第二章 神々の迷宮編

第17話 世界教典

 いよいよその日はやってきた。ここはクレディオス様の部屋。中央の祭壇を囲うように全ての神々が並び立ち、向かい合うように祭壇の前にはクレディオス様が立っている。


「みんな、準備はいいね。今日からウォンダは新たな時代を迎える」


 クレディオス様が語りかけてくる。


「魔神達の襲来に備えた第一歩。世界の変革を始めよう」


 神々が真剣な表情で一斉に頷く。



 僕は今、どんな顔をしているのだろうか。緊張?言葉に表現出来ない。世界を変えるということがどんなことなのか、ちゃんと想像することが出来ないから実感がなかったんだろう。

 いま目の前の光景を見て、初めて世界を変えようとしている事を実感する。


 夢中になってゲーム知識を注ぎ込んできたけど、本当に正解だったのだろうか。ここはゲームではなくて、現実だとちゃんと理解出来ていたか?

 考えれば考えるほど理解出来ていなかったのではと感じ、不安が襲ってくる。

 そんな良くない思考に耽っていると頭の後ろに衝撃を受けた。


「痛った?」


「ログ、何しけた顔してんだ?」


 どうもウォーラ様に頭を叩かれたようだ。


「どうせ、今更になってビビってんだろ?自分が世界を変えるようなことをしていいのか?とか」


「・・・」


 図星である。何も言い返せない。


「それは自惚れだと知れ。お前は知識を私達に提供してくれたが選択をしたのは私達だ。お前の考えは間違っていないし、私達の判断も間違っていない」


「・・・」


「あのラヴィエですらお前の考えに賛同したんだぞ?あいつ、博愛者ぶってるけど中身は逆だ。めんどくせぇ女なんだ」


 ラヴィエ様の方を見やると何かジト目でこちらを見ていた。


「何よりボスとクロニアがお前の考えに最初に賛同したんだ。その時点でこれはもうこの世界での決定事項なんだよ」


「・・はい」


 僕の心にかかった靄がどんどん晴れていく。


「わかったらしけた顔してないで世界が変わった後に何をすべきかお前だけが知ってる知識使って考えとけってんだ。このザコ助が」


「・・ありがとうございます!」


 ウォーラ様はマジで女神様でした。確かにうだうだ過ぎた事を考えてるくらいなら僕だけの知識を使って次の事を考えて準備してたほうがいい。


 クレディオス様を見やると、微笑みながらこちらを見ていた。

 ..お見通しか。たかだか数十年しか生きていない小僧の思慮が何千何万かは分からないけど永く生きる神々の思慮に及ぶわけがない。確かに自惚れていた。


 気持ちを新たに前を見据えると祭壇に置かれていた『世界教典』が宙に浮き、輝き出す。黒の下地に金の美麗な刺繍が施された本は、開くとページが独りでに捲られていく。


 神々が『世界教典』に向けて手を掲げる。終わりなく捲られ続けるページ。輝きがいっそう強くなり、次第に僕の視界は輝きに染まっていった。



***



 輝きが収まり、『世界教典』は祭壇の元の場所に収まった。

 僕の考案した仕組みが今、『世界教典』を通じて世界の理となったんだろう。


「うん。これで世界にボク達の『恩恵』が行き渡ったよ。次はクロニア、全人族に神託を届けよう。準備はいいかい?」


「いつでも大丈夫よ」


 『神々の恩恵』。僕が考案した今回の仕組みはそう総称することになった。

 この後はクロニア様の声で世界に暮らす人族に恩恵の内容を説明する段取りになっている。


 僕はこれからの事を思案する。まずは迷宮が誕生することによる人族の変化かな。社会の変化を神々と見守り、迷宮の調整を続けることになりそうだ。実際にウォンダを見て回る事も必要だろう。というか、これはやりたい。


 そして僕自身も強くなろう。これは自己満だけどウォーラ様に一泡吹かせるのは絶対にやり遂げたい。ザコ助って呼ばれたのを思い出したら沸々と悔しさが込み上げてきた。


 先の事を考え出したらワクワクしてきた。まだまだやる事は盛り沢山だ。



***



 『神々の恩恵』がもたらされた日から予想どおり激動の日々が待っていた。

 やはり一番時間がかかったのは『迷宮』のバランス調整だった。ドロップアイテムの調整、幻影の調整など、人族を相手にすることで発生する問題点。調整、観察、調整の繰り返し。


 楽しくも大変な日々を過ごした。もちろん、僕自身の鍛錬も怠らなかった。というよりも調整の度に迷宮に投げ込まれ、何度死にそうになったか。おかけでだいぶ強くなったと自負できるようになった。そして、長い調整の日々が終わった。

 安定稼働に入った迷宮運営は神々に任せ、僕は満を持してウォンダを旅することに決めたのだった。




 僕は今、『迷宮街』として発展を続けている街、『ラビス』を訪れるべく、街道を歩いている。


 んー、長閑。圧倒的長閑である。すぐ喧嘩を売ってくる理不尽女神もいない、何かにつけて僕の声を録音しようとする変神女神もいない。世界はこんなにも平和だったのか。


 旅人用の一般的な服装に身を包み、背にはテチノロギス様謹製のリュック。腰には鉄製のブロードソードを2本。刃渡70cm程のテチノロギス様謹製の業物だ。旅に出る僕のためにテチノロギス様が用意してくれたのだが、最初は『魔銀ミスリル』だの『魔銅オリハルコン』だのと希少金属で作られそうになったのでそこは辞退した。どう考えても目立ち過ぎる。


 風景を楽しみながら歩いていると、目の前に『ラビス』の門が見えてきた。迷宮から得られる富で発展する街、『ラビス』。僕の異世界冒険ライフがこの街からスタートすると思うと、ワクワクしてきてしょうがない。


 まずはもちろん、『冒険者組合』に直行だ。

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