第三十話 大剣をはつたいけん
翌朝、目を覚ますとテントの中に王子の姿はなかった。
「ん……ぬっ……あぁ~……」
ふぅ、相変わらず疲れの取れにくい体だ。腕を伸ばし、大きなアクビをしていると外から話し声が聞こえてくる。
テントの隙間から外を覗くと、王子とレキスがなにやら言い合いをしているようだ。
「王子の適正は小剣なのです。だから、そちらを使うほうが効率的です」
「いや、この大剣はラグナムア王国の魂のようなものさ。僕が使わずして、誰が使うというんだい?」
「ハッキリ言って、王子がその剣を使いこなせているとは思えません」
ふむ、どうやら昨日手に入れた小剣を使うかどうかでもめているようだな。
適正武器か……それを使う事で戦いが有利になるなら使った方がいいと思うけど、王子のこだわりもなんとなくわからないでもない。
効率が悪いとわかっていても、愛着があって使い続けてしまう道具とかあるもんな。ちょっと接触の悪い電卓とか。
「だじや氏はどう思いますか?」
レキスがこちらを見ている。どうやら覗いていたのがバレていたらしい。
「……やあ、おはよう。俺は……どっちの言い分もわかるかな」
「フッ、さすが麗一君だ。こういう事は、男同士でしかわからない領域なのだろうね」
別に王子の肩入れをしているわけではないのだが、いつの間にか王子側に立たされてしまっている。
「そうですか。……だじや氏はそちら側ですか」
レキスが残念そうにつぶやく。完全に俺の立ち位置が決定してしまったようだ。
「いいでしょう。では、適正武器がどのようなものか、見せてさしあげます」
レキスがスッと王子に右手を差し出した。
「その大剣、私に貸してください」
「……どうするつもりだい?」
「いいから、はい」
ズイッと手を王子の眼前に持って行く。
「……わかった。扱いには気を付けるんだよ」
王子が背中の鞘から大剣を抜き、持ちやすいよう、柄の部分からレキスに渡す。
「んっ……しょ。んっ……」
剣を受け取ると、重そうに地面に引きずりながら、王子から離れていく。三メートルほど距離を取ると、腕をたらした姿勢のまま王子を見据える。
「……行きますよ。剣を構えてください」
「ああ。こうかな?」
言われるがままに、王子が小剣を軽く前に構える。すると、レキスがゆっくりとコンパスのように回転を始めた。地面に引きずられ、ガリガリと音を立てていた剣がふわりと浮き上がり、次第に空気を切り裂く音に変わっていく。
「おお……」
「いきます……よ」
ハンマー投げの選手のように、レキスが勢いよく回転しながら王子に接近していく。
剣に振り回されているのではなく、剣の重みをしっかりとコントロールしているように見える。
「なになに、どうしたの?」
「……朝っぱらからなんなのだ一体」
音に驚いたのか、チャトとアイカさんがテントから出て来る。
その時、王子の剣先と大剣の剣先がぶつかった。けたたましい金属音を立て、王子が後ろにのけぞる。
「うおっとと、フッ、ハハ。すごいじゃないかレキス」
「……」
無言のまま回転をやめず、なおもレキスが王子に襲い掛かる。
「面白い、受けて立とう!」
スイッチの入った王子が、本腰を入れレキスの剣を受け止め始める。
耳をつんざくような連続した金属音が早朝の山の中に響き渡る。
……王子の剣さばきも見事なものだが、あんな細い剣で受け止めて、よく折れないな。どうやらあの剣、見た目よりかなり頑丈みたいだ。
「っ……」
苦しそうな表情を浮かべると共に、次第にレキスの回転が鈍くなっていき……ついに回転を止めて剣を離し、地面にへたり込んでしまった。
「はぁ……ふぅ……」
「大丈夫かい?」
「おいレキス、お前一体何を……!」
大きな声をあげながら近寄ろうとするアイカさんを、王子が手をかざして制止する。
「私の……適正武器は、大剣、です」
「そうだったのか。……驚いたよ。見事な剣さばきだった」
「力の、無い者に、力の必要な武器が、割り当てられる事も、あります。それでも……このくらいの攻撃ができるのです」
肩で息をしながら説明を続ける。
「王子の力だと、小剣は物足りなく感じるかも、しれませんが……それでも私は、適正武器を使った方が、いいと、思います」
説明を終え、地面に倒れ込みそうになるレキスの体を、王子が支える。
「……わかった。わかったよ。これからはこの小剣を中心に戦おう。ただ、大剣を使う事もあるけど、それでいいね?」
「……チッ」
「うん、ありがとう」
……あの舌打ちは肯定の意味もあったのか。
「ねえ、何だったの一体?」
「うーん、兄妹ゲンカ……みたいなものかな」
ケンカとはちょっと違うかもしれないけど。しかし、まだ朝だというのに、あんなに体力を使ってしまって大丈夫なのだろうか。
そんな不安を抱えつつ、準備を整え、俺たちは出発した。
ちなみに今日の朝食は『パンを火に
♢ ♢ ♢ ♢
山を下り、ひたすら平原を突き進む。
途中単体のピーハーに襲われたが、王子が目にも止まらぬ速さでピーハーの心臓を一突きにし、一瞬で倒してしまった。
チャトの時もそうだったが、適正武器というものは本当にすごいものだ。ちなみにレキスは『ほらね』と言わんばかりに無表情のまま腕を組み、王子をじっと見ていた。
そして、そのまま魔物が出ることもなく黙々と歩いていると、アイカさんの隣を歩いていた王子がスーッと俺の横に来て、小声で話しかけてきた。
「麗一君。折り入って頼みがあるのだが」
「なんだい?」
「僕に、ダジャレを教えてくれないだろうか」
「え」
「アイカを……笑わせたくてね」
これは驚いた。まさか王子がダジャレの世界に入門しようとしてくるとは……。これもアイカさんの為か。だったら俺も一肌脱がせていただこうかな。
「なにか笑えそうなものを一発頼むよ」
「……」
ふむ。王子はどうやら、ダジャレの考え方ではなく、ダジャレのネタを聞いてきているようだ。
ダジャレは自分で考えるのが楽しいのであって、人のネタを流用するのはあまりよろしくない、と俺は思う。ここは少し厳しい態度で臨まなければなるまい。
「王子。ダジャレはその場で、自分で考えるのが醍醐味なんだ」
「む……そうなのか」
「というわけで、俺のダジャレの考え方を聞いていただきたいと思うのだが、よろしいかな?」
「おお。是非、頼むよ」
「まず多いのが、誰かとの会話の中で出た単語を利用する方法だね」
「ほう、単語か」
「例えば……今『会話』という単語が出たね。これを使ってダジャレを作ると……」
「お前の会話、声がで
「なるほど!! かいわ、か!!」
突然王子が声を張り上げる。しまった、ダジャレ魔法が発動してしまったみたいだぞ。他の三人が何事かとこちらを見る。
「あ、い、いや、なんでもないんだ。王子、すまないが、しばらく声を出さないように頼むよ」
察してくれたのか、王子は無言でこくりと頷いた。みんなに影響が出ないよう、俺も小声で話さないといけないな。
「あとは……『あそこで会話してる人、随分とわ
王子が目を見開いて、しきりに頷いている。どうやら感心しているらしい。
「あとは……そうだな。周囲を見渡して、目に入るものをネタにする、とかね」
ぽん、と左手を右拳で打ち、王子が周囲をキョロキョロと見回し始める。
「……!」
王子が遠くの木を指さし、なにかを訴えている。どうやらネタを思いついたようだな。
「よし、なにか思いついたならそれを早速アイカさんに言ってみよう」
力強く頷き、王子がスーッとアイカさんの隣へと移動する。
頑張れ、王子。アイカさんならきっとなんでも笑ってくれることだろう。
「アイカ!!」
あ、まだダジャレ魔法の効果が消えてなかった。
「……なんでしょうか」
アイカさんが少し上半身を王子の反対側に傾け、怪訝な顔で王子を見る。
「あそこの木!! なにか
声が大きくてもおかまいなしに王子が会話を続ける。ああいうたくましい姿勢は俺も見習うべきところがあるかもしれない。
「……いえ、特に気になる点はありませんが」
「そうか!!」
そのまま王子が後ろ歩きで俺の横へと戻ってくる。
「……うけなかったよ、麗一君」
今頃声のボリュームが元に戻った。
「うーん。今のはうけなかったというより、ダジャレだと気づいてもらえなかったみたいだね」
「そうなのかい?」
「『木』みたいな単語は一文字で使いやすいけど、今みたいに
「ふむふむ」
「そういう時は、そうだなぁ。英語、じゃなくてイッシュリング語、だったっけ。それに言い換えてみるとかね」
「ほう……木はイッシュリング語で『ウッド』または『ツリー』かな」
「ということは……」
俺は周囲を見渡し、声の届く範囲に木が生えていないことを確認する。もう無意味な自然破壊は御免だからな。
「あそこの木、
「なるほど……実に奥が深いね」
「そうかな……」
王子が再びアゴに手を当てて考え込む。
「……どうやらまだまだ修行が必要のようだ。今後は剣の修行と共に、ダジャレの修行にも励むことにするよ」
「あ、ああ。頑張ってくれ」
ダジャレの修行ってなにをするんだろう。
「それじゃ、失礼するよ麗一君。いや、師匠。ありがとう」
そう言い残し、王子は再びアイカさんの隣へと戻っていった。
……師匠?
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