Brutus

中田もな

 覚えているのは、少し埃っぽい部屋の匂いと、燦々と降り注ぐ光。

 まぶし過ぎて、目が眩むほどだった。


「ブルトゥス。彼が、ユリウス・カエサルです」


 ブルトゥスは、母の服の裾から、そっと瞳を上げる。そこには、若い男が立っていた。


「ほら、挨拶は?」

「初め、まして……」


 おずおずと口にするや否や、男はブルトゥスに飛びついた。まるで、可愛らしい子猫を見つけた様に。


「ああ、何と柔らかな肌だろう! そして何と、美しい瞳だろう!」


 彼はブルトゥスを抱きかかえ、目一杯頬擦りをした。そして、小さくキスをする。


「彼のことを、『父』と呼んでも良いのですよ」


 母が言う。最高に幸せで、とろけるような笑みを浮かべて。

 父が死んでから、一度たりとも笑わなかった、あの母が。男に向かって、微笑みかけている。


 彼との出会いは、これが最初だった。そしてこの時の記憶が、ブルトゥスの生涯に付いて回った。

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Brutus 中田もな @Nakata-Mona

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