第二十五話 いしになんてなりたくないし

 カブンさんの石化を解いてくれたお礼にと、この日は教会に泊めてもらうこととなった。


 巡礼者を泊める部屋にベッドが三台あったので、女性陣はそこに宿泊し、俺と王子の男性陣は廊下で寝ることにした。メーサさんがそれなら是非私の部屋に、と声をかけてくれたがさすがに女性の部屋に転がり込むのは気が引けるので丁重にお断りさせていただいた。

 食事の後、風呂をいただき、まだ寝るには少し早い時間のため、一人廊下の壁に寄りかかりながらダジャレのネタを考えている。


 ちなみに夕食は『みんなでつくねをつっ』『レバーもたべ』『なんこつくる?』『ハツをたいけん』など、焼き鳥づくしだった。出てきたのはやはりうちのスーパーの商品だったのだが。『ももっとお食べなさい』と言ったら果物のももが出てきたので、『かわのおりをどうぞ』と言うのはやめておいた。川が出てきたら大変だからだ。

 三分ルールがあるため、みんな食べつくそうと必死に頬張っていた。なぜ焼き鳥なのかというと、ピーハーの影響だと思う。


「れーいち」


 部屋のドアが開き、チャトがひょこっと顔を出す。


「何してるの?」

「ああ、ちょっと考え事をね」

「ふーん……。あ、わかった、ダジャレでしょ」

「ふふ、その通りだ」


 ちょこん、とチャトが俺の隣に座り、ヒザをかかえる。


「焼き鳥、おいしかったね」

「ああ、お気に召してもらえたかな?」

「うん。あたし、つくね? あれが一番好きかも」

「そうか。もっと出そうか?」


 多分『つくねを食べたら寝』とでも言えば出て来るだろう。いや、『このつくね、あ?』の方がいいかな。


「ううん、もう歯みがいちゃったから。ありがと」

「ああ、そうか」

「今日もすごかったね、ダジャレ魔法」

「いや、すごかったのはチャトの方さ。格好良かったよ」

「えー、やめてよもう。でも……嬉しいな。みんなの役に立てて」

「これからも頼りにしているよ」

「うん。……がんばる」


 そう言うとチャトは、ヒザの上で組んだ腕の上にアゴを乗せ、憂いの表情を浮かべる。


「……メーサさん、可哀想だったね」

「ああ……」


 焼き鳥祭りの時、メーサさんはアイマスクをしたまま、ブーノさんの取った串を食べていた。ちなみにメーサさんのお気に入りはハツで、ブーノさんはなんこつだ。


「なんとかしてあげられないかなあ……」

「うーん。石化の能力を抑えるアイテムとかあればいいんだが、そんな都合のいいものが……」


「ありますよ」


 いつの間にかチャトの隣にレキスが座っていた。


「あ、あるの?」

「はい。魔力カット眼鏡というアイテムがあるのです。ちなみに『まかかっと』ではなく『まりょくかっと』ですのでご注意を」

「? ……あ、ああ」


 言ってる意味がよくわからないが、一応頷いておく。


「レアアイテムなのでそう簡単に手に入らないのですが、それをかけると状態異常の攻撃を防げるそうです」

「ほう、そんな便利なものがあるのか。どこで手に入るんだ?」

「店で買うか、ダンジョンで稀に手に入るか……買う場合は、五十万ワイニ程度はかかるでしょうね」

「ご、ごじゅう……」

「それはちょっと手が届きそうにないな」


 それにしても、やっぱりダンジョンって存在するんだな。ちょっと興味があるが、そんな場所に行ってる余裕もないか……。


「あーあ、どこかに落ちてないかなぁ」

「はは……そんな貴重なものがそこらへんに落ちているわけが……」

「それが、あるんです」

「……レキス。それはまさか」


 気づくと、レキスが右手に、少しレンズが青みがかった黒ぶちの四角い眼鏡を持っている。


「そのまさかです。こんなこともあろうかと、城の宝物庫から持ってきました」

「おいおい……」

「これを目にかければ、メーサ氏の石化能力も無効化されるはずです」


 言いながら、自分の目に眼鏡をかけてみせる。


「ほう……」

「わあ……」


「……なんですか?」


「レキちゃん、眼鏡似合いすぎ」

「同感だ」

「そうでしょうか」


 右手でフレームの中央に手をあて、クイッと眼鏡を上げる。どうやら褒められてまんざらでもないらしい。


「それでは、ちょうどいい実験体が来たので、少し検証してみましょうか」

「……実験体?」


 レキスの視線の先に目をやると、廊下の奥から白い寝巻を着た王子が歩いてきた。


「やあ、お揃いで何をしているんだい?」

「これから実験をするところです。王子も一緒に来てください」

「フッ、面白そうじゃないか。お供させてもらうよ」


 こうして王子を加え、四人でメーサさんの自室を訪問することになった。

 レキスがドアをノックすると、中から声が聞こえてくる。


「あ、ちょっとお待ちください。……はい、どうぞ」


 ドアを開けると、アイマスクを正しながらメーサさんが椅子から立ち上がり、こちらに体を向ける。どうやら読書をしていたようだ。


「どうされましたか?」

「メーサ氏は幻惑魔法が使えますよね。ちょっと実験に付き合っていただきたいのです」

「実験……? あ、はい。わたくしでお役に立てるなら」


 そういえばレキスは相手の所有スキルが見えるんだったな。幻惑魔法か……いったいどんな魔法なんだろう。


「では早速。王子、この眼鏡をかけて、部屋の奥に立ってください」


 レキスが王子に魔力カット眼鏡を渡す。


「なんだい、これは?」

「あらゆる状態異常を無効化する眼鏡です」

「ほう、すごいものを持っているねえ。なんだか、見覚えがあるような気がするが」


 王子が手の中で眼鏡をこねくりまわす。


「今からメーサ氏に、幻惑魔法をかけていただきます」

「えっ……そんな、よろしいのですか?」 

「なるほどねえ。この眼鏡の性能を試そう、というわけだね」


 すでに眼鏡を装着した王子が、キラリとレンズを輝かせる。ふむ……王子もなかなか眼鏡が似合っているな。戦闘よりも内政が得意そうに見えるぞ。


「そういうことです」

「フッ、いいだろう。実験に付き合おうじゃないか」


 この王子、基本的になんでも受け入れるな。特にレキスの言うことは。


「ここでいいかな」


 王子が部屋の奥の壁際に立つ。その手前にメーサさんが立ち、ドアの前に俺たちが並んで見ている。


「それでは、お願いします」

「は、はい。では……」

「フッ、遠慮はいらないよ」


 メーサさんが少しためらいながら、王子に手をかざし、呪文を唱え始める。


「ヨセミヲ・シロボマシ・マサビヨ・ヲクオキ・ノコカ」


 詠唱が終わると、メーサさんの手から紫色の霧が現れ、王子の全身を包み込む。しかし、霧はすぐに空気に溶けるように消えていった。


「どうでしょうか」

「フム、なんともないようだね」

「メーサ氏、もう一度お願いします」

「は、はい」


 再度呪文を唱えるが、王子に異常は見られない。


「では王子、眼鏡を外してメーサさんに渡してください」

「フッ、ここからが本番、といったところかな」


 王子が眼鏡をはずし、アイマスクをしたままのメーサさんに手渡す。元の位置に戻ると、軽く両手を広げ、ポーズを決めた。


「さあ、やってくれたまへ」

「は、はい」


 三度目の詠唱が始まり、同様に紫の霧が王子を包む。今度は霧はすぐには消えず、王子にまとわりつくように周囲をただよっている。


「ほう……これはすごいね。アイカが見えるよ。それに、レキスもいる」

「……私はここにいますが、二重に見えるのですか?」

「いや……これは、幼い頃のレキスだ。よく一緒に遊んでいた頃の……」

「……」


 王子はどこを見ているかわからないような遠い目をしているが、どこか昔を懐かしむような穏やかな表情を浮かべている。


「どうやら眼鏡の性能に問題はないようですね」

「よかったね。これできっとメーサさん、アイマスクを外せるよ」

「それでは最後です。メーサ氏、目を閉じたままアイマスクを外して、眼鏡をかけた後に、目を開けて王子を見て下さい」

「えっ? そ……そんなこと、できませんわ」

「王子が石化した際はだじや氏がなんとかしてくれますので、どうぞ遠慮なさらず。ですよね」


 念を押すようにレキスが俺の顔を覗き込む。


「あ、ああ。任せてくれ」


 しかし、今更だが一国の王子に対して、この扱いはあんまりのような気が……。


「あの……眼鏡を、かけましたけど……」

「では、そのまま目を開いてください。遠慮はいりません」

「うう……本当によいのでしょうか」


「ハハ……待ちなよレキちゃん。そんなに走ったら転んでしまうよ……」


 王子にかかった幻惑魔法がより深く効いてきたみたいだ。意識が完全に幻の中にとらわれているように見える。……こんな状態で実験を続けて大丈夫なのだろうか。


「……それでは、開けます」


 後ろ姿のメーサさんが、手にグッと力を入れたのがわかる。

 恐らく今、目を開けたのだろう。さて、王子の様子は……。


「ああ、また明日あそぼう。それじゃばいばい、レキちゃん……」


 意識に異常はあるが、体に異常はないみたいだ。


「それでは最後に……メーサ氏、こちらを向いてみてください」

「えっ。……で、でも」

「……そうですね。万が一の時のために、だじや氏は部屋から出て下さい」

「えっ。俺、感動の瞬間に立ち会えないのかい」

「のぞくのも禁止です」

「う……まあ、仕方ないか」


 渋々部屋から出て、ドアのすぐ横の壁に背を預ける。しばらくすると、チャトが喜ぶ声と、メーサさんの泣き声が聞えて来た。どうやら上手くいったみたいだ。新作の石化解除ダジャレの出番はなさそうだな。それなら俺も中に入っても大丈夫かな……と思ったのだが、突如チャトの声が慌てふためく様子に変わる。どうやらメーサさんがあふれる涙を拭こうと、眼鏡を外そうとしたらしい。……まだ中には入らないほうがいいな、これは。


 こうして、慌ただしい夜は過ぎて行き、翌朝を迎えた。



♢ ♢ ♢ ♢



「本当に、いただいてしまってよろしいのですか?」


 朝。教会の前で俺たちは眼鏡をかけたメーサさんと、ブーノさんに見送りを受けていた。

 眼鏡越しに見えるメーサさんの瞳は、磨かれた黒曜石のように黒く美しい光をたたえていた。


「どうせ倉庫で眠っていたものなので、気にしないでください」

「倉庫ではなく、宝物庫ではないのかな?」


 やはり、王子にはしっかりとバレていたようだ。


「すまねえな。高い物だろうに」


 五十万ワイニだもんなぁ。でも、メーサさんの笑顔と引き換えなら、安いものかな。……俺の物じゃないからこう思うのかもしれないけど。


「これで村のみんなの顔も見れるね!」

「みなさんには本当に、なんとお礼を言ったらよいか……」

「フッ、僕もなかなかに面白い体験をさせてもらったよ」

「全く……また王子を危険な目に遭わせて……」


 後ろではアイカさんが不機嫌そうになにかつぶやいている。……後でフォローを入れておかないとまずいかな。


「それでは、そろそろ行きます。お二人とも、お元気で」

「さよなら!」

「ああ、また会おう」

「皆さまに、神のご加護があらんことを……きゃっ」


 メーサさんがお辞儀をしたひょうしに、眼鏡が外れそうになる。ブーノさんが慌ててかけ直すが、みんな石のようにかたまってしまった。


「……簡単に落ちないように、補強しておくわ」

「ぜひ、そうしてくれ……」


 こうして俺たちは、キワウの村を後にした。

 出ていく途中、全身包帯だらけのカブンさんに会うと、こちらに向けて力なく手を振ってくれた。

 とりあえず無事(?)のようでよかった……のかな。


 自分も結婚してうわきをしたらああなるのだろうか。……っついなぁ。なんて。

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