ち着いて店を始めてるよ」
「そうなの、自分が社長や店長になるのは本当に危険だから、今のうちに方針を決めとくのよ。悪い客は強気でびしっと出禁にする。じゃないとその人以外来なくなるから」
「うん、任せて。お母さんの背中見てるから、そこは大丈夫」
「でも大丈夫なのかねぇ、だって誰かの会社や店に働きに行けば、景気が悪くなっても給料は安定して貰えるけど、自分で店をするって事は儲けがでなければ自分に返ってくるもの」
「そのために夫婦でやるの。私、元々働いてるしいざとなったらバイトにも行く」
「うんうん。それで、茜。子どもたちは病気になってない?」
「うん、なってないよ。皆私の病弱を引き継がなかった」
「あらそう、ふふ、それは良かった」
「今度子どもたちと一緒に来るからね。もう大人だから驚くよ」
「…そう」
「ああ、これから買い物があるからもう帰るね」
「……うん…」
じゃあね、と娘は言うが、疲れたのか母親は黙ったままだった。
けれど親としての何かがあるのか、娘が立ち上がって歩いたら手を振り始めた。目は下を向いてどこを見ているか分からない。さっきまで笑ったりしていたのに、顔全てが動いていない。ぴしっとしていた姿勢もやや前に傾いている。
その姿を見て職員が後ろに待機した。
娘も手を振りながら建物を出ていく。
小さい庭を出て完全に姿が見えなくなるまで、母親は手を振り続けていた。
振り終えると職員がすぐに、行きますよと声をかけにいった。
「…?茜は?今日………」
そういいながら職員と一緒に歩いていった。
―――
あまりの寒さに目が覚めた。秋だというのに長時間布団をかぶっていないだけでこんなにも体が冷える。
それでもなんとなく、心は暖かかった。
夢の内容は思い出せないが、懐かしくて知りたかった事を知れたような、なんとも言えない心地よさだ。
夢歩き2 ゆめのみち @yumenomiti
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