第二十九話 たてにされたって

 二つのテン魔クの設営を終え、レキスが結界石を周囲に埋め込んで行く。


 レキスをはじめ、みんなの服や体についていた傷はなくなっていた。

 『傷が癒えるダジャレを、今なら(言える)』と言ったらみるみる傷が消えてしまったのだ。

 体力を回復させるネタもあったのだが、眠れなくなったら困るとのことで、披露するのはやめておいた。

 レキスとアイカさんが魔力切れのため、試しに『テントを立』と言ったらうまいことふくらんでくれた。


「……おいレキス。それは何だ」


 結界石を設置するレキスに、アイカさんが少し眉をひそめながら問いかける。


「結界石ですが」

「そういう意味ではない。どこでそれを手に入れた」

「宝物庫から持ってきました」


 悪びれる様子もなく、レキスが堂々と答える。


「……王の許可は取ったのか?」

「いえ。なにやらみなさん、取り込んでいる様子だったので」

「お前は……」


 そういえば、王子が行くとか行かないとかでもめていたな。結局一緒に旅しちゃってるけどよかったのだろうか……。


「フッ。まあいいじゃないか。しまっておくよりは、こうして使ったほうが道具も喜ぶというものさ」

「そのように甘やかすからレキスがいつも勝手な真似をするのです」

「耳が痛いよ」


 な話は耳に入れたくないよな。なんて。


「あ」


 レキスが人差し指を立て、何かに気づいたような仕草を取る。


「魔力が切れているので結界を発動させることができません。どうしましょう」


 全員が顔を見合わせた後、一斉に俺を見る。


「………やってみよう」


 えーと、結界、か。けっかい、けっかい……。


「結界を……張ってい?」


 どうだろう……ちょっと強引かな。と、思ったのだが無事に結界は発動してくれた。


「ご苦労様、れーいち。これで、落ち着いて休めそうだね。それじゃ、中に入ろうよ」

「いや、その前に」

「ん?」

「みんな、お腹が空いていないかい?」

「あ」


 全員ヘトヘトに疲れていて食事の事をすっかり忘れていたようで、何も食べていないことを今思い出したようだ。


「何か出してくれるの?」

「ああ、そうだなあ……今日は……」


 その後、『はまちにゃって』『いなりも食べた』『ねぎとろをう』『いくらはでも出せる』『いかもが?』『中トロも食べろっう』などのダジャレで、我がスーパーの寿司のパックをふるまった。わさびとしょうゆの小袋付きだ。ちなみに飲み物は『お茶もお』で熱いお茶が出てきた。

 寿司はチャトが特に気に入ったようで、わさびの刺激で目に涙をためながら一生懸命頬張っていた。やはりというかなんというか、熱いお茶は苦手のようで水筒の水で割って飲んでいた。レキスはわさびが苦手のようで、いなり寿司を中心に黙々と食べていた。


 食事を終え、男女別々のテントに分かれると、横になりながら今日あった出来事を王子に話す。もちろんアイカさんの話は伏せて。


「そうか、そんな事があったのか……その、ルウシムカという兵士の魂は解き放たれたんだね」

「ああ、多分ね」

「兵の命を預かる王家の者として、礼を言わせてもらうよ。ありがとう」

「いやあ、別にそんな大したことはしてないさ」

「麗一君はいつも謙虚だねえ。結構すごい事をやってのけているというのに」

「はは……」


 行き当たりばったりでダジャレを言っているだけで、すごい事をしているという感覚は全くないな。仲間の命を危険に晒したこともあるし……。


「王子たちの方はどうだったんだい?」

「うむ、それがねえ……」


 王子たちも魔法陣から現れる魔物を倒していったそうなのだが、最後だけ強敵だった俺たちとは違い、均等にそこそこ強い魔物が出て来る感じだったらしい。

 レキス発案の【王子を盾にする大作戦】でなんとか乗り切ったみたいだが……。


「いやあ、なかなかハードな体験だったよ」

「……そういえば、王子に聞いてみたいことがあったんだ」

「なんだい?」

「レキスの事なんだけど……なんか妙に王子に対して当たりが強いというか、厳しい態度を取りがちな気がするんだけど」

「フッ、そうだねえ。あの子なりの愛情表現なんじゃあないかな」

「……そうは思えないんだけど」

「ハッハッハ。……まあ、心当たりはなくもないけどねえ」

「心当たり?」

「ふむ……。それじゃあ少し昔話をしようか。あれはそう、ちょうど10年前だったかな。僕は10歳で、レキスは8歳。昔は二人で一緒によく遊んでいたんだ」

「へぇ」


 ということは、王子は今20歳でレキスは18歳なのか。

 自分の年齢を忘れたって言ってたからどれくらい年上なのかと思ったら……あれも冗談だったんだな。


「その日も一緒に遊ぶ約束をしていたんだが、急用が入って待ち合わせ場所に行けなくなってしまってね……。すぐに帰るだろうと思っていたのだが、どうやら夜までその場で待っていたようなんだ」

「よ、夜まで?」

「ちゃんと人をよこして伝えるべきだった。その日以降、話しかけても無視されたり、僕を避けるような行動を取るようになってね。次第に一緒に遊ぶこともなくなってしまったよ」

「それは……怒るだろうね」

「多分、きっかけはそれかな。僕も負い目に感じている部分があるから、レキスの言うことはなるべく聞いてあげることにしているのさ」

「なるほどねえ。妙に受け身だと思ったらそんなことがあったとは」

「いつか、許してくれるといいのだけどね」


 王子が床に寝転がり、遠い目で吊るされた照明を見つめている。


「……そのことについて、王子はレキスにちゃんと謝ったのかい?」

「ふむ……どうだったかな。何しろ取り付く島もなかったからねえ」

「もしかしたらだけど。レキスは今も王子の謝罪の言葉を待っているのかもしれないよ」

「む……」


 むくりと王子が体を起こし、こちらを見る。


「レキスの王子に接する態度を見ていると、時々何かを求めているように見えることがあるんだ。今の話を聞いたら、もしかして……と思ってね」

「ふむ……謝罪、か」

「ごめんね、の一言が足りないだけで、人間関係がこじれてしまうことはよくあるからね」


 王子がアゴに手を当てて、何か考え込んでいる。


「……そうか。わかったよ麗一君。今すぐレキスに謝罪しよう」

「えっ、今から?」

「今も僕の謝罪を待っているのだとしたら、これ以上待たせるわけにはいかないからね。では、御免」


 勢いよく立ち上がると、王子は颯爽とテントから出ていった。

 そしてすぐに、レキスを連れて戻って来た。

 テントの真ん中にレキスが正座をして、その正面で王子も正座をしている。出ていくタイミングを失った俺も正座で二人を横から見ていた。


「なんの用ですか。男二人、何かよからぬことを考えているのではないでしょうね」


 相変わらずの無表情で、本気なのか冗談なのかわからないようなことを言っている。


「レキス。君に、言わなければならないことがある。……10年前のことでね」


 10年前、という言葉が出た途端、レキスの耳がピクッと動いた。

 表情は相変わらずだが、かすかに動揺しているのが見て取れる。


「覚えているかい? 10年前、一緒に遊ぶ約束をして、僕が待ち合わせ場所に行かなかったことを」

「……そんなことありましたっけ」


 とぼけているが、心当たりしかありません、と言わんばかりに目が泳いでいる。


「あの時のことを、今正式に謝罪させてもらうよ。レキス。……いや、レキちゃん」


 王子が、両手をついて頭を下げる。


「長い間、待たせちゃって……ごめんね」

「……」


 無表情のまま、レキスがじっと王子の頭を見つめている。

 やがて、小さく口を開き、絞り出すようにつぶやく。


「ずっと……待っていたんですよ」

「……ああ」

「私、お兄ちゃんに嫌われちゃったんじゃないかって……とても悲しかったんですよ」

「そんなことは、絶対にないよ」


 頭を床につけたまま、王子がハッキリと答える。


「……許しません」

「……」


 王子は頭を下げたまま、微動だにしない。


「……ヒザ枕をしてくれないと、許しません」


 レキスの言葉に、頭を上げた王子が意外そうな表情を浮かべたが、すぐに足をのばした体勢に座り直し、優しく微笑みながら両手を広げる。


「いいよ……おいで」


 レキスが、王子のおなかを見るように、横向きに頭を乗せる。


「昔はよくこうしていたね。もう二度と、君との約束を破ったりしないよ。それに……悪いことをしたら必ず謝る」


 そう言いながら、王子が優しくレキスの頭を撫でる。

 ここからレキスの表情は見えないが、小さな背中がかすかに揺れ動いている。


 俺はそっと立ち上がると、静かにテン魔クから出て行った。



♢ ♢ ♢ ♢



「あ、れーいち」

 

 外に出ると、ちょうど向こうのテントから出てきたチャトと鉢合わせになった。


「王子がレキちゃんを連れて行っちゃったけど、どうしたの?」

「ああ、こころに積もった十年分の埃を、今綺麗に掃除した(ところ)さ」

「?」

「チャトになら、話しても大丈夫、かな。実は……」


 俺は王子とレキスの間にあった事をチャトに話した。聞き終えたチャトは、驚きの表情を浮かべる。


「レキちゃんって……18歳だったの?」


 やはりそこに驚くか。


「……そっか、そんなことがあったんだ。だから王子を見る時、少し寂しそうな顔してたんだね」

「え、そうなのかい?」

「うん。近くにいるのに、振り向いてほしい、みたいな?」

「ふむ……俺にはそこまでわからなかったなぁ」

「あたしも今、同じような気持ちだからよくわかるんだ」

「同じような気持ち?」

「うん……」


 チャトが両手を後ろに回し、流すような目でチラチラとこチラを見ている。

 

「どうしたんだ?」

「……別にぃ」


 なぜか少し不機嫌そうに、ふいっと向こうを向いてしまった。

 それと同時に、レキスを両腕に抱きかかえた王子がテントから出てくる。


「おや、二人で何をしているんだい?」

「あ、いや……」

「どうやら、疲れて眠ってしまったみたいでね。そちらのテントに運んでも大丈夫かい?」

「あ、今、用意するね。待ってて」

 

 小声で言うと、慌ててチャトが向こうのテントの中に入って行く。


「……ありがとう、麗一君。君のおかげで、レキスと仲直りできたよ」

「それはよかった」

「今回の件で、謝罪の大切さを思い知らされたよ。この教えは、今後王国にも広めていこうと思う」

「そんな大げさな……」

「準備できたよ」


 チャトがひょこっとテントから顔を出し、入口の布を持ち上げる。


「ああ、ありがとう」


 レキスを起こさないよう、慎重にテントの中に運び入れていく。

 こうしてみると、本当の兄妹のようだな。

 さて、俺も寝る準備をしようかね。しかしまあ、実に色々な事があったなぁ今日も……。


 戻ってきた王子と布団を並べ、目を閉じるとすぐに意識は真っ暗な山の中へと消えていった。

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