第二十六話 ダンジョンに入ったらだめだんじょん
キワウの村を出て、再び山道を東へと進んで行く。今日も相変わらずの青天である。
青天のうちにできるだけ先に進もうと、気が
レキスが言うには、次の目的地は山を下りた平地にあるらしい。ということは、ようやくこの見飽きた山の景色ともお別れか。そういえばここ最近はずっと山歩きばかりしていた気がするな。
「次に行く……えーっと、チャンマルの村ってどんな場所なんだい?」
「チャンマルの村はキネツ族とキタヌ族が暮らす村です。キッソン氏の故郷ですね」
「え! そうなの!?」
「……そこまで驚くようなことでもあるまい」
アイカさんの故郷か……どんな所なんだろう。やっぱり、無口で真面目そうな人が多いのだろうか。
「アイカは僕の祖父にスカウトされてねえ。剣を交えた末に、ラグナムア王国に来てくれることになったのさ」
「へぇー」
へぇー……え? 『祖父』? ちょっと待った……アイカさんって一体いくつなんだ?
「サージン陛下は、本当に強い御方でした」
「僕と比べてみてどうだい?」
「……まだまだ、比較になりませんね」
「フッ、そうか」
どこか嬉しそうに、王子がほほ笑む。
「ねえ、アイカさんって、何歳なの? 王子のおじいちゃんに誘われたって、その……すごい昔のことだよね」
チャトはいつも聞きづらいことを平然と聞いてくれる頼もしい存在である。
「……覚えていない」
「え?」
「キネツ族はすごい長命の種族でねえ。だんだん自分の年齢がどうでもよくなって忘れてしまうそうだよ」
「えぇ……」
「誕生日のお祝いとかしないの?」
「いや、王国では毎年パーティーを開いているよ。アイカの希望で、回数は数えていないがね」
「数えないっていうのは……」
「……おい、もういいだろう。私の話は」
少し不機嫌そうに、アイカさんが話を断ち切る。怒っているというよりは、詮索されるのを嫌がっているみたいだ。
「……すまない」
「……ごめんなさい」
チャトと一緒にしゅんと小さくなる。
「別に謝ることはない」
「フッ、アイカの年齢は僕ですら知らないくらいだからねえ」
「……」
「何しろ父上が子供の頃にはすでに……」
「王子」
「おっと、すまない」
この世界で人の年齢を気にするのはもうやめたほうがいいな……。
「みなさん。あれを見て下さい」
レキスが何かを見つけたらしい。視線を追うと、山道の脇に、下におりる古びた石造りの階段がぽっかりと口開けている。
「あれは……階段?」
「なんか見た事あるような……」
「あれは恐らく、ダンジョンの入口かと思われます」
「ダンジョン? なんであんな場所に」
山道の途中、木々が生い茂る場所に現れたその階段は、場にそぐわない不自然な雰囲気を醸し出していた。
「ダンジョンは時と場所を選ばず、ランダムに入口が現れるそうです。中ではレアアイテム等が手に入りますが、様々な罠や、強力な魔物が出現することもあるため、不用意に入らない方が良いとされています」
「そういえば村のみんなに、階段を見かけたら絶対に入らないようにって言われたなあ」
「みなさんの中で、ダンジョンの中に入ったことのある方はいますか?」
「ないなぁ。村の近くで見たことはあるけど」
「僕もないね」
「当然俺も、だな。この世界に来たばかりだし」
「……ある」
全員が一斉にアイカさんを見る。
「王家に仕えて間もない頃、兵士たちの訓練に参加したんだ。そこに、階段が現れた」
「おや……それは初耳だね」
「……あまり思い出したくないことなので」
少し辛そうな表情を浮かべているが、それでもアイカさんは話を続ける。
「あの時、兵たちは皆若く勢いがあり、怖いもの知らずだった。ダンジョンの危険性は認知していたが、自分たちなら大丈夫、という空気になってしまったのだ。そして、総勢10名でダンジョンの階段を下りて行った……。全員が階段を下り切った所で入口が閉じ、私たちはダンジョンの中をひたすらさまよい続けた。罠を踏み、魔物に襲われ、運よく脱出のゲートを見つけ外に出た時、10名いた兵士は9名になっていた」
「そんな……」
「その話なら聞いたことがある。確か、『第六小隊の悲劇』。そうか、アイカ。君も参加していたんだね……。その一件以来、兵のダンジョン探索は王国の許可なしでは行えなくなったそうだよ」
ダンジョンってもっと気軽に探索できるような場所かと思っていたが……どうもそういう感じではなさそうだ。
「どうしますか? 入ってみますか?」
ダンジョンの階段に片足を突っ込みながらレキスがなにか言っている。
「……私の話を聞いていたのか?」
「はい。まあ、王子の許可があれば平気でしょう」
レキスがさらに階段を下り、顔だけが見えている。
「フッ、まあ……無許可で入ったところで、なにか罰があるわけでもないけどね」
「どうする? れーいち」
「うーん……」
「早く決めないと、入口がなくなってしまうかもしれませんよ」
階段からぴょこぴょこと耳だけ出したレキスがなにか言っている。どうやら入りたくてしょうがないらしい。
「……少し入ってみるかい?」
「はい。ではまいりましょう」
待ってましたと言わんばかりに即答すると、さっさと一人で階段を下りて行ってしまった。
「ま、待ってよレキちゃん!」
チャトが慌ててその後を追う。
「おい……」
「フッ……まあ、いいじゃないか。あふれ出る好奇心を抑えられるほど、まだレキスは大人じゃないのさ」
「……どうなっても知りませんよ」
こうして、渋るアイカさんと共に王子と俺もダンジョンへつながる階段を下りて行った。
♢ ♢ ♢ ♢
人が二人横に並べる程度の幅の石の階段を下りていくと、石壁に囲まれた小さな部屋にたどり着いた。
左右には青白い炎の燭台が飾られ、部屋の中央の床には半径1メートル程の魔法陣が青く輝いている。
「あっ、扉が!」
五人が部屋に入ると同時に、重苦しい音をたてながら背後の入口の上から石の扉がおりてきて、道を塞いでしまった。
「これでもう、後戻りはできない……か」
「ねえ、あの床の魔法陣ってなにかな?」
「あれは転移ゲート。上に乗った者を別の場所に瞬時に運ぶ装置です」
「へえ……そんなものがあるのか」
「見ていても仕方ないので、早速行きましょう。お先に失礼します」
ツカツカとレキスが歩いて行き、魔法陣の上に乗る。すると、レキスの体が青白い光に包まれ、消えて行った。
「おお」
「うう、ちょっと怖いかも……。えいっ」
チャトがぴょんと魔法陣に飛び乗り、消えて行く。
「フッ、僕たちも行くとしようか」
「……全く」
続いて王子とアイカさんも消えて行く。
「……」
これ本当に乗って大丈夫なのかな。でもみんな行ってしまったし……。
「ええい、ままよ」
俺は覚悟を決め、魔法陣に飛び乗った。
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