第十九話 おうじたちがたちおうじょう
「それにしても、一体どうやってあの村の問題を解決したんだい?」
歩きながら、王子が興味しんしんに聞いて来る。
「えーっとですね……まず、村の人たちを……」
「おっとチャト君、敬語はやめてくれたまえ。僕たちはもう仲間なんだからね」
「えっ、で、でも」
「様付けもダメだよ。僕の事はそうだねえ、王子、またはリンスとでも呼んでくれたまえ」
「あ、は、はい。わかりま、わか、った……よ」
俺も旅立ちの時に、似たようなことをチャトに言われたっけ。しかし、相手が一国の王子なだけに、さすがのチャトも切り替えが難しいようだ。
「王子。もう少しご自身のお立場をお考え下さい」
「アイカにも、名前で呼んで欲しいのだがねぇ」
「……全く」
「腐れ王子」
「ハッハッハ、それもまた良し」
レキスの憎まれ口も全く意に介していない。王子に対するレキスの態度が少しきついような気がするが、この二人はいったいどういう関係なんだろうか。
「むっ、魔物だ!」
突然目の前にデムーカが現れた。どうやら一体だけのようだが、また増えたりしないよな?
「毒があるので王子、盾になってください」
「レキス、お前……」
何か言おうとしたアイカさんを手で制し、王子が前に出る。
「早速僕に活躍の場を与えてくれるというのだね。ならば期待に応えようではないか」
王子が背中の鞘から、使い込まれた様子の鈍く光った大きな剣を抜く。かなりの重量がありそうだが、片手で軽々と扱っているところを見ると、かなりの力持ちのようだ。
「サポートを頼むよアイカ。とう!」
右手に大剣を持ち、デムーカに向かっで駆けて行く。
「……やれやれ」
後ろから声がしたと思ったら、すでにアイカさんが王子のすぐ後ろを走っている。
「は、速い」
デムーカが鋭い歯で王子に噛みつこうとするが、それをなんなく剣で受け止める。そして、その隙にアイカさんが剣でデムーカの体を横に斬りつけると、青色の体液を撒き散らし、デムーカの体が二つに分断された。剣を噛んでいた歯が開き、上半身が地面にずり落ちると、王子が剣を高く構えた。
「覚悟はいいかい? トウッ!」
王子が剣を振り下ろすと、硬いものが砕けた音と共に、デムーカの頭が砕け散った。絶命したかと思われたが、二つの体はまだ足が力なくわきわきと動いている。
「デムーカは生命力が強いので、倒したと思っても油断はできません」
「ああ、そのようだな」
「すごいね……あの二人」
俺たちが苦戦したデムーカをあっさりと仕留めてしまった。どうやらすごい戦力強化になったようだ。
「フッ……どうかな、僕たちの戦いぶりは」
「まあまあですね」
腕を組んだままレキスが無表情で答える。
「偉そうに……」
「いやあ、本当にすごかった。これなら魔王も簡単に倒せそうだね」
「麗一君」
急に王子が真面目な顔になる。
「魔王をあなどってはいけないよ。僕が全く歯が立たなかった勇者でも、敵わなかった相手なのだからね」
「えっ……リンちゃん、勇者様と戦ったことがあるの!?」
「ああ。実は二年前の魔王討伐に、僕も志願したのだがね……実力不足だと、一蹴されてしまったよ」
「おい、チャト。リンちゃんとはなんだ」
「あっ、ごめんなさい……」
「フッ、いいじゃないか、リンちゃん。すごく親しみを感じるよ。アイカはちょっと真面目すぎる所があってねえ。そうだ、これからはアイカのこともアイちゃんと呼ぼう」
「……絶対におやめください」
「あ、レキス……」
気づくと、レキスが一人で先に行ってしまっている。
「フッ、ご機嫌ななめのようだね」
「レキちゃん、待ってー!」
「全くあいつは……」
みんなでレキスを追いかける。
レキスがあんな行動を取るとは、少し意外だったな。王子たちの加入を嫌がっていたけど……大丈夫だろうか、この先。
♢ ♢ ♢ ♢
「今日も山登りとは……」
俺たちは昨日と同じような山を登っていた。
レキス曰く、山の途中に坑道があり、そこを抜けるのが近道らしい。もう一つのルートはかなり遠回りになるらしく、オススメはしないとのこと。
「こうして山登りをしてると、あの臭いを思い出しちゃうね」
言いながら、チャトが鼻をつまむ。
「うっ……やめてくれよ。もう二度とあんな臭いは嗅ぎたくないぞ」
「ねー……」
レキスも思い出してしまったのか、鼻をスンスンとならしている。
「ザルソークのフンか……どんなにおいだったんだい?」
「えー……腐ったじゃがいもの汁を……」
「やめてー、思い出させないでぇ」
「ハッハッハ、一度僕も嗅いでみたいものだね」
「やめたほうがいい。鼻ではなく脳に染み込んでしまうから、あの臭いは」
「フッ、面白いじゃないか」
「面白くないよぉ……」
しかしまあ、よくあんな所に飛び込んで行ったものだ。しかし、王子とアイカさんなら、ザルソークの群れも簡単に蹴散らしたかもしれないな。
「……この辺りのはずなのですが」
レキスが周囲を見回している。俺も山の斜面を見てみるが、坑道らしき入口は見当たらない。
「もしかして、アレか?」
アイカさんの指さす先を見ると、斜面が崩れたような跡があり、木の枠の一部のようなものが少しだけ顔を出していた。
「……アレのようです」
「うーむ、完全に土に埋まってしまっているねえ。あれじゃあ通れそうにないよ」
「遠回り、か」
「迂回する場合は四時間ほどかかりますが」
「仕方ないね」
四時間か……みんな迂回するつもりになっているが、なんとかできないだろうか。
坑道の前の土をなんとか吹き飛ばしたりできれば……。吹き飛ばす……か。
「みんな、ちょっと試してみたい事があるんだけど、いいかな」
「あ! 何か思いついたんだね」
「おや、もしかして噂のダジャレ魔法かな?」
「えーっと……」
俺は坑道から距離を取り、リュックを下ろす。そこにみんなを呼び集め、一人で坑道の前に向かう。
「火薬を積んだ
ポンッと細長いアーモンドのような形のボートが出てくる。
コックピットの部分には黒っぽい火薬がギッシリと敷き詰められていた。小走りでみんなの元に戻ると、レキスに一つ頼みごとをする。
「レキス、あのカヤック……という乗り物なんだが、火の魔法で攻撃してみてくれないか。そうしたら爆発が起こって周囲の土が吹き飛ばせるかもしれない」
「……わかりました」
レキスがカヤックに右手を向け、詠唱を始める。
「大丈夫かなあ……」
「え?」
「爆発が大きすぎて、土砂崩れが起きたりしないよね?」
「うっ」
「坑道が崩落するかもしれんぞ」
「あっ」
しまった。そこまで考えていなかった……この作戦は中止したほうがいいか。
「レ……」
遅かった。レキスの手から炎の玉がカヤックに向かって飛んで行き、見事命中。カヤックは炎上し、火薬に火が付いた。ところが、カヤックは爆発せず、白い火花を飛び散らすだけだった。
「わぁ、綺麗」
「ふむ……できれば夜に見たかったねえ。アイカと共に」
「……」
火薬イコール爆発と思っていたが、これではただの花火だ。やがて場違いな花火は小さくなっていき、焦げたカヤックと共に消えて行った。
「えー……失敗です。みんな、すまない」
失敗とは言ったものの、むしろ大爆発を起こさずに済んでよかったかな、と内心ホッとしていた。
今後は何か行動を起こす前に、みんなに相談したほうがいいな。……こんな反省を、昨日もしたような気がするけど。
「気にしない気にしない。こんなこともあるよ」
「フッ、なかなか面白いものを見せてもらったよ」
「……面妖な」
「迂回路はあちらです。行きましょうか」
誰一人俺を責めることなく、再び山を登り始める。
「それにしても、にっくき泥だねえ。坑道が使えれば楽ができたのにさ」
「坑道を通れば二十分程度で済みましたからね」
「そんなに違うのか。ん? 待てよ。……泥?」
泥……泥……。そうか、これならいけるかもしれない。
「みんな、もう一度チャンスをくれないか」
「お、また何か思いついたの?」
「フッ、策があるならどんどん試したまへ」
「ありがとう。上手くいけば、坑道から泥をどかせられるかもしれない」
「……なるほど。泥、ですね。だじや氏、私にはわかりましたよ。念のため声の範囲にご注意下さい」
「ああ、十分気を付けるよ」
俺は坑道の上の斜面まで行き、みんなに聞こえない程度の大きさでダジャレ魔法をつぶやいた。
「坑道の 泥が
そうつぶやくと、坑道に詰まっていた土が柔らかい泥になり、山の斜面を流れ落ちて行った。
思ったより量が少なく、大事にならずに済んだようだ。みんなに向けて親指を立てると、チャトと王子が同じように応えてくれた。レキスは小さくブイサインを出している。
「な、なんだなんだぁ!?」
突然足元から声が聞こえて来た。
下をのぞくと、右手にツルハシを持ち、黄色いヘルメットをかぶった身長1メートルほどのモグラが、何事かと坑道の前で首を左右に振っている。
「あ、どうもすいません。お騒がせしてしまって……」
「おぉ!? なんだぁアンタ!?」
「いやぁ、実は……」
その後、合流してきたみんなと、モグラの男性(多分)に事情を話した。
「なるほどぉ、旅人さんだったのねぇ」
「えっと……おじさんは、ここで何をしてたんですか?」
「うぅー、僕、おじさんに見えるかい? これでもまだ24歳なんだけどなぁ」
「えぇ、ごめんなさい!」
チャトが謝るが、この世界の人の年齢は本当に判別が難しい。俺もうっかり失礼なことを言わないよう気を付けよう。
「とほほぉ、まあ、いいよぉ。僕はラーグ・モー。坑道の出口が埋まっちゃったってんで、反対側から土を掘り出していたのさぁ」
「えっ」
「んー? どうしたんだい?」
「い、いえ。なんでも」
「……よかったですね。不発に終わって」
「……ああ、本当に」
もし爆発で坑道を吹き飛ばしていたら、この人もただでは済まなかったことだろう。
「それにしてもぉ、一体どうやったんだい? 夜まで終わらないと思ってたから助かったけどぉ」
「フッ、ダジャレ魔法、さ」
金色の髪をかき上げながら、なぜか王子が得意げに答える。
「ダジャレ魔法ぉ?」
「まあ、ちょっと変わった魔法みたいなものです。それより、ここを通ってツイクサの村まで行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、それなら僕が案内するよぉ。おかげで仕事が早く終わったからねぇ」
「助かります」
「ありがとう、ラーグさん」
「それじゃついてきてぇ。足元に気を付けてねぇ」
こうして俺たちは、ラーグさんの案内でツイクサの村へと向かうことになった。
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