第十八話 タルに入ってもすぐバレル

 村に戻ると生気を取り戻した村の人たちから大歓迎を受ける。川の水は透明に戻り、これなら作物も再び育つようになるだろう。


 壊れた弓を渡されたダンセイ氏は、怒るどころか『こんなボロ弓を貸してしまって申し訳ない』と逆にチャトに対して謝っていた。

 それと、村の人たちが口を揃えて『山の方から声がしたと思ったら、お腹がスッキリした』と言っていたが、チャトが山頂で気にしていたのはそういうことだったらしい。畑のたい肥まで消えてしまったようで、申し訳ないことをした。

 その夜はダンセイ氏の家に泊めていただくことになり、チャトとレキスは娘のメースムさんの部屋で、俺はダンセイ氏の部屋で過ごした。

 晩酌をしながら俺たち三人の関係をしきりに聞かれたが、ただの仲間だと言ってもなかなか信じてもらえなかった。


 そして、次の日――。


「それでは、お世話になりました」

「ああ、またいつでも来てくれよ!」


 俺たちは、ダンセイ氏の家の前で見送りを受けていた。


「本当に、ありがとうございました……」


 メースムさんが深々とこちらにお辞儀をする。


「また遊びにくるね、メーちゃん!」

「うん、待ってるね、チャトさん。レキスさんも、ぜひまた」

「……機会があれば」


 どうやら女性同士、仲良くなったみたいだ。うんうん、仲良きことは美しきかな。


「王国の調査が終わるまで、水の使用はお控え下さい。明日にでも来ると思いますので」

「ああ、わかってる。なにからなにまですまねえな」


 昨日、山に向かう前、レキスが王に宛てて書いた手紙を、村で一番速いという若者【キルサ】さんに預けておいたのだ。驚くことに、キルサさんは日が沈む前には戻って来て、確かに城兵に預けて来た、と言っていた。


「それでは行きましょう」

「ああ。それでは、また」

「さよなら!」


 ダンセイ氏とメームスさん、それと見送りに来てくれた数名の村人に手を振り、マリソーチの村を後にする。

 来た時の薄暗い雰囲気は消え去り、朝日に照らされた村は、キラキラと美しく輝いていた。もうこの村に毒がとことがないよう、心から願った。


「えーと、次はどこへ向かうんだっけ」

「次は、鉱山の……」


 レキスが言葉を止め、なにやら遠くを見ている。

 目を凝らすと、二台の馬車がこちらに向かって走ってくるのが見える。荷台には大きなタルがいくつも積んであり、二名の御者のうち、一人は見覚えのある顔だった。

 やがて馬車が俺たちの前に止まり、御者の一人がレキスに話しかける。


「レキスさん!」

「……ご苦労様です。早かったですね」


 青いローブを着た御者の男が馬車から降り、レキスに一礼する。

 頭に少しとがった小さな耳にブラウンの長髪、ふちのない眼鏡をかけておりいかにもインテリ、といったいで立ちだ。背中からチラチラとふさふさの大きな尻尾が見え隠れしている。この雰囲気は、リス、かな?


「依頼のあった水をお持ちしました」

「ありがとうございます。調査の方もお願いしますね」

「わかりました。それにしても、報告にあった話と違って、美しい川ですね」

「あ、毒の件はもう解決しました」

「……え?」


 男性の眼鏡が少しズレる。


「イダッテ氏には、川や井戸、民家に貯蔵されている水、あとは周辺の土壌に毒素が残っていないか確認をしていただきたのです」

「は、はあ……しかし、一体どのようにして?」

「クソをなクソー、です」

「……はぁ?」

「とにかく、早く行ってあげてください。恐らくこの水も必要なくなるかもしれませんが」

「は、はい。それでは……」


 どうにも解せない、といった表情で再び馬車に乗りこむと、ジョッシュと呼ばれた男性はマリソーチの村へと馬車を走らせていった。


「だれ? 今の人」

「ジョッシュ・イダッテ氏です。【成分分析】のスキルを持った、本物の助手です」


 俺たちは偽物の助手だったようだ。


「これでマリソーチの村は安心ですね。それでは先を急ぎましょう」

「……待て」


 レキスが歩を進めようとしたその時、もう一台の馬車に乗っていた赤髪の女性に制止される。


「レキス。……また勝手なことをしてくれたようだな」


 彼女は確か、王様の横にいた……【アイカ】さんだったかな。

 見るからに不機嫌そうな顔でレキスを睨みつけている。


「どれだけ王に心配かければ気が済むのだ」

「あの人、心配性なんです。帰ったら、もっと気持ちを大きく持つようお伝えください」


 王様をあの人呼ばわりしている。


「ハァ、全く……。とにかくお前は早急に王国に戻れ。魔王討伐には私が同行する」

「えっ、アイカさんが?」


 ああ、そういえば王様に押し切られてたっけ。うーん、アイカさんが仲間に加わってくれたらすごい戦力強化になりそうだ。でも、いまいち俺、信用されてないみたいだからな……。うまくやっていけるだろうか。


「少し待っていろ、この水を届けて来る。その後レキスはこの馬車に乗って王国へ帰るのだ。いいな」

「お断りします」


 相変わらずの無表情のまま、レキスがはっきりと答える。じっとアイカさんを見つめ、微動だにしない。


「お前にはお前の職務があるはずだろう。それを放棄したまま研究室を留守にするなど、許されると思っているのか?」

「スキルの研究も私の仕事の一つです。今私はだじや氏のダジャレの魔法の研究をしているのですよ。現に、その成果のおかげでこの村の問題を解決できたのです。ですよね、だじや氏」


 チラリとレキスがこちらを見る。何も考えていないように見えるが、なんとなく大人しく同意しておけ、という脅迫じみた念が伝わってくるような気がする。


「あ、ああ。そうだ、ったかな」


 視線が怖い。しかし実際のところ、レキスの検証や魔ガホンがなければ毒の問題を解決することはできなかっただろう。


「……まあいい、この話は後だ。いいか、ここを動くんじゃないぞ」


 そう言って、アイカさんが馬車を走らせようとしたその時だった。


「待ちたまえ!」


 アイカさんの背後から、どこかで聞いたようなくぐもった声が聞こえてくる。


「とう!」


 掛け声と同時に背後のタルのフタがパカーンと開き、誰かが勢いよく飛び出してきた。

 高く飛びあがり、宙で一回転すると、再びタルの中に着地する。


「……」


 タルからよいしょ、と出てきて、丁寧な仕草で荷台を下り、金色の鎧を纏った金髪の青年が俺たちの前にやってくる。


「ラグナムア王国第一王子、リンスプ・ジオ・ラグナムア。ここに参上!」


 左手を顔に当て、右腕を後ろにピンと伸ばしたポーズを決める。


「…………」


 しばしの沈黙の後、王子が言葉を続ける。


「フッ、ひどいじゃないか君たち。僕を置いて勝手に行ってしまうなんて」

「……何をしているんです、あなたは」


 ジロリ、とアイカさんがポーズを決めたままの王子を睨みつける。


「君一人を危険な目に遭わせるわけにはいかないからね。魔王討伐には、僕も同行させてもらうよ」

「何をバカなことを。今すぐレキスと共にお帰り下さい」

「私は帰りませんが」

「僕も帰るつもりはないよ」

「駄目です。お帰り下さい」


 なにやら不穏な空気が漂いはじめた。この前、謁見の間でも味わったよくない空気だ。


「ハァ……全く。とにかく、全員ここを動かぬよう。水を届けて参りますので。ハッ!」


 馬車を走らせ、タルの中の水をと揺らしながらアイカさんは村の方へ向かって行った。


「行きましょう」


 さも当然のように歩を進めようとするレキスの前に、王子が立ちはだかる。


「駄目じゃないかレキス。アイカが待て、と言っているのだから、ここは大人しく待とうじゃないか」

「私たちには関係ありません。王子一人でお待ちください」


 王子の横を通り、そのまま進もうとするが、くるっと回転してさらに王子がレキスの前におどり出る。


「今日から僕たちは旅の仲間なのだから、一緒に行こう」

「仲間ではありません。ですよね、だじや氏、チャトさん」

「えっ。あ、えーっと、うーん……」

「にゃはは……」


 突然話を振られて困惑する俺とチャト。こういう場合、どう答えればいいんだろうか。相手は王子様だし……。


「えー……王子、様は、王様の許可は取られたのですか?」

「フッ、まさか。父上が許すわけがないだろう」


 髪をかき上げながら、堂々と言ってのける。

 

「それなら、お帰りになられたほうがよいのでは……」

「愛する女性が死地に向かおうというのに、男として黙って見ているわけにはいかないだろう?」

「死地……」

「あの、王子様は……アイカさんが好きなんですね」

「そうとも。彼女は僕が物心つく前からずっと身の回りの世話をしてくれていてねえ……気が付いたら好きになっていたのだよ」

「へぇー」


 言いづらそうなことを堂々としゃべる人だな。


「おや、君は……そうだ、まだ君の名前を聞いていなかったねえ。教えてくれるかな?」

「あ、はい。あたしはチャト。チャト・チュールです」

「ふむ、いい名前だ。それと君は、トキヤ族の人だね?」

「あ、は、はい」

 

 なにか言われると思ったのか、チャトが少し身構える。


「んー……トキヤ族の女性は美しい人が多いと聞くが、噂以上のようだねえ」

「えっ」

「麗一君とは、ただならぬ関係だったりするのかい?」

「……たっ、ただだ……!?」


 おいおい、なんてことを聞くんだい、この王子様は。


「そ、そ、そんなんじゃないです! あたしたち!」


 チャトが赤くした顔の前で両手をわちゃわちゃさせている。俺からもフォローを入れておこう。


「チャトはただの旅の仲間ですよ」

「おや、そうなのかい? では、レキスと……?」

「……蹴り飛ばしますよ」

「ハッハッハ、レキスにはまだこういう話は早かったかな」

「……」

「ハッハッハ、痛いぞレキス、やめたまえ、ハッハッハ」


 高笑いする王子のスネを、レキスが無表情のまま、つま先でキックしている。金色のグリーブの上からとはいえ、まあまあ痛そうである。


「……王子、水を届けて参りました」


 アイカさんが戻ってきたが、馬車には乗っていない。


「ああ、ご苦労様」

「馬車は預けてきました。鉱山に向かうならば邪魔になりますので」

「おや、ということは僕の同行を許可してくれるということかい?」

「なにを言っても、もう戻るおつもりはないのでしょう?」

「フッ、さすがアイカだ。父上よりも僕のことをわかってくれているようだね」

「ハァ……。それでレキス、お前は一体何をしている」

「……別に何も」


 と言いつつ、王子のスネを蹴りまくっている。


「フッ、ただのじゃれ合いさ。それではみんな、行くとしようか」

「なにか仕切りはじめてますが、私たちはあなたを仲間として認めてませんよ」

「フッ、ならば認めてもらうよう、努力するまでさ」

「……だじや氏、チャトさん。よろしいのですか?」

「あ、え……うん。まあ、仲間は多いほうがいいだろうし、俺はかまわないよ」

「あ、あたしも」

「……どうなっても知りませんよ」


 一体どうなってしまうというんだ……。一抹の不安を抱きつつ、新たな仲間を加えた俺たちは鉱山の村【ツイクサ】へと向かうこととなった。

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