第三十九話 なかにわのなかにはまおうがいる

「そうか。まさか、そのような事になっていたとはな……」


 ラグナムア王国、謁見の間――。


 玉座に座る王の前にシャーユさんと、その後ろに四人の仲間が跪いていた。

 王の左手に王子、右手にはアイカさんが立っている。

 俺は跪く五人の左側の壁際に立ち、その光景を眺めていた。


「役目を果たせなかったばかりか、王家に背くような事態を招いてしまったこと、申し開きのしようもございません」


 シャーユさんが、すでに下げている頭をより深く下げる。見ているだけで首が痛くなりそうだ。


「よい、よい。とにかく、こうして無事に戻ってきてくれた事を嬉しく思う。リンスプもアイカも、ご苦労であったな」


 みんなに一通りねぎらいの言葉をかけた後、王様がこちらを見る。


「そして麗一殿。此度の貴殿の活躍、聞かせてもらいましたぞ。なんでも、数万の魔物の大軍を一人で殲滅したとか」


 なにやらとんでもない数にされている。王様にはきちんと報告が行ってるはずだから、多分冗談なのだろう。


「いえ、そこまでの数ではなかったのですが……。それに、チャトの力添えがあったからこそ成しえたことだと思います」

「チャト?」

「ビータさんの娘さんです。旅の仲間として、支えになってくれました」

「おお、そうか! ビータ殿の……。トキヤ族の噂は、儂の耳にも入っておる。なんでも、裏切りの種族などと呼ばれているそうだな」

「……恐らく、私が魔王城の門番を担っていたせいでございましょう」

「ふむ。ならば早急にそのような噂を払拭せねばならんな。今すぐ国民に布令を出そう。親子共に魔王と戦った、勇敢な種族であるとな」

「……ありがとうございます」


 すこし詰まったような声で、ビータさんが礼を述べる。

 

「麗一殿にも後で褒美を取らせよう。宝物庫に何か良いものがあればよいが……」

「い、いえ、そんな。私ごときにもったいないことです」

「……そうだ。宝物庫といえば、レキスはどうした? ここにおらぬようだが。」


 キョロキョロと辺りを見回す王様に、王子が肩をすくめながら答える。


「フッ、どうやら逃げてしまったようだね」

「……まったくあやつは。宝物庫の宝を勝手に持ち出すわ勝手に出て行くわ……長めのお説教が必要のようだな」

「い、いえ。レキスにもたくさん助けていただきましたので……ここはどうか穏便に」

「ふぅむ……麗一殿がそう言うならば、今回はお咎めなしとするか。いや、しかしなぁ……」

「まあまあ、いいじゃないか。それより、みんなお疲れだろう。そろそろ解散にしたらいかがです?」

「む……まあ、そうだな。それでは皆の者、ご苦労であった。部屋を用意させてあるが故、今日はこの城で疲れを癒して行かれるがよかろう」


 こうして、王様への報告は終わった。



♢ ♢ ♢ ♢



 最後に謁見の間を出ると、廊下の左端の陰からレキスが手招きをしている。


「レキス! ……チャトは?」

「中庭に誘導しておきました」

「そうか、ありがとう。大丈夫だったかい?」

「ええ、今のところは」


 レキスに礼を言い、中庭へと向かおうとした……のだが。


「……中庭ってどこだっけ?」

「こういってこういってこうです。私も後から行きますので」


 レキスに教えられた道をたどり、中庭へと向かう。すっかり暗くなった空にはもう、星が輝き始めていた。

 中庭に着くと、いろいろな種類の草花に彩られた庭の中央で、チャトが空を見上げていた。

 城の廊下から漏れる明かりに照らされて、一枚の絵画のような幻想的な雰囲気を作り出している。


「チャト」


 呼びかけてみるが、返事はない。


「……神様」


 呼び方を変えてみる。すると、振り向くことなく首を下に落とし、肩を揺らす。


「ククク……我輩の正体は、もうわかっているのだろう。田寺谷麗一」


 笑いながらこちらを振り返ったチャトの目は、赤く濁っていた。


「やはり……君がチャトの中にいたのか。魔王」

「そういうことだ。我輩は貴様に魔王を殺せと言ったはずだが……まあ良い。おかげで力が取り戻せた」


 両手を上に向け、コキコキと指の関節を鳴らす。


「それはよかった。満足したなら、早々にチャトの体から出て行ってくれないか?」

「この娘の体は実に居心地が良い。肉体の強度も、レベルも我輩の器として申し分ない。残念だが、もうしばらく利用させてもらうつもりだ。少なくとも、邪魔な勇者共を葬るまではな」

「一体いつからチャトの中にいたんだ?」

「あの時、いつでも見守っていると言ったはずだが?」


 俺は神……魔王と出会った時の事を思い出してみる。確かにそんな事を言っていたかな。つまり……。


「……最初から、か」


 チャトがムラスーイを踏んづけてしまったのは、もしかして魔王が乗り移った時に……?


「あの時はまだ力が十分に戻っていなかったが故に、人格までは奪えず意識の中で眠っていただけだがな」

「大切な仲間を、よくも怖がらせてくれたね」


 恐怖に怯えていたチャトの姿を思い出し、怒りがわいてくる。


「フン。貴様まさか、我輩と戦うつもりか? クク……そんなことをすればこの娘の体もただでは済まぬぞ」

「……」

「田寺谷麗一。一つ提案がある。貴様に授けたダジャレ魔法、どうやら我輩の想像を超える能力だったようだ。どうだ? 我輩と共にこの世界を蹂躙しようではないか。そうすれば、いずれはこの娘の体も貴様に返してやろう」

「チャトの体は誰の物でもない。それに、君の悪事に加担するつもりもない。自分で出ていかないなら、力ずくでも出て行ってもらうぞ」

「力を取り戻した我輩を見くびるなよ。フンッ」


 魔王が右腕を軽く横に振るう。しかし、風切り音をたてただけで何も起こらない。


「……なんだ? フンッ」


 今度は左腕を振るうが、何も起こらない。


「なぜだ。魔法が使えぬ」

「この中庭には結界が張ってある。結界の中では魔法が使えなくなるそうだよ。光に囲まれていることに気づかなかったのかい?」


 そう、実は事前にレキスに頼んでおいたのだ。

 チャトの中に魔王が入り込んでいるであろうことも、すでにレキスにだけ伝えてある。

 城から漏れる光に溶け込んで、うまく誤魔化せたようだ。


「つまらぬ真似を……ならば直接葬ってやる。魔法が使えぬなら貴様もダジャレ魔法は使えまい。レベルを持たぬ貴様を殺すことなど、造作もないことよ」

「ところがそうでもないんだ。猫がむ」

「なに? ……うっ、なんだ。頭が……喉も……ゲホッ」


 魔王が額を押さえ、せき込みながら左右にフラつく。

 『猫』で通用するのは出会った時に確認済みだからな。あるいはトキヤ族の見た目のせいか。


「このダジャレ魔法は、結界の影響を受けないみたいでね。その特性を利用させてもらったよ」

「ズズッ……ふざけおって。この程度で我輩がひるむとでも、ゲホッ、思ったのか。ズビ」

「隙が作れればそれでよかったのさ」

「……どういうことだ」


「こういうことです」


 魔王の背後に、少しかがんだ状態のレキスが立っていた。


「貴様は……」

「それ、ぎゅーっと」


 魔王が振り返ると同時に、レキスが尻尾を両手で力強く握りしめる。


「なにを……おぉ……? ふぉぉ……ん……」


 へなへなと、魔王が地面にヒザをつく。


「ち……力が……入らぬ……ゲホッ」


「ありがとう、レキス」

「どういたしまして。えいえい」

「や……めろ……ぉ……」


 地面に這いつくばる魔王に、レキスがさらに追い打ちをかける。

 なんだか楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。チャトの体だからあまり無茶はしないで欲しいのだが……。


 俺は倒れた魔王の側まで行くと、地面にヒザをついて問いかけた。


「魔王、君に聞きたいことがある。魔王城で一体何をしようとしていたんだ?」

「ズズッ。……力が戻る前に……邪魔者を一人でも先に……始末……しよう思った。ゴホッ」

「そうか。娘の体を使えば、ビータさんも油断するだろうからね」

「そう……だ。思ったよりも……ズズ……早く力が戻ったせいで、ゲホッ、失敗に終わったがな。あの場で貴様を始末しなかったのは、失敗であったわ……」


 早々にシャーユさんを元に戻していなかったら、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない、ということか。


「あと、魔軍をけしかけたのも君かな?」

「チンタラと旅を続けている貴様らに……刺激を与えてやろうと思ってな……ズズ。この娘の体を使って、魔軍を動かしたのだ……ゴホ」

「あの時戦場で……一瞬だが君が出てきたね」

「なかなかに愉快な見ものだったぞ……ズズ。我ながらすさまじいスキルを創り上げたものよ」

「あの魔物たちは、君の仲間なのだろう。見ていてなにも感じなかったのかい?」

「仲間? 笑わせるな、ゴホ。魔物など全て使い捨ての駒に過ぎぬ。ズび」

「そうか」


 俺は立ち上がり、魔王に向けて右手をかざす。


「……やはり、君はこの世界に存在しないほうがいいようだな」

「……な……に?」

「君にこの世界に呼ばれて、妙な力を与えられて……色々と大変だったが、楽しい事もあったよ。もし君の中に、まだ救いのある部分が残っているなら、力を奪うだけにしようと思ったんだが……」

「何を……する……つもりだ……。や……めろ……」

「さよならだ、魔王」


 深く息を吸い込み、恐らく最後になるであろうダジャレ魔法を唱えた。


「魔王。この世界から……。消えてし――」


 チャトの口から黒いモヤが飛び出し、宙にあの猫のような生き物を形作る。

 赤く濁った瞳、六枚の黒い翼。この世界に来た時に見た姿だ。


「田寺谷麗一……貴様、よくも……ズズッ」


 鼻を垂らした魔王の体が、空に向かってゆっくりと溶けるように消えていく。


「よくも……! よくもおぉォォォ………! ゲホホォッ……」

「……」


 苦しそうな咳き込み音と、美しい星空を残し、ついに魔王は消滅した。


「……やりましたか?」

「ああ、多分ね」

「完全に勝ちましたね」

「妙なフラグを立てようとするのはやめてくれ、レキス」


「う……うぅ……ん」


「チャト!」

「う……力が……入らないよぉ……」

「……レキス、もう手を離してもいいよ」

「これは失礼。それじゃ、あとは若いもんに任せましょうかね」


 尻尾から手を離すと、レキスは軽い足取りで中庭の入口へと戻っていった。

 そこにはいつの間にか王子とアイカさんも来ている。


「れーいち……? あたし……」

「もう大丈夫だ。君の中にいた悪い奴は、今追い出したからね」

「追い出した……? ……。 ……!? れーいち!?」


 突然チャトが勢いよく立ち上がる。


「ど、どうしたんだ?」

「れーいち! 透けてる!!」

「透けてる……?」


 ふと自分の両手を見ると、少し透明になっていて、地面が透けて見えている。


「こ、これは。……あぁ、そうか」

「どういうこと!?」

「魔王が消滅すると同時に、俺をこの世界に縛り付けていた力も消滅した、そんなところかな」


 魔王を倒せば元の世界に戻れる、というのは本当だったんだな。……まさかこのまま俺も消滅したりしないよな。


「どうやら、ここでお別れみたいだ」

「えっ……やだ! そんなのやだよ!」

「おっと」


 体当たりに近い勢いで、チャトが俺の胸に飛び込んでくる。


「こんな急に……だってあたし、まだ……」

「チャト……」


 左手でチャトの後ろ頭を軽くなでながら、王子とアイカさん、それとレキスに手を振る。

 王子は人差し指と中指をピッと突き出し、レキスは親指を立て、アイカさんは腕を組んだまま小さく頷いた。


「れーいち……あたしね。あたし、れーいちのこと……」

「チャト。それ以上は言わなくていい。俺たちはもう……二度と会えなくなるんだから」

「やだ、言う。あたし、れいーちの事、大好きだよ。元の世界になんて、戻らなければいいのにって、ずっと思ってた」

「……」

「れーいちは、どう思ってる? ……聞かせてほしいな」

「……俺は」


 チャトの気持ちには薄々気づいていた。そして……俺の気持ちも一致している。

 だが、こうなった時の為に、この気持ちは伝えるべきではないと思っていた。それがお互いの為だと。

 しかし、いざ、その場面を迎えてみると、彼女に対する愛しさがあふれだして止まらなくなる。


「……俺も、チャトのことを……。三本の糸の、三本目のように思っているよ」

「糸? ……どういうこと?」

「……」

「ねえ、どういうことなの?」

「正解は、後でじっくり考えてみてくれ」

「な、なにそれ……んっ……」


 愛しい人を強く抱きしめ、目を閉じる。この香りと、ぬくもりを忘れないように。


「……れーいち。最後まで、こうしていてね」

「……ああ」

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