第三十一話 あのあね、いやあね

 無事にダジャレ講座を終え、夕暮れ時の茜色に染まった平原をひたすら歩き続けていると、やがて二本並んだ大きな木の前にたどりついた。チャトと共にタブノイと戦った場所に生えていたものと同じような木で、何かを守るように力強く真っすぐにそびえ立っている。


「……あれだ。まずあの二本の木の間を通る」


 アイカさんの言う通りに、みんなで二本の木の間を通る。


「次に左の木を一周して、もう一度真ん中を通る」


 アイカさんの言う通りに、左の木を一周して、もう一度真ん中を通る。


「最後に右の木を一周して、真ん中を通る」


 アイカさんの言う通りに、右の木を一周して、真ん中を通る。すると……。


「えぇ!? どうなってるの!?」


 チャトが驚きの声をあげる。

 驚くのも無理はない。なぜなら、二本の木の間に、突然村が現れたからだ。茅葺屋根や、合掌造りの屋根の家屋が点在する、趣のある集落のようだ。


「こ、これは一体?」

「結界だ。ここは魔王領に近いからな……こうして魔物の目を誤魔化しているのだ」

「すごいなぁ。……ん?」


 ふと気づくと、村の入口に女性が立っていた。

 巫女装束を身に纏い、柔らかな笑みを浮かべながらこちらを見ている。驚くことに、髪の色も顔もアイカさんにそっくりだ。

 

「チャンマルの村にようこそいらっしゃいました。わたくし、アイカの双子の姉でカイアと申します。以後、お見知りおきを」


 しなやかな動作でこちらに丁寧なお辞儀をする。しかし、見れば見るほどアイカさんに似ている。


「こ、こんにちは。アイカさんにお姉さんがいたなんてびっくりだよ」

「ふむ……僕も初耳なのだが」

「え、王子も知らなかったのかい」


 ちらりとアイカさんの方に目をやると、眉間に手を当て呆れているような表情を浮かべている。


「……何をやっている、ミリド」

「ミリド?」

「あはは、なんだよーもうバラしちゃうの?」

「え?」


 ボワンッとカイアさんの体が白い煙に包まれる。そして煙が徐々に薄れていき……。


「どーもー。あたしはアイカの幼馴染で、ミリド・ミジーナって言いまーす。みんなよろしくねー」


 中からブラウンのロングヘアーの女性が現れた。頭には丸い耳がついていて、背中からは茶色と黒の縞々模様の丸っこい尻尾がのぞいている。すこし目尻の下がった黒い瞳は、人懐っこい雰囲気を感じさせる。


「え、えぇー!? どういうこと!?」

「ミリドはキタヌ族だ。変身スキルを持っている」

「んっふっふ、キネツ族のアイカも持ってるじゃーん」

「そ、そうなのかい」

「……ああ」


 なんとなくバツが悪そうにアイカさんが答える。 


「フッ、僕は知っていたよ。一度だけ見せてもらった事があるからね」

「アイカ、せっかくだからここでみんなに見せてあげたら?」


 ミリドさんの振りに、五人が一斉にアイカさんを見る。


「……しない。みだりに人に見せるようなものでもないからな」

「まーたそんなおかたいこと言ってぇ。こんな面白いスキル、じゃんじゃん使っちゃえばいいのに。ほっ」


 再びミリドさんが白い煙に包まれる。そして今度は中から……俺が出てきた。


「ま、みんな疲れてるだろうけど、とりあえず長老に会っておいでよ。アイカにも会いたがってたしさ」

 

 俺の姿、俺の声でミリドさんが会話を続ける。


「みんな、かまわないだろうか?」

「ああ、大丈夫だよ」

「それじゃ、れっつごー」


 変身を解かぬまま、ミリドさんが先を歩き出す。

 自分が目の前にいるというのは何とも不思議な感覚だ。それと妙なこっぱずかしさがある。自分の声を録音して初めて聞いた時のあの感じに似ているだろうか。


「そういえば、まだみんなの名前聞いてなかったね。教えてくれる?」

「あたし、チャト・チュールって言います」

「リンスプ・ジオ・ラグナムアさ」

「レキス・キイラケースです」

「俺は……」

「田寺谷麗一さんよね」

「えっ」


 俺が驚くと、ミリドさんが腕組みしながら不敵に笑い始める。


「ふっふっふ、実はこの変身スキル、変身した相手の情報がわかってしまうのだ」

「なっ……なんだって?」


 おいおい、待ってくれ。情報って一体どこまで……? これはプライバシーの侵害ではないのか。


「そんな警戒しなくても大丈夫よん。情報といっても名前、年齢、レベル、所有スキル、貯金額、職歴、病歴、恋愛遍歴くらいのものだからさ」


 くらいと言っているが、かなりの情報を持って行かれた気がするぞ……。


「私に変身したら実験材料にしますよ」

「きゃっ、この娘こわーい」


 目を光らせるレキスに対し、楽しそうにミリドさん(俺の姿)が身をくねらせる。


「あの、れーいちの恋愛遍歴って……」

「んふふ、知りたいかい? そこのお嬢さん」

「や、やめてくれ、ドリミさん」

「……ミリドだけど。ふふ、安心して。プライバシーに関わることは人に言ったりしないから」


 だったら勝手に変身しないで欲しいものだ。


「チャトも、あまり変なことを聞かないでくれよ」

「にゃはは、ごめん」

「……職歴、病歴、恋愛遍歴は嘘だ。そんなことがわかるわけないだろう」


 ため息まじりにアイカさんがつぶやく。ほっ、よかった。……あれ、貯金額が含まれてないぞ。


「あーまたネタバレ? つまんないぞアイカー」

「お前のその……自分が楽しむために平気で嘘をつくところ、昔から好きになれん」

「うひー、厳しいねえ」


 この人、ちょっとレキスに似た部分があるかもしれない。


「ドリミさん……そろそろ変身を解いてもらいたいのだが」

「ミリドねぇ。ねえねえ、ひとつ気になる事があるんだけど」

「……何か?」

「あなた、レベルが【無い】んだけど、どゆこと?」


 俺の姿で両手の人差し指を頭に当て、左右に揺れる。恥ずかしいから本当にやめてほしい。


「麗一は異なる世界からやってきたらしい。そのせいだろう」

「へーっ、なにそれ、めちゃめちゃ面白そうじゃん。色々聞きたいけど、もう長老の屋敷に着いちゃいました。残念」


 気が付くと、ひと際大きな合掌造りの屋根の、立派な屋敷の前に立っていた。


「お客様五名ご案内しましたー。正確に言うと、お客様四名、地元民一名でーす」


 そう言うと、ミリドさんが変身を解きながら、敷き詰められた畳の上を歩いて行き、正面に積まれた座布団の山に無造作に腰掛ける。


「うむ、ご苦労であった。皆の者、楽にするがよい」


「……」


 ……この人は一体なにをやっているのだろう。


「どうしたのじゃ? キネツ族につままれたような顔をして」


 袖で口元を隠しながら、ミリドさんがホホホ、と笑う。


「いや、あの……どういうことでしょうか?」

「ふふん。どういうこともなにも、あたしこそがチャンマルの村の長老なるぞ。平民どもよ、ひれふすがよい」

「えっ……えぇぇえ!?」


 俺とチャトの驚く声が屋敷内に響き渡る。


「そんなに驚かなくてもよくない?」

「い、いやぁ……」


 見た目もさることながら、この軽いノリで長老と言われても今一つピンとこない。


「そこのおじさん、なにか失礼なことを考えておるな?」

「うっ」

「……なんの冗談だ、ミリド」


 アイカさんが眉をひそめミリドさんをにらみつけている。アイカさんも知らなかったのだろうか。


「それが冗談じゃないのよねー」

「ロウチヨ様はどうなされたのだ」

「……しんじゃった。一年くらい前に」

「なんだ……と」

「そんで、次の村長を決めることになってさ。この村で一番魔力が高いあたしが選ばれちゃったってワケ。ほら、結界とか張ったりしないといけないしさ」

「……」


 アイカさんが言葉を失っている。ロウチヨさんという人が亡くなったことに、ショックを受けてるみたいだ。


「ロウチヨ様、本当はアイカを後継ぎにしたかったみたいだけどねー。あんたったら、ちーっとも帰ってこないんだから」

「……なぜ、言ってくれなかった」

「一度村を出た者を、わざわざ引き戻すこともなかろうとか言ってたよ」

「……」

「墓地にお墓があるから、あとで手を合わせてきたら? 墓石が新しいからすぐわかるよ。あたしたちって長生きだから、墓石なんてすぐボロボロになっちゃうのよねーアハハ」


 ミリドさん以外に笑う者はいなかった。


「ま、何百年も生きたんだし、そんなに未練はなかったと思うよ。だからあんまり気にしなさんな」

「……」

「ところであんたたち、なんでこの村に来たの? あたしてっきり長老を弔いに来たのかと思ったんだけどアイカは知らなかったみたいだし」

「俺たちは、魔王を倒しに行くところなんです」

「はぁ? 魔王?」


 座布団の山に寝そべっていたミリドさんが床にずり落ちる。


「あんたたち正気? 魔王なんて倒せるわけないじゃん。この村、魔王領の近くにあるから二年前まで大変だったんだから。アイカだって知ってるでしょ」

「……」

「せっかく今大人しくしてるのにさぁ、下手につっついてまた暴れ出したらどうすんのよ。結界があっても時々魔物が入ってきちゃうんだからね」


 頬をふくらませるミリドさんの前に、王子が一歩踏み出す。


「確かに、僕たちの実力ではまだ敵わないかもしれない。しかし今、我々には秘密兵器がついているのさ」

「まさか、そのおじさんの【ダジャレ魔法】がそうだとか言うんじゃないでしょうね」

「ほう……意外と察しが良いね」

「……あんたもあたしをバカにしてるわね。じゃあ、そのダジャレ魔法がどんなもんなのか見せてもらおうじゃないのさ」


 来たか……この流れが。


「れーいち、なにかすごいの、見せてあげなよ」

「そういえば、なんだかお腹がすきましたね」

 

 レキスは食事をご所望のようだ。うーん、ならばこの村の雰囲気に合ったものを出してみようかな。


「えー、みなさん。そろそろお腹が減った頃でしょう。それではお召し上がりください……みんなの側に、!」

 

 みんなの前に、ザルに乗ったソバが現れる。漆塗りの箸付きで、上には刻みのりが乗っている。


「わぉ。なにこれ」

「おっと、まだ食べないでください。これは、つけて食べるものなのです」

「つける?」

「つゆもあるとは知らず」

 

 ざるそばの横に茶碗に入ったつゆが現れる。どうやらこれは我がスーパーの商品ではなく、時々行く近所のそば屋のメニューだな。


「では、この麺をつゆにつけて、お召し上がりください。三分で消えるのでご注意を」

「いただきます!」


 三分ルールを知るチャト達が一斉に麺をつゆにつけてすすり出す。少し遅れて、ミリドさんとアイカさんも食べ始めた。

 アイカさんが遅れた理由は言わずもがな。ちなみにこの世界の人は、みんな箸を使いこなせるようだ。

 ずるずると麺をすする音が屋敷のまで響き渡る。


「ごちそうさま!」


 まず、チャトが食べ終わると次々にみんなが茶碗を床に置く。

 みんなの表情を見るに、どうやら満足してくれたようだ。……そういえばアレルギーとか大丈夫だったかな。


「ごっそさーん。うん、おいしかったよぉ……ってあたしが見たかったのはこんなんじゃないわー!」


 ミリドさんが側にある座布団をつかみ、床に叩きつける。


「この雰囲気で見せてみろって言われたら攻撃魔法とかに決まってんでしょうが!」

「……ですよねえ」

「ったく」


 よろよろと歩き、再び座布団の山に寝そべる。


「……ゲフッ。ま、なにが起こるかわからない、やばそうなスキルだってことはわかったわ」

「ど、どうも」

「アイカ。あんたもこの変なスキルで魔王が倒せると思ってるわけ?」

「……ダジャレ魔法は確かに、なにが起こるかわからない、不安定な力だ。だが、麗一ならきっと使いこなし、魔王を打倒すると信じている」

「アイカさん……」


 アイカさんがこんな風に言ってくれるなんて、感動ものだな。お礼になにかダジャレをプレゼントしようと思ったが、この雰囲気を壊したくないのでやめておこう。


「ふーん、アイカがそこまで言うとはねぇ。なら、やれるだけやってみたらいいわさ。ベソかいて逃げ出して来ても、この村に入れてあげないからね」

「はは……そうならないよう頑張ります」

「んー。ま、とりあえず今日はこの村でゆっくりしていったら。温泉とかもあるし」

「わー、温泉だって!」

「そういえば久しぶりですね。くんかくんか」

「……俺のにおいをかぐのはやめてくれ、レキス」

「ほんじゃー長老自ら温泉にご案内してさしあげましょうかねー」


 ミリドさんが気だるそうに座布団から身を起こし、ふらふらと出口へと向かう。


「……私は後でいい」

「ん。積もる話もあるだろうから、たっぷり聞かせてあげなよ」

「ああ」


 こうしてアイカさんを残し、俺たちはミリドさんの案内で温泉へと向かった。



♢ ♢ ♢ ♢


 

「ふー……」


 竹藪に囲まれた露天風呂につかりながら、岩に寄りかかり夜空を見上げていた。

 空には、地球から見るものとは違う模様の月が浮かんでいる。それは、猫じゃらしにじゃれつく猫のように見えた。


「フッ、生きかえるようだねえ」


 隣では王子も同じように空を見上げていた。


「アイカさんはお墓参りに行ったんだよね」

「そうだね……。早くに両親を亡くしたアイカにとって、ロウチヨさんは親代わりのような存在だったそうだよ」

「そうだったのか……」


 そういえば俺はアイカさんのことをなにも知らなかったな。知っているのは、今もサージンさんを想っていることと、ダジャレに弱いということくらいかな。


「アイカさんは、王子のおじいさんにこの村を連れ出されたんだよね。一体どういう経緯でそうなったのかな?」

「ふむ。僕も詳しくは知らないのだが、この村はかつてキネツ族とキタヌ族の集落で分かれていて、互いにいがみ合っていたそうだよ」

「なんと……」

「そこに僕の祖父、サージンが現れて仲裁に入ったらしい」


「――そうそう、あの男、とんでもねえ強さでなぁ」


 いつの間にか、見知らぬ男性が湯の中にいる。

 丸い耳がついているからキタヌ族の人かな。筋肉質の王子に引けを取らない良い体格をしている。


「それぞれの部族の代表者とケンカして、俺が勝ったら仲良くしろ、なんて言いだしてよぉ。んで、当時のキタヌ族の長老と、キネツ族のアイカがそれぞれあの男と戦ったんだ」

「それで、どうなったんですか?」

「そりゃもうこてんぱんよ。魔法主体で戦った長老も、剣で戦ったアイカもあっさりやられちまった。んで、渋々仲直りさせられたんだなぁ」

「すごい人だったんですね」

「ああ。で、実力差は明らかなのに全く諦めようとしないアイカを気にいっちまったみたいでな。王国に連れて行っちまったんだよ」

「それってその……妾、というやつでしょうか」

「僕の祖父は祖母一筋の人でね。妾を囲うことは一切しなかったそうだよ」

「そ、それは失礼……」


 王族の人といえば、何人もの女性を囲っているというイメージがあったが、そういうわけでもないのかな。王子もアイカさん一筋だもんな。


「別に強制されたわけじゃないんだぜ。でも、アイカの方もあの男に何か思うところがあったみたいで……」


 その時、ヒタヒタと足音が近づいてきた。音がした方に目をやると、そこにはレキスが立っていた。


「レッ、レキス! ど、どうしたんだい? こっちは男湯だよ」

「……チャトさんがいないのですが、ご存じないでしょうか」

「なんだって?」

「ここにはいないようですね。それでは」

「待ってくれ、俺も探そう。王子はまだゆっくりしていてくれ」

「いや、僕も探そう。手分けした方が早いだろうからね」

「……」


 レキスがいると湯を出にくいのだが、湯につかっている男性をじーっと見つめたまま固まっている。


「おう、どうしたんでぃお嬢ちゃん? オイラの裸に見ほれちまったかい?」

「……男湯で何をしているのですか、ミジーナ氏」

「えっ……」


「……てへっ。バレちゃった?」


「えぇえ!?」


 その後、みんなで手分けして村中を探したが、チャトは見つからなかった。

 村の外も探そうと入口に向かった時、そこに立ちすくむチャトを見つけたのは捜索を始めてから三十分ほど後のことだった。

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