第3話 金色の痕跡

 俺は夢を見ていた。

 そう、夢だとわかる夢だった。


 俺は自宅のドアを開ける。

 夜の帰宅で、中は当然暗い。


 照明をつけることなく靴を脱ぐ。


 この家には誰かいる。

 それが直感でわかった。


 だから俺はソイツを退治しなくてはいけない。

 右手には金色に輝く、金属バットがあった。


 俺はソイツが憎い。

 なんとしても、この家から追い出す必要がある。


 フローリングが少しでもきしむことがないよう、ゆっくり足を運ぶ。

 ヤツに気づかれてはいけない。


「……ンッ……ンッ……」


 俺の寝室だ。

 ヤツはそこにいる。


「……ンッ……フンッ……」


 荒い息遣いが聞こえる。


 俺はひんやりとしたドアノブを握り、音がしないようにゆっくりと回す。


 右手の金属バットを強く握る。


「フンッ! フンッ! フンッ!」


 ドアがほんの少し開き、中の声が漏れてくる。

 憎いヤツの声だ。


「ヌァァァッ!」


 ちぎれるような声だった。


 俺はわずかな隙間から見た。

 見てしまった。


 ベンチに寝転がり、バーベルを持ち上げる俺がそこにいた。




「うあああぁぁぁぁ!」


 気づくと俺は飛び起き、布団を跳ね飛ばしていた。


 なんて夢だ。

 俺は頭を振る。


 とんでもなく、荒唐無稽な夢だった。

 そう、あんなことはありえない。


 部屋を見回す。


 ベッドがやっと入るような狭い部屋だ。

 なのに、あんなでかいバーベルで、ゆうゆうとベンチプレスをしているなんて。


「くそっ!」


 それもこれも、あの深夜の騒音が原因だ。

 俺は確かに月明かりで輝く金色のダンベルを見た。


 いや、あれもきっと夢だろう。


 昨夜のできごとを頭から振り払うようにベッドを出る。

 スリッパを履いてから、カーテンを勢いよく開け、朝日を入れる。


 なんだか、全てがどうでも良くなってきた。

 これから仕事なのだ。


 気持ちを切り替え寝室のドアを開ける。

 そこまでは良かった。


 勢いでなんとかなった。

 俺は恐る恐る、玄関の方へと視線を向けていく。


「ほらっ! やっぱりな!」


 そこに金色のダンベルはなかった。


 あれから俺はダンベルに触れることなくベッドに走り、布団をかぶって震えていた。

 そうしているうちに眠ってしまったのだ。


 しかし、それも全て夢だったのだ。


「疲れてんな! 俺!」


 笑い飛ばすように言う。

 目は重く、睡眠不足を感じるが、恐怖で頭は冴えている。


 そんな感じだった。


 いや、少し妙だ。

 視線の先のフローリングに違和感を覚えた。


 リビングに向かって走り、カーテンを開け、また戻って来る。

 ダンベルがあったであろう、フローリングの床をかがんでじっくり見る。


 そこには、わずかに凹みがあった。

 ちょうどダンベルと同じように、二つの凹みがそこにはあったのだ。

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