【KAC20245】四度目

花沫雪月 (元:雪月)

四度目

 えぇ~、皆さんはわざわざ私の噺を聞きにいらっしゃるくらいですからね。

 さぞやこういった席がお好きなのでございましょう。


 かくいう私も大の聞き好きでございまして。

 まぁ、それが高じてこうして噺家なんかになっているわけでございます。


 面白い話を聞くと、そのお話を人に話したくなるものでございます。

 落語というのも師匠の噺を聴いて覚えていくものですから、噺が面白くないと覚えるのも辛いというわけでございます。


 同じように、人伝の話を自分なりにお話する……職業というか、そういったものがございます。


 怪談師……というのでございますが、彼等は好んで怖い話を聞き集めては人にお話するわけです。


 落語の演目にも怪談噺というのはいくつかございます。

『お菊の皿』、『牡丹燈籠』、『死神』などなど……皆さんもお聴きになったことがあるやもしれませんが、落語と怪談に大きな違いがあるとすればそれはちゃんとした“オチ”があるかどうか……といったところでございましょう。


 これからするお話も面白い話ではございますが、明確なオチのないようなそう言ったお話でございます。


 つい先日、私が行きつけのバー”の……居酒屋じゃございませんよ?コジャレたバーです。ちゃんとね。

 そこのカウンターで一人飲んでいたときの話でございます。


 まぁ、そう高くはない洋酒をこう、クイッとやっていたわけですが、不意にバーテンさんが「あちらのお客様からです」と一杯の真っ赤なお酒を差し出してきたわけです。


 こういったことは誰かを口説くときにやるものですが、さてどんな美女がとそちらを見てみればまぁ案の定、小太りのおじさんがニカっと笑ってこちらに手を振っていたわけでございます。


 そのおじさんはすぐに席を立って「葛城一二三師匠ですよね!噺家の!」と話かけてきたわけでございます。

 私もそれなりに顔が売れて参りましたので、こういったことは何度かあるわけでございますが、

 どこぞの社長さんだというそのおじさんとしばらく話を弾ませていますと「こんな話をご存知ですか?」と一つの怪談を聞かせてくれたのです。


 ある所に大変美しい女性がいたそうです。

 その女性は黒髪に白いワンピースの似合う方だったそうですが、可哀想なことに悲恋から自ら命を断ってしまわれたそうです。

 それも自らの首を切り、白いワンピースが真っ赤に染まってしまったというから恐ろしい話でございます。

 落語のお話にもそういったお話は多々ございますが、これは怪談話……まぁオチというオチは無いのですが……面白いのは、この話を“誰かに話すと”……その女性が話した方のもとへ現れるというのでございます。


“話を聞くと”というパターンは聞いたことがあったのでございますが、“話すと”というのは初めてでございました。

「それなら貴方は不味いんじゃないですか?」と私が聞くと、「実はこの話の面白いのは三度までなら話をしてもいいのだ」というではないですか。

 なんだか都合のいい話だなぁと、笑ってしまったものでございます。

 まるで話を広めてくださいと言っているようじゃあございませんか。

 では「四度目はどうなるのか」と聞けば「それはやっぱりその女性が現れるんじゃないですか?」と……こういったわけでございます。


 仏の顔も三度までとは良く言ったものでございます。

 三度目までは大丈夫、三度までで何とかしなさい……そういったことではございますが。


 ……小僧!小僧はおるか?

 はい、和尚さん!

 夕げに使う山菜が無くなってしまったんじゃが、お前に取りに行って貰いたいんじゃ。

 はい、和尚さん!

 じゃが山には山姥がおるという……もしもの時はこの三枚のお札に願い事を言いなさい。

 はい、和尚さん!


 ▽ ▽


 すべての演目が終わり、通常であれば噺家は高座を去るはずだった。

 しかし、今日はどうも様子が違った。


「皆さん最後に少しだけ宜しいですか?」


 噺家はそう言うと、話を切り出した。

「実はマクラにしたお話には続きがあるのでございます。社長さんは店からの去り際にこうおっしゃったのですよ……『実は、四度目だったんですよ、私』ってね。その社長さんですがね……お亡くなりになってしまったそうなんですよ。私と会ったその日のうちに……いえね怪談のせいかどうかはわかりませんが、もし本当に話せば恐ろしいことが起こるお話……そんなお話があるとするならやはりそれは聞いてはいけない話なのでは、とそう思うわけでございます。特にその四度目は……ね」


 噺家はそうして最後にこう言った。


「私もこれが四度目でございます」


 その瞬間、崩落した天井が噺家を押し潰した。

 パニックになって逃げ惑う観客の中に、黒髪に真っ赤なワンピースの女がじっと佇んでいた。


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