第6話 筋肉は訴える! ダンベルを手放すな!
引っ越してから随分、日が経った。
あれから、夜中にダンベルが落ちることもないし、マッチョに囲まれることもなくなった。
やっと、安眠を確保することができた。
それでも気がかりがあった。
あの呪いのダンベルを押し付けたマッチョのことだ。
あの時の悪意を今でも覚えている。
普段の俺だったら、あそこまでのことはしない。
夜な夜な悪夢にうなされ、誰かを呪いたくなる心境だったと言えばそれまでだが、やはりやりすぎだったのではという後悔があった。
あの悪意の記憶は俺を手放してはくれない。
まるで、黒い霧に覆われ、まとわりつかれるような気分だった。
俺はあのアパートの名前を打ち込み、SNSで検索をする。
どうやらあのアパートはマッチョ界では、ちょっとした噂になっているようだった。
寝ている間に筋肥大が起きる。
超々回復が起きて、バルクアッパがすごい。
マッチョ、マッチョ。
様々な言葉が並んでいた。
良いじゃないか。
本人が望んでいるなら呪いも、祝福に変わることだってある。
俺はプロテインバーを頬張り、スクワットをしながらスマホを握りしめる。
心の奥底に眠るのは悪意の記憶だけではなかった。
喪失感だ。
確かに悪夢は見なくなった。
だが、別の夢を見るようになった。
俺は街を走り、野山を駆け、探し求めているのだ。
散々探し回った結果、何も見つけることができず、なぜか前のアパートに戻ってくる。
寝室に入り、崩れ落ちて泣く。
今日も探し出せなかった。
なぜかわからないが、とめどなく涙が溢れてくるのだ。
こんな悲しい気持ちは今まで味わったことがない。
ひとしきり泣き、涙が枯れ果てたところで目を開ける。
鼻先に一筋の光が横切った。
金色の光だ。
俺は視線を横へと向ける。
そこはベッドの下で、何かが金色に輝いている。
そこでいつも目覚めるのだ。
俺の心は、いや筋肉は訴えていた。
あの金色のダンベルを手放すべきではなかったのだと。
そのダンベルを手放さないで 月井 忠 @TKTDS
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