賢者と魔女
なんばん
【加筆・修正後】 第一話 町の賢者
陽が良く通る空の下、仄かに感じる暖かさ、じっとしてられないとばかりに、その道に意味が無くとも、あちらこちらへ出かけてにぎやかなこの町には、賢者がいる。
町人からは「賢者さん」と慕われるその人は青年の男である。
困った人がいたらほっとけないと直ぐに手を貸し、頼まれごとも快く了承してくれる、そんな彼を嫌うほど捻くれた者はそういない。
ここだけ見たら、都合のよいよう扱われていることに気づかない哀れな男とも取れるが、そこは賢者。
嘗て少年が賢者に学院から出された課題を代わりにしてもらおうと画策していたことがある。勿論賢者にバレて叱られた。
だがこれに懲りるほどその少年もあきらめは良くないと来た。
賢者はそうだろうと知っていたのか学院に密告、そして学院からは保護者である親に通告され、無事少年の頭上には教師と親からの雷が落ちた、勿論比喩表現である。
その後はご両親に引きずらるようにして少年は再び賢者のもとに家族でもって謝罪に来て、この話はお終い。
その後少年の課題は激増したとか罰があったとかなんとか、その後日談は賢者にはあずかり知らぬこと。
これだけならまだ可愛いところ、さらに酷かったことは、仕事を下請けとして賢者に丸投げしようとした外部のある業者だったか。人の好さに付け込んでタダ働きさせるつもりだったようだが、賢者からは華麗なるスルーを決められた。
その変わりガタイの良い男達が良い笑顔で関節を鳴らし面前に現れた後、彼は蒼白した顔で引きずられるようにして裏道へ連れ込まれた。
その後彼は生真面目に仕事を熟すようになったんだとか。
大多数の人々は賢者を「利用」しようとはしない、良き隣人であれるよう、互いに助け合いの精神で接している。
賢者も彼らを利用しようとは露にも思っていない。何も聞かず自身を受け入れてくれた町の人に恩義も感じているほど。それはそれとして、度の超えている要求は受け付けない。
利害一致では無く、適材適所。足りなかったり、欠けたりした個所をお互い補い合いながら暮らしている。
そんな賢者は、純白の装束に身を包んでいる、そして頭髪も白い。全身白づくめ。
「なぁ、あそこに見えるのって賢者さんかな?」
だから遠目にもその人の判断はつく。くねくね宜しく、白い悪魔と思ったら、大抵は真反対の賢者なのがよくあったりするとかしないとか。
賢者は今、ある用事から、町の中心である噴水広場からは離れた外側の方向へ脚を進めていた。
そんな賢者を見かけた少年は、賢者とは反対側、水路を挟んだ道の奥の細道にから見えた、賢者を指して少年は問いかける。
因みにこの少年は先ほどの少年とは別人と留意しておくこと、謂れなき冤罪は許されない。
「あんたの眼が腐ってなけりゃそうね」
「確認のために聞いただけなのに酷くない!?」
そもそも頭まで全身真っ白な人なんて賢者さん以外に誰がいるというの? 少女はそういう意味も込め少年をなじる。
少年としては自身が間違っていないかの確認、認識の共有をしようとしただけなのに、酷いものだ。
「おーい!賢者さーん!」
少年は賢者へ呼びかけ、大きく手を振る。声が届いたのか、小さく見える賢者はこちらを振り向き、微笑みと共に手を振り返してくれる。
少女は会釈をし、少年の腕を持ち、引きずるようにその場を離れていく。この町は引きずる光景が少しばかり多いような気がしないでもない。
賢者も子供達が離れて行ったのを見送った後、止めた足を再び動かし始める、それほど急ぐことではない、時間に余裕はある。ゆっくりと進もう。
引きずられた少年は何故か少女から駄目だしをされていた。
「はぁ……わざわざあの距離でそんなことをしなくたっていいじゃない、めんどうくさい」
「挨拶は大事なことなんだから! めんどうなんていっちゃいけないんだぜ!」
「もっとこう、なんというか、急ぎのようかもだし、態々遠方から声かけなくてもとか。こう……さ、はぁ」なんて少女は言葉を考えるが、軈て少女は大きくため息を一つ吐き諦める。
存外に少女は『めんどうくさい』考えをしている。
相手を思いやった究極系、無駄な干渉はしないべきとでも言いたいのか。
それは人によりけり、無駄な杞憂だと知るにはまだ時間がかかるかもしれない、成長するとはそういうことなのだろう。
「じゃあ冒険にいくぞー!」
「山は危険だからダメって言われたのもう忘れたの?」
「う……別に山に行くなんて一言も言ってないしー、どことも言ってないしー」
「あんたが冒険って言って今まで行った場所の記憶、山しかないんだけれど」
「そ~れは忘れてるだけだよ、ほら、楽しいと記憶が無くなるあれだよ、うんうん」
それなら能天気なあんたの記憶は赤子から更新されてないんじゃないか。
今までのは楽しいと思っていなかったのか。
前者なら人間として欠陥過ぎる、後者なら大問題、火球速やかに身辺調査をしなければいけないが、賢者が動かなかったのだから、問題ないのだろう。
というよりこの考えはするだけ無駄なのは勿論知っているのだが。
めんどくさくなった少女は、この期に及んで誤魔化そうとしている少年を置いて去ることにした。
無言でその場を立ち去る少女に、少年は慌てて付いていき、急に黙ってどうしたのか、なんでそんな呆れた顔をしているのか、少女にとってめんどうくさいしか無いことを聞く。
勿論暫くは口を開くつもりはない、めんどうくさいから。
賢者は手元にある包み物を届けるため、水路を沿って上へと進んでいく。
その間、町民たちと幾度もすれ違うが、皆一様に賢者と会えば、言葉を交わす。
両者で交わされる言葉と自然と上がる口角は、その関係のほどを伺える。
「やぁ賢者さんや、調子はどうだい?」
「超上々だよ、体調には気を付けてくださいね」
青果店の店主と挨拶を交わし。
「昨日は助かった、おかげで仕事が早く終わったよ! 今度一杯奢らしてくれ!」
「僕は余り飲めないから、今度僕の仕事を手伝ってくれたらそれでいいよ」
「それは勘弁してくれ! 俺の手に余りすぎる、頼むから飲んでくれ!」
昼間からの飲んだくれの場から笑声を起こしたり。
「よ! 賢者さん、今日も色めきだってるね! このあと滝をシバきにいかないか?」
「風をひきそうだから遠慮しておくよ。まあ風をひいたことはないけどね」
よくワカラナイ提案を断ったり
「雑草って意外と食えるもんだねぇ! やっぱ不味いわ」
「うん、いますぐそれを捨てよう」
偏食家の変体の手にある雑草をはたきおとしたり。
賢者と町民の関係は良好である、分け隔てなく全ての町民と、恐らく。
下にある噴水広場の方が人は多いはずなのに、比較的人の少ない上で、道行く人がこうも賢者に言葉を掛けてくれるのは、実は賢者のちょっとした自慢だったりする
愉快な人たちに答えつつ、目的の一軒家に到着する。
ここは花屋、売り場には色とりどりの花が綺麗に配置されている。
一本一本が光り輝いているようで、店主の管理がいかに繊細であるかを表している。
ノックをすれば少しして扉が開き、一人の初老の老人が現れる。
「おや、賢者さんではないありませんか、どうしましたかな?」
「時計のメンテナンスが終わりましたので、お届けに上がりました」
「……え、もうですかな?」と少しばかり驚きで機能停止したあと、ッハ! と再起動した後、立ち話もなんですし、中へどうぞと、招かれる。
誘いに乗り、扉を潜れば、玄関口にも花が咲いていた、それは売り場のところには置いていなかった花。
「これは確か、『ソニアスの花』ですか、綺麗に咲いていますね、良い香りがします」
「別名『ソーニャの花』とも言われておりますな、ええ、この花は今が旬でしてね。まぁ赤色なので、売り物になりそうにありませんがね」
大きな花弁が、中心にある吹けば飛ぶような繊細で小さい花をこぼさないように、守るよう包むように、幾つにも重なっている。
この花の特徴は、確か決まった色が無く、毎年咲くまで何色かわからないということか。
賢者の知りえる知識である、たしか花言葉は「投げられた賽」だったか。
「なぜ赤色だと売り物にならないのでしょうか?」
「花言葉のせいですよ、赤色だと『悲惨な結末』や『傍観』。元々の花言葉のせいもあって縁起でもないと言われていましてね。赤く咲くだけで燃やしてしまう花屋も多いのですよ」
花言葉なんて気休め程度の迷信に気を取られ本質を見失ってしまうのは人間の悪いところですな。初老の店主は苦笑いで言う。
さらにソニアスの花は赤く咲いた後に残す種は、翌年に咲くとき、より大きく、強く、立派に咲くことも教えてくれた。
悲劇を乗り越えれば、より強く成長することができる。花がそんなことをその身をもって伝えているように感じた。
店主が言っていたように花言葉は人が都合よく解釈したものに過ぎない、本質はもっと別にある。賢者は形が良さげだ、なんて思ったぐらいだ、花には疎い。
玄関での立ち話もほどほどにして、今度こそ来品質へ案内をする。
「いやはや、こんなにも早いとは思いますまい。吃驚しましたぞ」
「細かいものは得意でしてね、無心でしていたらすぐ終わってしまいましたよ、ソワーズさん」
椅子に座るよう促し、沸き立ての紅茶をティーカップに注ぎ、二つをテーブルへ、片方を賢者に差し出す。
初老の男性、ソワーズは着席し、賢者から包装されたモノを受け取る。
丁重な包装を解くと中には機械式懐中時計が。以前自分がメンテナンスを頼んだものだ。
「以前に時計屋の店主は『オーバーホール程神経を使う面倒な物は無い』なんて言ってましたっけな、それに普通なら数カ月は掛かるモノだと聞いていたので、こんなにも早いとはおもっていませんでしたよ」
時計に光を太陽の光を当てると、鏡のように映る自分共々反射する。
所々に入った疵は、これまでの歴史が刻まれているかのように、褪せた文字板は年季を表している。
己の宝であると言っても過言ではないそれを様々な角度から観察するソワーズは、満足げにそう語る。
「昔から手先は器用でしてね、よく手癖が悪いって父上には叱られてばかりでしたけれど、お役に立ててよかったです」
ソーサーとカップに手をかけ、顔に近づける。
紅茶から仄かに上る、暖かく芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。一口含めば、優しく甘い香りが熱と共に全身を巡り、程よく強張った体をほぐしていく。
自分で淹れたのもよいが、ソワーズさんのように、誰かに淹れて貰った紅茶もなかなかに味わい深いものだ、今度だれかにお願いしてみるか、見返りとして。
良いことを思いついたかのように、そう頷く賢者も満足げな顔をしている。予め記しておくが、賢者は見返りを期待しての手伝いはしていない、驚くほどに下心も無いのだ。
「ところで賢者さんや、既に針は動いているようですが、時刻の設定はどのように……?」
一頻り眺め満足をしたソワーズは、針が既に動いていることに疑問を感じ、賢者に問い掛ける。時刻は十二時四十三分を指している、今尚針は止まらず動き続ける。
「はい、時間は結構適当に、なにも考えずに一回転させて合わせました」
「……ん、 つまり合ってはいないと? いや、それぐらい自分でできますがね」
これまでと打って変わって適当だと発言する賢者に、その訳が分からずソワーズは混乱する。
賢者は悪戯だってしない、真っ直ぐなひとだと認識しているから余計に混乱する。
賢者はそんなソワーズさんを見て一口、程よく甘い紅茶を飲み、カップをソーサーに戻し机に置いた後、やや困り気味にこう話す。
「僕って、運がいいんですよね」
運が良い。ソワーズに浮かんだ考えでは、探し物が運よく見つかる。ほしかった絶版の品が見つかる、そんな具合しか思いつかない。
運なんて頼る場面も必要になることもあまりなかったソワーズは安定した人生を送っていた、起伏に乏しいとも言うのかもしれない。
「僕が女神様の敬虔な使途、なのはご存じですよね。『奇跡』が使えることも」
「ええ、皆存じ上げておりますが……」
『奇跡』とは、この地に存在する一柱の女神が与えた力である。
奇跡は多岐にわたるが、代表的なものが『治癒』であったり、『身体強化』など、元来このような力は与えられることは無い。
いつからか現れた『魔物』や『魔獣』に唯の人間では対抗することができないと判断した女神様が、『最も信頼できる人間』に下賜された力である。その信頼できる人間が敬虔な使徒である。賢者も例に漏れず、女神の敬虔なる使徒である。
奇跡は女神の御力を借りて行使する、だがそれは無から有を作ることは無い。あくまで在るモノの可能性や性能を引き上げるだけである。
賢者はこれまでその奇跡を使い町民の看病や護衛と言った、賢者にしか出来ない手伝いをしてきた。
「その『奇跡』はどうやら僕には運にも強く表れるようでして」
「……成程、変わった寵愛ですな」
奇跡はその名の通り、本来ありえないような現象のことを指すが、今回で言う奇跡は必然とでも言ってしまえばいいのか、もっと言えば本人の可能性以上のことは起こらない。
つまり、賢者は元から運が良い、豪運なのかもしれない。
運と言えば、昔七色の花を見たことがあるとか、そして花から昔話、昔から変わったことなど、話が広がる。
その後世間話も交えた談笑をしていたら、時計は十三時十分を指していた、既にカップも空に。
変えを入れようかとソワーズが問えば、賢者は大丈夫だと、感謝の言葉を伝え、長居するのも悪いからお暇すると言う。
「ありがとうソワーズさん、紅茶美味しかったです、またいただきに来ても?」
「ええ、今度も良い茶葉を用意しておきますとも。 ああそういえば」
賢者が去ろうと席を立つとソワーズから一声かかる。
「近場の山に『魔物を見た!』と言っていたのを最近聞きましてな」
「そういうことはもっと早くに言うべきことだと思いますが……?」
人伝で確証がありませんでしたし、誰も山に行かないからすっかり忘れておりました、とソワーズは苦笑する、しかし賢者はその山の麓には子供たちの秘密基地があるということを知っている。
賢者の奇跡も使った第六感では今のところ被害も問題もないとは言っているが、危ない芽は早めに摘んでしまう方がいいだろう。
「安全のため確認してきます」
賢者がそう告げれば、ソワーズは「手間をかけてしまってすまない、頼みます」と言って、賢者を見送った。
子供達と一部の大人しかしらない、秘密基地をソワーズは知らなかった、無理もない、だから秘密基地なのだ。
一応山にも意識は向けていた、見回りもしていたが、魔物の気配は今までなかった、一体どこから現れたのだろうか。
一度、魔物の話しがでたのなら、眉唾物でも用心して、誰も山に近づいたりはしないだろう。
だが、念のため、子供達の安全を確かめようと思い、秘密基地を知っている子供たちを探す。
あそこは遊び目的で集まる拠点なのだ、一人行くならほかの誰かが知っているはずだ、その場合誰に聞くかだが。
(確かあの子たちは噴水広場に……いや、移動しているか)
先程あった少年少女に当たりを付けてみるが、活発な子だ、もういないだろうと予想する。
で、あるならば。することは一つ。
(適当に曲がれば遭遇するかも)
自身の奇跡が染みた運に委ねるのみ。
やや速足気味に歩き、噴水広場に近づいてきた。
まぁ。この辺で曲がるかと、曲がれば。
今朝にあった少年と遭遇。ビンゴ。
「あ! 賢者さん、さっきぶり」
「よ!」と手を上げる彼に答え、賢者も片手を軽く挙げ答えた後、今山に行っている人はいないかと、事情を話して聞いてみると。
「あー……その話はみんなしってるハズ、俺もかあちゃんに頭が痛くなるぐらい言われてるし、みんなで『暫くいけねぇな』って話したから、大丈夫なはず」
「そうか、良かった」
「でもなんでそんなこと……もしかして、退治しに行くのか!? だったら俺もぐはッ___」
ひとまず子供達にも周知されているなら、最悪は起こりえないだろうことが分かり、少し一安心、不確定事項は一つずつ潰していこう。
それにしても、この少年は肝が据わっているというのか、怖いもの知らずなのか、連れてけと言えるのは幸せとでもいえばいいのやら、まぁ言い切る前に突然背後に現れた少女に一瞬で意識を刈り取られているあたり、まだまだである。耐えても連れて行かないが、というか少女はアサシンの才能があるのではないか。
その後、ぺこりとお辞儀をして引きずられていった。やはり引きずられる。
少年少女の愉快な一幕を見終わった後、賢者は一息つき、魔物の確認をするため山に入ることに午後の予定を決める、居なかったらそれでいいし、いたら討伐するだけだしと、賢者は考え。
「夕飯までには帰れるといいな」
余裕の構で歩みを進める。
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