第三十八話 してんのうの前をはしってんのう

「ダジャレ魔法……? そんなしょうもないスキルにあたしたちは助けられたってのかい?」

「だ、ダメですよシーケンさん、しょうもないなどと言っては……」


 正気を取り戻した三人に、これまでの経緯を説明した。

 ビータさんと同じく、解放された反動で力が入らないのか、床に座ったままだ。黒かった髪の色もそれぞれ元に戻っている。シーケンさんは金色に。フイクカさんは桃色に。マクジーさんには髪は生えてない。


「まさか、シャーユのスキルが悪さをしていたとはな」

「スキル名が一蓮托生、だからねえ。堕ちるのも一緒にってことかしらね」

「とにかく、元に戻れてよかったです。麗一さんに感謝ですね」

「いえいえ。そんな大したことはしてません」


 フイクカさんは先ほどまでのすました態度とは打って変わって、屈託のない笑みを浮かべる控えめな女性になっていた。


「闇に堕ちた四天王を正気に戻して大したことはないってあんたね。過ぎた謙遜は傲慢だよ。素直に胸を張っときゃいいのさ」

「は、はい」


 シーケンさんはあまり内面的な変化はないみたいだな……。


「……にしても、どの面下げて帰ればいいんだか。魔王を倒すぞーなんて息巻いて、自分たちが魔王軍の幹部になってりゃ世話ないよ全く」

「うう……」

「それは、魔王の予想外のスキルのせいだろう。あなた方は堂々と戦った。そのことは、僕から国民に伝えておくよ」

「そうかい、ありがとうよ。……あんたたちなら、きっとシャーユも助けてくれるんだろうね」


「そうだねえ」

 王子がこっちを見る。


「きっと」

 チャトがこっちを見る。


「だじや氏なら」

 レキスがこっちを見る。


「……くっ」

 アイカさんが一度こちらを見てすぐに視線をそらす。さっきのダジャレがまだ尾を引いているらしい。


「……頑張ってみます」


 自信なさげに答え、シーケンさんたちと別れると俺たちは魔王城の最奥へと進んで行った。



♦ ♦ ♦ ♦



 その部屋に入った途端、空気が変わった。

 部屋の中は薄い霧のようなものに包まれており、足元からは冷気が全身を包み込むように立ちのぼってくる。血のように赤い絨毯の先にある黒い玉座に、誰かが座っている。


「……誰だ」


 よく通る、透き通った青年の声。しかしそれは、どこか人間性を失ったような冷酷さをはらんでいた。


「シャーユさん、ですね?」

「誰だ、と聞いている」


 声にわずかながら怒気が含まれる。


「フッ、あなたを助けに来たのさ」


 言いながら、王子が一歩前に出る。


「助けに……だと? 何をほざく。俺に助けなど必要ない。……ん? お前、王子か?」

「はい。あの日、あなたのパーティーに入れてもらおうと、手合わせを願い出たリンスプです」

「……適性のない武器を、不器用に振り回していたあの小僧が、こんな所まで来たのか」


 ぶきをぶきように、か。ふむ……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


「帰れ。向かって来るならば俺は容赦はせんぞ」


 ようしゃないゆうしゃ、か。ふむ……もしかしたらこのシャーユさん、無自覚ダジャリストかもしれないな。……いかんいかん、真面目にやらねば。などと考えていると、シャツの裾を誰かに引っ張られる。


「どうした? レキス」

「チャトさんがいません」

「なっ……なんだって?」

 

 後ろを振り返ると、確かにチャトの姿がない。


「ア、アイカさん。チャトは……」

「……わからん。いつの間にかいなくなっていた」

「大変だ……探しにいかなければ」

「心配なのはわかるが、この状況で引き返す気か?」

「で、でも、帰れって言っているし……」

「チャト君は貴重な戦力だ。探しに行くならば僕はかまわないよ」

「あ、ありがとう、王子」


「なにをごちゃごちゃやっている。……もういい、気が変わった。この場で全員始末してやろう」


 まずい、シャーユさんがやる気になってしまった。

 ゆらり、と玉座から立ち上がると、すさまじい殺気をこちらに向けてくる。


 こうなったら仕方がない。とっておきのダジャレだから格好よく決めたかったんだが……。


「……行くぞ」


 黒い怨念の塊のような剣を構えるシャーユさんに向かって、俺はあわててダジャレを叫んだ。


「魔王なんて、やめち!」


 振り向きざまに放ったダジャレが、暗い謁見の間に響き渡る。


「……お前、何を言って……うっ、頭が」


 よし、うまくいった……かな?


「お、俺は……う、うごぉぉ……ごあぁぁああ!!」


 玉座から崩れ落ちたシャーユさんの口から、黒いモヤのようなものが飛び出し、頭上をくるくると回るとこちらに向かって飛んできた。


「なんだい、アレは」

「みんな、気をつけろ!」


 身構える俺たちを無視して、黒いモヤはドアの隙間から部屋の外へと出て行った。


「あれは……みんな、シャーユさんを頼む!」


 みんなに叫ぶと、俺は黒い何かを追って部屋を飛び出した。



♢ ♢ ♢ ♢



 ひたすら来た道を戻る。一体チャトはどこへ……? 黒いモヤはすでに見失っていた。

 十字路まで戻ると、通路の真ん中で勇者パーティーの三人がカードゲームのようなものをしていた。


「み、みなさん……チャトを、見ませんでしたか」

「ビータの娘なら、今しがたここを通って行ったよ。『父親に会いに行く』って言ってたけど」


 父親に? ということは出口か。なにか嫌な予感がする。急がなければ。


「ありがとうございます!」

「ところで、シャーユはどうなったんだい?」


 俺は三人に右手の親指を立てて見せると、再び走り出す。

 カードの山を飛び越えたらカードが舞い上がり、背後から『あーあー』という悲鳴が聞こえた。


「申し訳ない!」


 なんでそんなところでカードゲームをやっているんだという気持ちをおさえつつ、一応の謝罪を入れ、ひたすら走る。そして、赤い大扉の前まで戻った時だった。


「チャト!!」


 扉の前でチャトが仰向けに倒れている。駆け寄り、チャトの体を抱き上げる。


「大丈夫か! チャト!」


 呼びかけながら、軽く体をゆすってみる。すると、チャトがうっすらと目を開けた。


「う、うーん……」

「チャト!」

「ん……。え、れーいち?」

「あぁ、よかった……」


 全身の力が抜ける。チャトの体を落とさないよう、静かに床におろす。


「あたし、どうして……もしかして、また……?」

「意識が……飛んだのかい?」

「うん……」

「とにかく無事でよかった。全部……終わったよ」

「終わった?」

「ああ、終わったんだ。みんなで一緒に帰ろう」


 こうして、魔王とその四天王は正義の心を取り戻し、俺たちは王国へと帰還した。

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