第三十七話 してんのうが誰だかしってんのう?

「ごめんね、みんな……。ぐすっ」


 チャトが鼻をすすりながら、父親の横に座り気まずそうにうつ向いている。

 しばらく泣きじゃくっていたが、ようやく落ち着いたようだ。

 

「俺は……皆さんに救われた、ということかな?」


 壁に寄りかかり、座ったままビータさんが俺たちを見上げている。


「チャトの想いが、あなたを正気に戻したんです」

「そうか。ありがとな、チャト。いっつつ……」

「大丈夫、お父さん?」

「ああ。それにしてもすごいパンチだった。まだ横っ腹がズキズキ痛むよ」


 苦笑いを浮かべながらアザになっているその場所をさする。


「ごめんね……」

「いや、これはみんなに心配をかけた罰だな。反省しなければならない」


 ふと、レキスが小声で話しかけてきた。


「考えてみたら、別に殴る必要はありませんでしたね」

「え?」

「『拳で』の部分を『声で』とかにすればそれで済んだような気がします」

「うっ……言われてみればそうだな」

「まあ、自分で罰とか言ってますし良しとしましょう」

「あ、ああ」


 うーん、なんで拳って言ったんだろう。昨日の戦闘でパンチのイメージが染みついていたせいかな。


「ビータ殿。貴殿の身に、一体なにがあったのですか?」

「ああ、そうだな。順を追って話そうか……」


 目を閉じ、思い出すようにビータさんは語り始めた。


「二年前、俺たちは君たちと同じように五人のパーティーでこの城に乗り込んだ。勇者の【シャーユ】、剣士の【シーケン】、ヒーラーの【フイクカ】、魔法使いの【マクジー】、そして俺。激闘の末に、俺たちはついに魔王を追い詰めた――」



♢ ♢ ♢ ♢



「見事だ……勇者よ。我輩をここまで追い詰めるとは」

「手こずらせてくれたな。今、とどめを刺してやるからよ」


 薄いモヤのかかった薄暗い謁見の間。黒光りする玉座の前に傷だらけの魔王と、その手前に同じく傷だらけの勇者がいた。左右にシーケンとビータ。その後ろにフイクカとマクジーが同じく満身創痍の状態でかろうじて立っている。


「にしても、随分と可愛い姿になったもんだな?」

「……力を使い果たしたせいだ」

「なあおまえら、こいつ、ちょっとビータに似てないか?」

「……やめてくれ」

「ハッハッハ」


 シャーユが快活に笑い飛ばし、頭上に剣を振り上げる。


「終わりだ。アバヨ……魔王」


 剣を握る手に力を込め振り下ろそうとしたその時、魔王が口を開く。


「……お前たちは我輩のスキルを知っているか?」

「あん?」


 シャーユの手が止まる。


「我輩は新しくスキルを創造し、そのスキルを自分以外の者に与えることができるのだ」

「ふーん。……あぁ、お前の部下たちが使ってたへんてこなスキルはお前のせいか」

「そうだ。そして、与えられるスキルは我輩が作り出した物だけに限らぬ」

「……どういうことだ?」

「勇者よ。お前が勇者と呼ばれるのは、この世界でただ一人所有できるスキル【勇者】を持っているからだろう」

「ああ、そうだ」

「そして、我輩もこの世でただ一人、【魔王】というスキルを持っている」

「それがなんだってんだ?」


 剣を振り上げた姿勢のまま魔王との会話を続けるシャーユを、シーケンが諫める。


「シャーユ、さっさとやっちまいなよ」

「ん……ああ、そうだな」


 改めて剣を握り直し、構える。


「悪いが、おしゃべりはここで終わりだ」

「……我輩をここまで追い詰めた褒美として、【魔王】スキルを、お前にプレゼントしてやろう」

「……あ?」


 勇者が剣を振り下ろす前に、魔王が素早く呪文を唱える。


「ルキスノシ・タワスマゲ・ササニ・タナア」


 詠唱が終わると、魔王の口から黒いオーラのようなものが飛び出し、シャーユへと向かっていく。


「シャーユ! 早く!」

「くっ、トドメだ!!」


 慌てて剣を振り下ろすが、その剣は魔王をとらえる直前にピタリと止まった。

 勇者の口から勢いよく黒いオーラが体内へと入っていく。


「うっ……ぐっ……なん、だ……?」

「シャーユ!? どうした!! ……うっ、これは……?」


 シャーユに駆け寄ろうとしたビータが頭をおさえ床に跪く。他の三人も同様に苦しそうにしている。


「魔王、お前、何を……した」

「我輩の【魔王】スキルをお前に与えた。すなわち、今からお前が魔王だ」

「ん……だと?」

「それにしても、他の仲間にも影響が出るとは予想外だったぞ。お前の使う、身体能力を上げるスキルのせいか?」

「くっ、意識が……」


 シャーユが床に倒れる。力が入らないのか、手に持っていた剣も床にカランと転がった。


「まあよい。今日からこの城はお前たちの物だ。我輩はしばらく身を隠し、傷を癒すとしよう。では、さらばだ」

「待……て……」

「クックック……ハーッハッハッハ!」


 濁った笑い声と共に、魔王の体は背後に現れた黒い空間へと吸い込まれていった――。



♢ ♢ ♢ ♢



「――気づくと、シャーユは魔王となり、俺たちは魔軍四天王となっていたんだ」

「どうして、お父さんたちまで?」

「シャーユは仲間の身体能力を強化するスキル【一蓮托生】を使ってたんだ」

「魔王化に伴い、そのスキルが裏返った、ということでしょうか」

「どうやら、そういうことらしい。シャーユが解除しない限り、効果は続くからね」

「それが、チャト君の拳で解除されたんだね」

「ああ、どういうわけかね。………痛みのせいかな」

「……」

「どうしました、だじや氏」

「ん、あ、ああ。ちょっと考え事をね」


 ……薄々そうなんじゃないかと思っていたが、今の話で確信した。

 どうやらこの世界に俺を引きずり込み、ダジャレ魔法を授けたのは神様ではなく、魔王だ。

 俺を使って魔王を……いや、勇者を倒させようとしていたということか。

 どうする? このことをみんなに言うべきだろうか。しかし、他者に話すと能力が消える上に元の世界に戻れなくなると言っていたからな……。でも、魔王の言うことだし、嘘の可能性もある。うーん、どうしたものか……。


「……みなさんに、頼みがある。俺にしてくれたように、他の仲間たちの目も覚まさせてやってくれないか。俺は元に戻った反動か、しばらくまともに動けそうになくてね」

「もちろん、そのつもりだよ! ね、れーいち」


 チャトが期待を込めた目で俺を見る。


「あ、ああ」


 うーむ、チャトはビータさんの娘だからダジャレが作りやすかったが、あと三人、いや、四人を正気に戻すとなると、ネタが考え付かないかもしれないぞ。……賞金をあげるからんに戻ってー、なんてのはどうかな。


「れーいちさん。もしかしたら、俺が元に戻れたのはあなたが……?」

「そーだよ。れーいち、すごい力を持ってるんだから」

「いやー、はは……」

「そうか……ありがとうございます。良い仲間を持ったね、チャト」

「うん、みんなすごいんだよ。あのね……」

「……積もる話は、帰ってから聞かせてもらうよ。今は、やるべきことがあるんだろう」

「そう……だね。わかった」


 まだ赤みの残る目をこすり、チャトが立ち上がる。


「みんな、行こう」

「ああ。ビータさんは……?」

「俺はもうしばらくここで休んでいるよ」

「でも……大丈夫?」

「ああ。どういうわけか昨日、ここらにいた魔物が姿を消してしまってね。多分安全だと思う」


 昨日の魔軍の侵攻はビータさんは関係ないのか……? だったら他の四天王が指示を出したのだろうか。


「フッ。それでは行くとしようか。僕から一つ、作戦の提案があるのだが聞いてくれるかな?」

「ほう、なんだい?」

「こういうのはどうかな……」



♢ ♢ ♢ ♢



 ビータさんを残し、魔王城に侵入した俺たちは大理石のタイルが敷き詰められた暗い廊下をコツコツと足音を響かせながら進んでいた。先頭を歩くのはビータさんだ。


「四天王の一人が自ら先導してくれるとは、ありがたいことだねえ」

「……」

「見事な化けっぷりですよ」

「ほんと……お父さんにしか見えないよ。黒い時の」

「……」


 このビータさんは変身したアイカさんだった。四天王だった時の姿で俺たちの前を歩いている。


「本当に、こんな事で四天王を欺けるのでしょうか」

「まあ、ダメ元さ。バレたら戦えばいい」

「……」


 何か言いたげな様子のアイカさんだったが、言葉を飲み込みそのまま歩き続ける。

 そして、十字路に差し掛かった時、前方の暗がりから足音が聞こえてきた。


「……誰かと思ったらビータかい。誰だい? そいつらは」


 現れたのは頭にとがった耳のついた、黒髪のポニーテールの女性だった。

 目は赤く濁り、肌はやや浅黒い。黒い鎧を身にまとい、腰には邪悪なデザインの剣を帯びている。もしかしたら、この人は剣士のシーケンさんだろうか。


「……侵入者を捕らえた。これから魔王様の所に連れて行く」

「ふーん。珍しいねえ、今時……ビータにやられたにしちゃ、綺麗な顔してるけど」


 全員の顔をジロジロと舐めるように見回す。そして、王子の顔を見て、俺の顔を見たあとに王子を二度見する。


「ちょっと。あんた、リンスプ王子じゃん」

「……フッ」


 そりゃ、知らないはずがないよな。


「あんた後継ぎだろ? なーにやってんだいこんな所まで来てさ」

「男として、成すべきことを成しにきたのさ」

「なに言ってんだか。能天気な王様だと思ってたけど、あんたも相当だねえ」

「……」

 

 王と王子を侮辱され、アイカさんが怒りに震えているようだが、なんとかこらえている。


「それでビータにやられてりゃ世話ないね。ま、いいさ。行きなよ」

「ああ……」


 廊下の壁に寄りかかったシーケンさんの前を通りすぎたその時。


「にしても、『魔王様』ねえ。あんた、そんな呼び方してたっけ?」

「……」

「誰だい、あんた」


 どうやらベタなバレ方をしてしまったようだ。呼び方をビータさんに聞いておくべきだったな……。


「どうした、客人か」

「あらあら……それはおもてなししないとですねぇ」


 シーケンさんの背後の、左右の廊下から二つの人影が現れる。

 左からは黒いローブを身にまとった黒いおさげ三つ編みの女性。

 右からは同じく黒いローブをまとったトカゲのような……男性? 


「あら、王子。ご無沙汰しております」


 女性がローブの裾をつまみ上げ、頭を下げる。恐らくこの人はフイクカさんだろう。すると、右のトカゲの人がマクジーさんか。


「やあ、久しぶり。しばらく見ない間に、随分と様子が変わってしまったようだね」

「ふふ、王子はあれから何もお変わりない様子で……いえ、少したくましくなられたかしら?」

「まあ、色々あったからね」

「……ビータのやつは、やられてしまったのか」

「どうもそうみたいだね。で、あんたは誰なんだい?」

「……」


 無言でアイカさんが変身を解く。


「あら、あんた確か……王様の横にいた人よね」

「確か、親衛隊長だったはずだ」

「まあまあ……王子に続いて王国の中心人物がどうしてこんな所まで来てしまったのかしら」

「私もいますよ」

「……? 誰だい、あんた」


 どうやらレキスとは初対面のようだ。誰だと言われて少しショックを受けている……ように見える。


「本当は魔王を倒しに来たのですが……目的が変わりました。魔王……いや、勇者シャーユさんと、あなた方を元に戻すために、我々は戦います」

「……はぁ? シャーユが勇者? あっはっは、何言ってんだい、あんた。シャーユは魔王、あたしたちの絶対的な主だよ」


 シーケンさんが手を顔に当てて大笑いする。芝居というわけでもなさそうだ。


「支配中は記憶も書き換えられているようですね」

「ふむ。戦うしかない、かな」

「れーいち、何かいいネタないかな?」

「……実は、一つ試してみたいネタが……」

「どうぞどうぞ」


 俺の前にいたチャトとレキスがスッと左右に動き、道をあける。


「……ありがとう」


 俺は手にした棍棒を握る手に力をいれ、四天王の三人の前に歩み出る。今のところ敵意は感じないが、向かい合うと嫌な汗が出てくる。


「なんだい、おっさん」

「あなたは後ろに下がっていたほうがよいのではなくて? 失礼ですが、とても戦いに向いているようには見えませんわよ」

「……このダジャレが失敗したら、そうさせてもらおうかな」

「……は? ダジャレ?」


 眉をひそめるシーケンさんを前に、俺は深呼吸をする。

 そして、古来より伝わるダジャレの封を切った。


「……四天王してんのうが、こんなところでなに?」


「……」


 前方の三人が呆気に取られている。後ろをチラリと見ると、アイカさんが壁に腕と頭をつけ、プルプルとふるえていた。


「……何言ってんだい、あんた。こんな場面で、正気かい?」

「なんともないですか? 四天王のみなさん」


 うーん、失敗だったかな?


「四天王? あたしたちは……ん? ……あたしたち、は……」

「私たちは、一体ここで何を……」

「くっ……頭が……」


 三人が、苦し気な様子で同時に床にヒザをつく。


「うっ……うぁぁっ……!」


 こうして、シーケンさん、フイクカさん、マクジーさんの三人は魔王の呪縛から解き放たれた。

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