第二十四話 教会に行くのってきょうかい?
キワウの村を目指し山道を歩き続け、二時間程経った頃だった。突如空から複数の笑い声が聞こえて来た。
「「キャーハハハ!」」
「な、なんだ?」
見上げると、三体の魔物が空を飛びながら満面の笑みでこちらを見下ろしていた。
女性のような姿をしていて、全身は茶色い羽毛に覆われている。両手の翼を羽ばたかせながら、鋭い鉤爪のついた大きな足をこちらに向けている。
「……あれは【ピーハー】ですね」
「ピーハー?」
「相手の体を掴み、上空まで引き上げた後に足を離し、地面に叩きつけて弄ぶ趣味の悪い魔物です」
「……恐ろしいやつだな」
「とにかく、掴まれないよう注意して下さい。絶対ですよ。いいですね」
「わ、わかった」
レキスの言葉に若干の不安を感じつつ、戦闘が始まった。
三体のピーハーは、それぞれ王子とアイカさん、レキスに襲い掛かる。
王子とアイカさんの二人は剣で爪を弾き、反撃をするが空中で自在に体勢を変え、なかなか当たらない。
レキスは炎の魔法を放ち、命中するが燃える体もおかまいなしにピーハーは笑いながら突っ込んでくる。
「えい」
レキスがハイキックで応戦しようとするが、蹴り上げた足を掴まれてしまった。
「あ」
「キャハハハ!」
まずい、このままではレキスが空に連れていかれてしまう。なんとかしなければ。そう思い、棍棒でピーハーを追い払おうとしたその時。背後から風切り音が聞こえたかと思うと一本の矢がピーハーのこめかみに突き刺さっていた。
「ギャッ!!」
爪が開き、解放されたレキスがそのまま腹部に前蹴りを決めると、ピーハーは勢いよく背後に飛ばされ、山の斜面を転がり落ちていった。
続けざまに二本の矢が残りのピーハーに突き刺さると、その隙をついて王子とアイカさんが両断する。
「キャッ……ガ……」
三体のピーハーは、二度と笑う事ができなくなってしまった。
「すごいじゃないか、チャト」
「お見事です」
「フッ、大したものだ」
「……初めて扱う武器とは思えんな」
みんな口々にチャトをほめたたえる。てっきり照れたり喜んだりするものかと思ったが、チャトの表情は硬いままで、弓を持つ手もかすかに震えているようだ。
「……どうした?」
「ごめん、ちょっとびびっちゃって。もし、外してみんなに当たってたらって考えたら震えが……」
そうか。チャトにとって、まともに戦うのは今回が初めてだ。適性があるとはいえ、まだ使い慣れない武器にあんなやつが相手では、気を呑まれてしまうのも無理はない。
「みんなの為に頑張ってくれて、ありがとう。チャト」
「う、うん……」
「私は回復魔法も使えるので、多少味方に当たっても平気ですよ。特に王子は頭を貫いてもしばらくは生きているでしょうから」
「フッ。さすがの僕もそれはちょっと自信がないかな」
「レキス、冗談でもそういうことを言うのはやめろ」
「本気で言いましたけど」
「……フッ」
その後、ピーハーを食材にするかどうか議論になったが、まだお腹が減っていないということでそのまま行くことなった。……ピーハーってどんな味がするのだろうか。やっぱり鶏肉系かな。
♢ ♢ ♢ ♢
再び山道を突き進むこと二時間弱、ようやく俺たちはキワウの村にたどり着いた。
山間にひっそりとたたずむその集落は、昼下がりの太陽の光に照らされ、周囲の木々にやさしく見守られているように見えた。
村の奥にはひと際大きな建物があるが、あれはなんだろう。
「れーいち、大丈夫?」
「ああ……なんとか」
慣れて来たとはいえ、やはり長時間の移動はこたえるな。だが、以前のように息を切らして足をふらつかせるようなことはなくなったぞ。
「誰だい! あんたたち!」
一番手前の民家の前で、花壇の手入れをしていた気の強そうな女性がこちらに近寄って来る。
黒い髪の頭部には、耳のようなものは付いていない。麻色の半そでの上着の下に、黒い長そでのシャツを着ているのかと思ったら、どうやら腕を覆っているのは体毛のようだ。
この人が話に聞いていたジンパ族かな。
「この村に何の用だい? ここは旅人の立ち寄るような場所じゃないよ。日の高いうちに、とっとと出て行くんだね」
「少しでも休息を取らせていただくわけには……」
「だめだめ。ほら、さっさと……」
「待ってくれ、トローグさん。その人達は、多分大丈夫だ」
低めの、少しガラガラした声と共に民家の陰から誰かが出て来る。よく見るとそれは、魔物のタブノイだった。
「ブーノ。駄目じゃないか、出て来たりしちゃ」
「いいんだ。実はさっき、その人達に会ってね。こちらに敵意がないとわかると、見逃してくれたのさ」
「私たち、無益な殺生は好みませんので」
延髄斬りをかまそうとしてた人が何か言っている。
「ふーん……まあ、あんたがそう言うならいいけどさ」
「この村は魔物……さんと一緒に暮らしてるんですか?」
「別にそういうわけじゃないんだけどねぇ……」
トローグさんの表情が曇る。なにかワケアリみたいだな。
「俺ともう一人。あんたたちの言う変異体の魔物がここで厄介になってるのさ。それで今、ちょっと困ったことになっててな……」
「困ったこと?」
「これから説明するよ。ちょっとついてきてくれるかい? その、もう一人の魔物に会ってもらいたいんだ」
「ちょいとブーノ、あんた……」
「大丈夫。なにかあったら俺の責任だ。それに、なにかあったとしてもあの人なら……」
ブーノさんが俯き、なにか考え込んでいる。
「……わかったよ。好きにしな」
「すまない。それじゃあ行こうか」
ブーノさんの後に続き、村の中を歩いて行く。
途中、通り過ぎた民家の軒下に、両腕を前に突き出したポーズの、妙にリアルな石像が立てかけてあったが、あれは一体なんだったのだろうか。
やがて、村の奥の大きな建物の前にたどり着くと、ブーノさんが大きな扉を静かに開いていく。
中は教会になっており、奥の講壇の前で、誰かが祈りをささげていた。
「神よ……わたくしは一体どうすればよいのでしょうか……」
「……メーサ、お客さんだ」
「お客様?」
ゆっくりと振り返ったその女性は、修道女の格好をしていて、目には黒いアイマスクを着けている。灰色の肌の美しい顔立ちだが、緑色の髪の隙間からは三匹のヘビがこちらを見ながらチロチロと舌のぞかせていた。
「あれは……ドゥメーサ」
「……魔物か」
「はい。睨んだ相手を石化する能力を持っています」
そういえば、昔やったゲームにそんなモンスターが出てきた気がするな。元は神話に出てくる怪物とかだった気がする。
「こんにちは」
「は、はい。こんにちは」
メーサさんがニコリと優しく笑いかけて来る。目は見えないが、口元だけでもその気品が伝わってくる。
「わたくしはメーサと申します。この教会で神の教えを説いております」
可憐な動作で、丁寧なお辞儀をする。
「田寺谷麗一です。えーと、魔王討伐の旅をしています」
「チャト・チュールです。れーいちとほぼ一緒です」
「レキス・キイラケースです。ダジャレ魔法の研究をしています」
「リンスプ・ジオ・ラグナムア。ラグナムア王国の第一王子さ」
「……アイカ・キッソン。王子の護衛だ」
みんな口々に自己紹介を始める。メーサさんの柔和な雰囲気につられてしまったようだ。
「まあ……こんなにたくさんの方に来ていただけるなんて……。普段、あまり人の訪れることのない場所なので、とてもうれしいですわ」
「あの、困ったことがあるという話を聞いたのですが」
「あ……」
困ったこと、という言葉が出た途端、メーサさんから笑顔が消える。
「事情は俺から話すよ。立ち話もなんだから、奥の食堂に行こう。あんたたち、食事はまだだろ? 簡単なものなら出せるからさ」
「いいんですか? それじゃお言葉に甘えて……」
俺たちはブーノさんとメーサさんに、食堂へと案内される。
席に着き、野菜と豆のスープをごちそうになった。タブノイ料理が出てきたら気まずいな、などと考えたが、さすがにそれはなかった。
「「ごちそうさまでした」」
食事を終え、片付けを手伝うと、いよいよ本題に入る。
「あんたたち、ここに来る途中、石像を見かけなかったか?」
「家の前に置いてあったアレですか?」
「そう、それ。実はあの石像な、この村の住人なんだ」
「えっ」
住人、という言葉が出た途端、メーサさんが力なく俯く。
「俺とメーサは、この教会の神父様に拾われてこの村に住むようになったんだが……三か月前に亡くなられて、メーサが後を継いだのさ」
「拾われて?」
「俺は食材にされかけていた所を助けてもらってな」
ブーノさんが肩をすくめながら苦笑いを浮かべる。
「……わたくしは、見ただけで相手を石にしてしまうという能力のせいで魔王領を追われ……さまよっている所を神父様に救われたのです」
「見ただけで……?」
「はい。わたくしたちのような者は、『変異体』と呼ばれているそうですね。変異体の中には、一部の能力が強化されることがあるようで……」
「そうですね。本来、ドゥメーサの石化能力は対象を強く睨みつけることで発動する呪いだと聞いています」
「うう、見ただけで石になっちゃうなんてこわいね……。だって、今アイマスクを取ったら……」
みんなが一斉にメーサさんを見る。今メーサさんがアイマスクを取っただけで、俺たちは食堂のオブジェと化してしまうのだろうか。
「……みなさんの視線を強く感じます」
「その……神父さんは大丈夫だったの? メーサさん、アイマスク着けてなかったんだよね」
「はい。魔抵抗が高い方には効果はありませんので」
「俺もその、変異体の副作用なのか魔抵抗が高いみたいでな。メーサに見られても平気なんだ」
「あの村の人は、なぜ石像に?」
「えっと……それは、その……」
再びメーサさんが俯いてしまった。なにやら恥ずかしがっている様子だが……。
「まあ、とにかく、うっかり目を開けて見ちまったんだよ」
「石化を治す方法はないのかい?」
「……それは」
ブーノさんも腕を組み、俯いてしまう。
「メドゥーサの石化を治す方法は今のところ一つだけです。それは、術者を殺すこと」
「なんだって……」
ということは、石化した村人を助けるためにはメーサさんを……? なんということだ。
「……みなさんにお願いがあります。私は立場上、自ら命を断つことができません。なので……」
なにかを言おうとしたメーサさんを、王子が遮る。
「フッ、待ちたまえ。そんな悲しい選択をせずとも……なあ、麗一君」
「ああ、なんとかできる……かもしれない。かな?」
石化、か。せきか、せきか、せきかを治すダジャレ……。
「え? ……あの」
戸惑うメーサさんに構うことなく、レキスが席を立つ。
「お二方とも、ここで待っていて下さい。石化したのは、一人だけですか?」
「あ、は、はい。そうです」
「魔王領では結構な数の魔物が石になったみたいだが……まあ、それは別にいいよな」
ノーブさんも魔物ではあるが、魔物同士の仲間意識みたいなものはないらしい。
「わかりました。それじゃみんな、行こうか」
「スープ、おいしかったです」
レキスに続き、みんな次々と席を立つと、食堂を出ていく。戸惑う二人に会釈をすると、俺も食堂を後にした。
♢ ♢ ♢ ♢
「さて」
俺たちは石像の置かれた民家の前に来ていた。
石像は両腕を前に突き出した、ゾンビのようなポーズを取っている。
大事な物、いや、人であるはずだろうに、なぜ外に置いてあるのだろう……?
「……なんだい、あんたたち」
家の中から割烹着を着た腕っぷしの強そうな女性が出てきて、こちらを睨みつける。
太い腕はトローグさんと同様、立派な茶色の体毛で覆われている。
「突然すいません。こちらの方の石化を解いてあげたいのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだって……? 本当かい?」
女性の表情が一瞬明るくなるが、すぐに怒ったような顔に変わる。
「……別にこんなやつ、このままでもいいんだけどね。ま、治せるもんなら治してやっておくれよ」
「わかりました」
実はここに来るまでずっと考えていたのだが、イマイチいいネタが浮かばなかった。うーん、何かないか……。
「頑張って、れーいち。今回も特等席で見守ってるからね」
「ああ、ありがとう」
特等席、か。ん? せき……そうか。これは使えるかもしれないぞ。
「あの、すいませんが、椅子……いや、ゴザのような敷物はありませんか?」
「ゴザ? 何使うつもりかしらないけど、ちょっと待ってな」
女性が家の中に戻り、巻かれたワラの敷物を抱えて出てきた。
「これでどうだい」
「はい、ありがとうございます」
受け取ったゴザを地面に敷き、王子に手伝ってもらい壊さないよう慎重に石像をその上に寝かせる。そして、手をはたきながら軽い感じで言い放つ。
「へー、これが石化の解ける
さて、どうだろうか……。
「あ、みんな、見て!」
石像の頭から色が塗られて行くように、全身に広がっていく。それが足元まで到達した時、石像だった人が動き出した。
「メーサさん、俺っ……あれ?」
男性が横になり、両腕を伸ばしたまま、辺りをきょろきょろと見回している。
「こんっの……ロクデナシがぁ!!」
成り行きを見守っていた女性が、突然男性の腹部を思いっきり蹴飛ばす。
「ぐほぉっ!? なっ、なん……げえ! お前!」
「なにがげえ! だ! このクソ亭主が!!」
男性の頭を、肩を、背中を、腹を、女性がひたすら蹴り続ける。あまりの剣幕に誰も止めに入ることができない。
「ハッ、フッ、ホォッ!! ゆ、許してくれぇ!!」
のどかな村のど真ん中で、男性の叫び声と打撃音がいつまでも響いていた。
♢ ♢ ♢ ♢
俺たちは再び教会に来ていた。メーサさんとブーノさんの前には、あちこち腫れたりへこんだりして、顔が血だらけになったカブンさんが倒れている。
「……どうなってんだい、こりゃ」
「ああ、実は……」
俺はこれまでのことを二人に説明した。
女性の名前はリンフさん、男性の名前はカブンさんというらしい。
カブンさんがメーサさんに惚れてしまい、告白している最中に両手をメーサさんの肩に置いた時、驚いてアイマスクを取ってしまい……ということだそうだ。
「う、あ……すま、ない……メー、サ、さん……ゴフッ」
カブンさんの口元から血が伝っている。……大丈夫だろうか。
「え、えっと、その……はい、わたくしなら大丈夫ですが、カブンさんは……?」
「あーあー、このバカなら全然大丈夫。教会を汚しちまうからあたしらはこれで帰るよ。それじゃ、迷惑かけたね。あんたたちも、ありがとね」
「い、いえ……」
「さ、帰って続きだよ」
「ひっ……」
リンフさんがカブンさんの首根っこを引っ掴み、ズルズルと引きずって外に出て行ってしまった。
「……大丈夫かな、カブンさん」
「またメーサ氏に迷惑をかけることになるかもしれませんね」
レキスの言う迷惑とは、シスターとしての仕事が必要になるかも、ということだろうか。
相変わらず本気なのか冗談なのかわからないが、本当に命が危険なら回復してあげていただろうから冗談なのだろう。多分。
「あの……どうなったのでしょうか」
「一件落着、と思っていいのかい?」
首をかしげるメーサさんのとなりで、ブーノさんが軽く肩をすくめる。
「まあ、一応……」
こうして、イマイチすっきりしないまま、石化事件は解決したのであった……?
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