第二十三話 この鉱石はきみの功績

 翌朝目を覚ますと、すでに王子は身支度を終え、ベッドに座って謎のポーズを取っていた。


 その後朝食をいただき、挨拶を済ませるとそのまま武器屋へと向かう。

 リュウコさんいわく、武器屋の店主から旅立ちの前に寄って欲しいと伝言を頼まれたとのこと。

 ちなみに朝食はタブノイの団子スープと名物の鉄鋼パン(死ぬほど硬い)だった。


「おはようございます」


 店内に入ると、カウンターの上に二本の剣が置いてあった。この剣は、王子とアイカさんの使っていたものだな。


「やあ、おはよう。待ってたよぉ」


 奥から店主が現れる。手には弓を持っていた。


「ごめんねぇ、鎧の方を先に手入れして、そっちは間に合ったんだけど、武器はギリギリになっちゃった」

「着心地がよくなっていると思ったら、鍛え直してくれたのかい」

「うんうん。それじゃ、まずはこれ、返しておくねぇ。この剣は、君のかなぁ?」

「ああ」


 鞘におさまった剣をアイカさんが受け取る。


「いい剣だねえそれ。剣も君が使い手で満足しているみたいだよぉ」

「……そうか。ありがとう」

「こっちの剣は、君のだね」

「フッ、いかにも」


 続けて大剣を王子が受け取る。


「その大剣もすごいよねぇ。打ちながら、ハンマーを通して歴史のようなものが伝わってくるような感覚に陥ったよぉ」

「ラグナムア王家に代々伝わる、由緒ある剣だからね」

「でもその剣、なんだか寂しがってるみたいだよぉ。思うように力が発揮できてないみたい」

「ふむ……。まだまだ精進が足りないということかな。とにかくありがとう。鎧もあわせて、いい仕事をしてくれたようだ」

「そんで最後はこれ。お待ちかねの弓だよぉ」

「わぁ……」


 カウンターの上に置かれた弓は、銀色の下地に薄いオレンジ色の縞模様があしらわれており、普通の弓よりサイズが小さいものだった。


「これはショートボウさぁ。せっかくだからトキヤ族をイメージして作ってみたんだぁ」

「すごいかわいいです」

「そうだろぉ、五回の試行錯誤を重ねてようやく決まったデザインなんだぁ。名付けて『ニャンボウナンバーファイブ』! 気に入ってくれたかなぁ?」

「は……はい。ありがとうございます」

「矢と、胸当てもセットでつけておくねぇ」

「胸当て?」

「これがないと、矢が胸に当たって軌道がずれたりケガしたりするからね。お姉さん、ちょっと大きめだから特に気をつけないと」

「あ、う、うぅ……」


 店主の無自覚なセクハラ発言にチャトが困惑している。


「……何から何までありがとうございます。それでその……お代のほうは……?」

「んー、本当なら十万ワイニくらい頂くんだけどぉ……村の恩人からお金を取ろうとは思ってないよぉ」

「でも、それじゃあ……」

「いいんだよぉ。良質の鉄も手に入ったしねぇ。あの鉄鉱石、どうも化け物の体内に蓄積されていた物らしくてねぇ。胃酸で余分な部分が溶かされて、すごい純度の高い鉄になったとかなんとか」

「なるほど、ありそうな話ですね」

「だから、お金のことは気にしないで。その武器が、旅の役に立つことを祈っているよぉ」

「店主さん、ありがとう!」

「また来てねぇ」


 店主に見送られ、店を出る。山の下の方を見ると、鉱山の前の広場で、親方が作業員たちに忙しそうに指示を出していた。


「親方さん、よかったねぇ。もうお酒に溺れることもなくなるかな?」

「うーん……」


 あの手のタイプは何かと理由をつけて飲みまくると思うなあ。


「あ、こっちに気づいたみたい。みんなー! 頑張ってねー! さよーならーー!!」


 チャトが手を振ると、親方をはじめ、作業員たちが一斉にこちらに向けて手を振り返して来る。

 続けて王子が右手をあげると、全員何事もなかったかのように作業に戻って行った。


「……フッ」


 こうして俺たちはツイクサの村を後にし、次の場所へ向けて旅立った。



♢ ♢ ♢ ♢



 来た道を戻り、坑道を抜けると、今度は山道を東へと進んで行く。

 次に目指すのは【ジンパ族】の住む【キワウの村】だそうだ。四時間程歩けば着くらしい。

 それにしても、随分と山歩きにも慣れてきたな。俺もまだまだ成長できる、ということか。


「ふふふーん」

「ご機嫌だな、チャト」

「だって、やっとみんなの役に立てそうだし」


 そう言いながら、嬉しそうに弓の弦を弾く。左胸に装着した黒い胸当てもよく似合っている。


「チャトさん。あそこにちょうど良さげな魔物がいますよ」

「え?」


 レキスの視線の先に、茂みの中でうごめく魔物の後頭部が見え隠れしている。あれは……タブノイだろうか。


「まだこちらに気づいていません。どうぞ、一発ズドンと」

「う、うん……」


 チャトが背中の矢筒から矢を取り出し、弓につがえる。

 キリキリと矢を引き、タブノイの頭に狙いを定める。その真剣な横顔に、少しドキリとさせられる。昨日の王子との会話のせいで、妙に意識してしまうな。


「……」


 ところが、すぐに弓をおろしてしまった。


「どうしたんだ?」

「うーん、敵意のない魔物は攻撃しづらいかも……」


 食材にしてるくらいだから、容赦なく襲うものかと思っていたが……。この世界の人は、魔物にも慈しみの心を持つ、優しい人が多いのかもしれない。


「では私が、背後から延髄斬りを入れてきます」


 ……そんなことはなかった。


「!?」


 話し声が聞こえてしまったのか、タブノイがこちらに気づく。

 手に野草の入ったカゴを抱えたまま、じっとこちらを見ている。……タブノイって山菜取りとかするものなのか?


「フッ、どうする? 戦うかい?」

「うーむ、どうやら敵意はないようだが……」


 しばらく見ていると、タブノイがぺこりと一礼し、山の奥へと消えて行った。


「……なんか礼儀正しいタブノイだったな」

「変異体かもしれませんね」

「変異体って巨大なやつじゃないのか?」

「変異と言っても巨大化だけとは限りません。本来知性のない魔物に、知性を宿した者が生まれることもあるのです」

「へぇ……」


 ということは、言葉を交わし、分かり合える魔物もいるということかな。


「それじゃ、いこっか」

「ああ」


 俺たちは再び歩き出す。進むのはタブノイの逃げて行った方向だが、まさかな……。

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