第二十八話 おたからの前におったから
七番目の部屋は、これまでの部屋よりさらに倍ほどの広さになった。
「……一体いつまで続くんだろう」
「わからんが、とにかく進むしかない」
「ずっとアイカさん一人で戦っているけど、大丈夫かい?」
「心配には及ばん。……それに、先ほどは戦闘がなかったからな」
「そう……だね」
とはいえ、いつまでもアイカさんに任せきりなのも男としてはどうもばつが悪い。
アイカさんに聞こえない程度の声の大きさで、こっそりダジャレ魔法を使ってみようかな……。
「来るぞ」
部屋の大きさに合わせて、魔法陣もこれまでの倍は大きいような気がする。赤い光と共にそこに現れたのは……。
「あれは……」
おいおい、あれってもしかして……ドラゴン、というやつじゃないのか? 巨大な体に、全身が硬そうな赤いウロコで覆われており、燃えるような赤い瞳でこちらをねめつけている。
「赤竜。たとえ王子たちがこの場にいても、倒せる相手ではないかもしれん」
「それは大変だ。どうする?」
「やるしかないだろう。私がヤツの注意を引き付ける。お前は……なにかいいダジャレがあったらヤツにぶつけろ。少しなら耐えてみせる」
「あ、ああ。わかった」
苦手なダジャレにも頼らなければならないほどの相手ということか……よし、期待に応えられるよう頑張らなければ。俺はリュックを下ろすと、チャトから預かっている棍棒を構えた。
「いくぞ! ハァッ!!」
気合を入れ、アイカさんが赤竜に向かって風のような速さで駆け出す。
赤竜は素早く体を180度回転させ、分厚く長い尻尾を振り回しアイカさんを攻撃する。
「ハッ!」
その尻尾が当たる直前に跳躍し、その勢いで赤竜を斬りつけようとするが、首だけこちらに向けた赤竜の口から、巨大な炎の球が勢いよく吐き出された。
空中を飛んでいるアイカさんはそれを避けることができず、まともにくらってしまう。
「うあぁっ!!」
全身が炎に包まれたまま、床に叩きつけられる。苦しそうな声をあげながら床を転がるが、炎の勢いは全く衰えない。
「アイカさん!!」
「私に……かまうなっ!」
「……し、消火しま
アイカさんを包んでいた炎が一瞬で消えた。
「大丈夫か!?」
「前だ!!」
「え?」
火竜がすでに二発目の炎の球を吐き出そうとしている。
さっきよりも球が大きく、生身の俺があれを食らったら恐らくひとたまりもないだろう。
「反対側に避けろ……! 狙いは私だ……!」
「いや……」
全身をやけどし、動けなくなったアイカさんの前に立つ。
そして、棍棒の根元を左手を下、右手を上にしてしぼるように握り、火竜に対して横向きに立ち、構える。
「……何を、している」
「実は昔、野球をやっていてね。まあ、ずっとベンチだったんだけど……一度は打ってみたいと思っていたんだ」
「やきゅう? 何の、話だ」
「炎の、別の言い方さ」
火竜の口から炎の球が発射される。……これで失敗したら全て終わりだ。頼むぞ、上手くいってくれ。
「
叫びながら腰を入れ、思い切り棍棒をバットのようにスイングする。
どこから出たのか、パカーンという小気味のいい打撃音と共に炎の球をはじき返し、それがそのまま火竜に命中する。
「グォォァァアアアアアア!!!!」
全身が炎に包まれ、今度は火竜が地面をのたうち回っている。
ホームランというよりは、ピッチャー返しだったかな。火の攻撃に耐性がありそうに見えるけど、自分の炎には弱いのだろうか? すまないが、トドメもさしておかなければ。
「あー、竜がしんで
「グォッ……カッ……ゴァ…………」
命が尽きる直前のセミのように、足を力なく動かし、やがて火竜は仰向けのままピクリとも動かなくなった。辺りには肉の焼ける香ばしいにおいが漂っている。
「……ふぅ、終わった……のかな」
「……くっ」
冷や汗をぬぐっていると、床に倒れているアイカさんが苦しそうな声を出し、体を丸め肩を震わせている。やけどのダメージが酷いのだろうか。
「ア、アイカさん、大丈夫かい?」
「くっ……しんでりゅーってお前……なんだその……気の抜けた言い方は……」
「……え?」
「……ぷっ。くくっ……ハッハ……アーッハッハッハ!」
お腹に手を当て、アイカさんが大笑いし始めた。
♢ ♢ ♢ ♢
「……恥ずかしいところを見せたな」
「いや……」
ひとしきり笑い終えた後、壁に寄りかかってアイカさんが気まずそうに目を伏せている。
「もしかして、アイカさん……」
「……ああ、そうだ。私はくだらないシャレに弱い」
そうか、そういう事だったのか。ダジャレが嫌いなのではなく、笑いをこらえていたんだな。
それにしても、物心ついた時からダジャレを言い続けてきたが、ダジャレで笑う人なんて初めて会ったかもしれない。
「知られたくなかった……こんなことは」
「ずっと怒っているのかと思っていたよ」
「そんなわけないだろう。……笑いをこらえるのに必死だっただけだ。……っつ……」
火傷した箇所が痛むのか、苦しそうな声をあげる。
「アイカさん。その火傷、治してみようか」
「……治す、ということは……」
「そう、ダジャレ魔法でね」
リュックの中にポーションがあるが、試してみたいダジャレがある。このネタが駄目だったら使わせてもらおう。
「……治せるものならば、頼む」
「わかった」
言うだけでいいのだろうが、気分を出すためにアイカさんに向けて手をかざす。
そして、少し脱力気味にダジャレ魔法を唱えた。
「やけどが治ったん
そう唱えた直後、アイカさんの焦げた肌や髪がみるみる元通りになって行く。
アイカさんは腹を抱え、ずるりと床に横になると、プルプル震えて笑いをこらえていた。……ダジャレで人を笑わせるって、なかなか気持ちのいいものだな。
その後、アイカさんが落ち着くのを待ち、俺たちは再び奥へと向かった。通路を歩きながら、アイカさんがこちらを振り返る。
「……そういえばまだ、礼を言っていなかったな。ありがとう、麗一」
「いやいや、礼を言うのはこちらの方だよ。アイカさんがいなかったら、ここまで来れなかっただろうし」
「……ルウの事も含めてな」
アイカさんが柔らかな笑みを浮かべる。初めて見るその表情に、少しドキリとしてしまう。
ずっと感じていた、俺に対する警戒心のようなものがなくなった気がする。
「あの、ちょっと聞いてみたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「アイカさんは、王子のことどう思ってるのかな、って」
アイカさんの顔から笑みが消える。しまった、この話題はまずかったか。
「……お前には関係のないことだ」
「そう、だよね。ごめん。……けど、今のままだと王子が不憫というか……その気がないならハッキリと言ってしまったほうがいいんじゃないかな……と思ってね」
ふと、温泉でアイカさんの言葉を聞いた時の王子の様子が脳裏に浮かぶ。
「……王子は」
薄暗い通路を歩く、アイカさんの足が止まる。
「王子はいずれラグナムア王国を継ぐお方だ。私よりもふさわしい血筋を持った方と結婚していただかねばならん」
血筋、か。貴族とかそういう事を言っているのだろうか。それとも種族的な意味合いかな。
「アイカさんの気持ちはどうなんだい? 血筋うんぬんはとりあえず置いといて」
「……私は」
しばらく考えた後、その想いを口にする。
「王子の求愛に対して、嫌な感情を抱いたことはない」
「お……それは脈アリということかな」
「そういうことではない。……私の中にはまだ、サージン陛下への想いが残っているのだ」
「サージン陛下……確か、王子のおじいさんだったね」
おーじの
「時々、王子の中にあの方の面影を感じることがある。その度に思うのだ……私は王子をあの方の代わりにしようとしてるのではないか、とな」
「そんな風に考えていたのか……。でも、それならそれでいいと思うけどな。王子もきっと『それならば僕が祖父を超える男になればいいだけのことさ』なんて言いそうだし」
「……だろうな。しかし、王子は私にとって子供のようであり、弟のようであり……まだ、一人の男として見ることはできんのだ。なにしろ私は王子のおしめも替えたことがあるくらいだからな」
「長生きすると、そんなこともあるんだねぇ」
「……」
「あ、ご、ごめん」
「別にかまわん」
「……サージン、さんってどんな人だったんだい?」
「強く、豪快で……そして、ダジャレが好きなお方だった」
「な、なんだって。それは……是非一度、会ってみたかったな」
「お前となら、きっと意気投合していたことだろう」
「うーん、残念だ」
そういえば王様もダジャレが好きだったな……そういう血筋なのだろうか。でも王子はそういう雰囲気はないよな。
「とりあえず、王子にとってはまだ希望があるということかな?」
アイカさんが一度こちらを見て、すぐに視線を通路の奥に戻す。
「……もう、この話は終わりだ。いいか、今語ったことを、王子には絶対に言うんじゃないぞ」
「……ああ、わかったよ」
「全く、どうかしてる。こんな話をお前にしてしまうとは……」
薄暗い通路を、再び奥へと進んで行く。
突き当りを道なりに左に進むと、正面と右に道が分かれていた。
「初めてのパターンだな。どっちに行こうか?」
「……お前の好きにしろ」
「そうかい? ……じゃあ、正面にしようか。うせつしても、ど
「……クッ、やめ、ろ」
ふふ、うけている。うけているぞ。
「あーーーーーっ!! アイカさん!?」
正面の通路の暗がりから人影が現れる。それは弓を構えたチャトだった。
「れーいちもいる! よかった、無事だったんだね!」
弓を下すと、こちらに駆け寄って来る。よく見ると、服は薄汚れて肌のあちこちに小さな擦り傷ができていた。
「チャト、君一人かい?」
「ううん、みんないるよ。ほら」
奥に目をやると、王子とレキスもいるようだ。二人ともチャトと同様、傷だらけになっている。
「フッ、感動の再会、かな」
「もう駄目かと思っていました。特にだじや氏」
「はは……なんとか生き延びることができたよ。そちらも、なんだか色々と大変だったようだね」
「うん、そうなの。レキちゃんの魔力が切れちゃって……」
これまでの出来事を話そうとしたチャトを、アイカさんが手で制止する。
「積もる話は後だ。体力が残っているうちに先に進むぞ」
「あ、う、うん。そうだね」
「戦闘は私と麗一が引き受けるので、王子たちはサポートをお願いします」
「ああ、わかった。情けないが、もう剣を振る力も残っていないよ」
王子の言う通り、すでに満身創痍といった感じだ。もしかしたら俺たちよりも過酷なルートだったのかもしれない。
「行こう」
照明役のアイカさんを先頭に、右の通路を進んで行く。すると、おもむろにチャトが近づいてきて、ひそひそと話しかけて来た。
「ねえ、なんだかアイカさんといい感じになってない?」
「んー、そうだな。ちょっと色々あって……少し距離が縮まった、ような気がする……かな」
「ふーん。そうなんだ……。ふーん……」
それだけ言うと、神妙な面持ちで腕を組みながら、レキスの横へと戻って行った。一体どうしたのだろうか。
それより、三人がこの様子だと、俺とアイカさんが魔物と戦わないといけないんだよな。頑張らなければ……。
「あれは……」
アイカさんが何かに気づく。
通路の奥を見ると、なにやら黄色い光が漏れている。進んで行くと、狭い小部屋にたどりついた。
「どうやら、ゴールみたいだね」
その部屋は、左右に黄色い炎の燭台が飾られ、奥には転移ゲートがある。
そして、手前の床には細長い宝箱が置いてあり、鍵のかかっている様子はなかった。
「宝箱、か。アイカ、どうだい?」
「……残念ですが、魔力が足りません」
王子の問いかけに、悔しそうにアイカさんが答える。
「どういうこと?」
「アイカの使う神秘魔法には、宝箱の罠を解除するものがあるんだ」
「へえ」
「しかし、罠を解除できないならこれは諦めたほうがいいかもしれないね」
「私が開けます」
「駄目だ、レキス。君なら罠の危険性を知っているだろう」
レキスが名乗りを上げるが、珍しく真剣な顔をした王子に却下される。
「……チッ」
「麗一。なんとかできないか?」
珍しくアイカさんに頼られる。なんだか仲間として認められたようで嬉しい。
よし、ここはいっちょ良いところを見せましょうか。
「んー……罠なんて勘弁してほしい
カチリ、と宝箱から音がする。
「さすがだ、麗一君。どうやら、上手くいったようだよ」
「フッ……ククク……」
「ア、アイカさんが笑ってる……?」
ふっふっふ、チャトが驚いているぞ。なんだかとても気分が良いな。
「レキス、開けてみるかい?」
「是が非でも」
頭の白く長い耳をぴょこんと動かしながら、レキスが箱の前に座る。
それはプレゼントを前に、ワクワクを抑えきれない子供のようだった。
「……開けます」
両腕を一杯に広げ、箱のフタを掴むとそのままゆっくりと持ち上げる。
中から出てきたのは金色に輝く鞘に収まった細長い剣だった。
「これは……小剣、でしょうか」
小剣と言うと、フェンシングで使うフルーレのようなもののイメージがあったが、箱から出てきたそれは、普通の剣を少し細くした程度の、しっかりとした剣だった。
「ふむ……小剣、か」
「おあつらえ向きですね、王子」
「おあつらえ向き?」
「王子の適正武器は小剣なので」
「えっ」
「えぇ~~!?」
俺とチャトが同時に驚く。ずっと王子は大剣使いだと思っていたからだ。
大剣と小剣では随分とイメージが違うぞ。
「おやおや、駄目じゃないか、バラしたりしちゃ」
「王家の誇りとかなんとかで、ずっとこの大剣を使ってるんです、この人」
レキスがこちらを見ながら、親指で背後の王子を指さす。
「おいレキス、無礼だぞ」
「フッ」
そういえば、先祖代々伝わる……とか言ってた気がするな。
そうか、それで今まで適正のない武器を使い続けてたんだな。でもそれってかなりの修行が必要だってレキスが言ってたような……。
「とりあえず、いただいておきましょう。はい、王子」
レキスが小剣を王子に差し出す。
「……フッ。あいにくだが、間に合っているよ。僕にはこの由緒ある大剣があるからねえ」
「はい」
レキスが小剣をズイッと王子に差し出す。
「……全く、君にはかなわないな。わかったよ、ひとまず僕が預かっておこう」
レキスから剣を受け取り、鞘に付いた紐を腰に回し、装着する。
「ねえ……本当にこれでゴールなのかな。まだ、奥に続いてたりしない?」
チャトが恐ろしいことを言い始める。しかし、その可能性は大いにあり得るんだよな。ゴールで背筋が
「これで終わりであることを祈ろう。それでは、僕から行くよ」
王子が転移ゲートに乗ると、みんな次々と続き、最後に俺が乗る。
ダンジョンの壁が一瞬で山の風景に変わった。周囲はすでに日が落ちかけており、その場には五人全員が揃っていた。
「やったー! 出られたー!」
チャトが両腕を天に突き上げ、喜びを露にする。
「ここは……ダンジョンの入口があった場所か」
不思議なことに、階段のあった場所にはもう何もなくなっていた。
「どうしますか。もう少し行けば山を下れますが」
「うーん、みんな疲れてるだろうし、今日はここで休もうか」
この日は、この場で野営することにした。
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