第十話 しろにいどうしろ

 翌朝、身支度をするチャトを尻目に、俺はベッドの上で考え事をしていた。


 ベッドの上には、リュックに入っていた様々な物が並べて置いてある。これはナイフ、こっちは食器類。これはいいのだが、用途がイマイチわからないものが二つある。まずはこの、手のひらサイズの青い三角錐だ。


「どしたの、れーいち。難しい顔して」

「ああ、ヤトーラさんの持たせてくれた物なんだけど、ちょっと使い道がわからなくてね」

「どれ?」

「これなんだけど」


 チャトに手に乗せた三角錐を見せる。


「ああ、これは【テン魔ク】だよ」

「……てんまく?」

「うん。魔力を込めると大きなテントになるの」

「へぇ、そんなものがあるのか」


 よく見ると、確かに入口のようなものが確認できる。


「魔法を使える人じゃないと扱えないけどね」

「チャトは使えるのか?」

「んーん。れーいちは?」

「……ちょっと試してみようか」


 手の上のテン魔クを見つめ、意識を集中させてみる。が、何も起こらない。


「だめみたいだな」


 だめでよかったのかもしれない。ここでテントが広がったりしたら恐らく大変なことになっていただろう。


「まずは魔法を使える人を仲間にしたほうがいいかもね……いればだけど」

「そうだな」


 ダジャレ魔法という名前ではあるが、魔力を消費するようなスキルではないのかな。

 自分に魔力があるようには思えないし……。もしかして、使いすぎると魔力切れを起こしたりするのだろうか。


「それじゃ、こっちの液体は?」


 500mlの缶くらいのサイズの、細長いガラス瓶に入った、よくわからない色の液体をチャトに見せる。なぜよくわからないのかと言うと、ピンクの照明の色と混ざってしまっているからだ。ただ、なんとなく緑色っぽい気がする。


「それはポーション。飲んで良し、かけて良しの回復薬だよ」

「おお、これが……」


 これがゲームなんかでよく目にするポーションか。序盤の回復薬でおなじみのやつだな。


「たくさん持ってると心強いけど、それ、結構高いんだよねぇ……」

「そうなのか」

「うん。だから、大事に使おうね」

「あ、ああ」


 たくさん買い込んでいざレベル上げじゃー、とはいかないようだ。


「それじゃ、そろそろ行こうか」


 散らかした物をリュックに詰め込み、ラ……宿を出ると俺たちは一直線にギルドへと向かった。


 ギルドの受付のお姉さんに魔王退治の仲間が欲しいと伝えると、そんなもの好きはここにはいない、と一蹴されてしまった。

 ならば魔王城に行くだけでも、と食い下がってみたが結果は一緒だった。

 ギルドを出て途方に暮れていると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ、いた! 麗一殿! チャト殿!」


 それは昨日行動を共にしたシーバさんさんだった。嬉しさと安堵が入り混じったような表情でこちらに駆け寄って来る。


「おはようございます。昨日はありがとうございました」

「おはようございます」

「おはよー」


 朝の挨拶を終えると、シーバさんさんが少し申し訳なさそうな態度に変わる。


「実は、麗一殿を探していたのです。と、言うのも……昨日の一件を王に報告したのですが、それを聞いた【レキス博士】が麗一殿のダジャレ魔法に興味を持たれまして……。研究のために、ぜひお会いしたいと申されているのです」

「レキス博士?」

「ラグナムア王国の研究所の所長です。新薬の開発や、この世に数多く存在するスキルについて日々研究されている方です」

「研究……人体実験とか?」

「い、いえ、そのようなことはされないと思います。……多分」


 多分、か……。


「どうしようか、チャト」

「んー、行ってみたら? ダジャレ魔法について、もっと詳しくわかるかもしれないし」

「うーむ、そうだなあ。ちなみに行かなかった場合、どうなるのかな?」

「……私が人体実験に付き合わされることに……」


 人体実験するんかい。


「……まあ、いいか。わかった、行ってみよう」

「ありがとうございます! ささ、それでは早速参りましょう!」


 シーバさんが軽い足取りで歩き出す。まさか本当に人体実験がかかっていたのだろうか。

 そのままシーバさんに先導され、長めの石の階段を上ると、やがて大きな城門の前にたどり着いた。


「麗一殿をお連れした。通るぞ」


 門番の兵に挨拶を交わし、城の中へと入って行く。が、後ろを振り返るとチャトが立ち止まっている。


「どうしたんだい?」

「んー、アタシ、ここで待ってる」

「えっ、どうし……」


 あ、そうか。トキヤ族の……。


「わかった。なるべく早く戻ってくるよ」

「うん。行ってらっしゃい」


「……待たせたね。行こうか」

 

 シーバさんを促し、二人で奥へと進んで行く。

 城の中はまさに豪華絢爛で、高い天井には細かい彫刻が施され、通路にも煌びやかな装飾品がいくつも飾ってあった。これはすごい税金が使われてそうだ。

 国民にこれを見せたら怒り心頭にキャッスル(発する)んじゃないか?


「こちらの部屋です」


 くだらない事を考えているうちに、研究室についたらしい。

 レキス博士か、一体どんな人なんだろう。白いヒゲを生やした白衣のおじさんかな。


「レキスはか……さん。麗一殿をお連れしました」


 シーバさんが扉に向けてそう言うと、中からつぶやくような女性の声が聞こえてきた。


「……どうぞ」



♢ ♢ ♢ ♢



 シーバさんと共に研究室の中へ入って行くと、薄暗い室内は甘いような酸っぱいようなにおいで充満していた。

 見渡すと部屋を囲むように置かれた机の上に、フラスコやビーカー、謎の緑色の液体が煮えたぎった壺が置かれ、所々に書物が散乱しており、研究所と言うよりは魔女の館、といった雰囲気だ。

 そして、部屋の中央には小柄な女性が立っていて、こちらをじっと見つめていた。


 頭にはウサギのような白い耳。肩まで伸びた真っ白な髪に、雪のように白い肌。切りそろえられた前髪からのぞく赤い瞳は少し眠そうで、何を考えてるのか読みづらい雰囲気がある。来ている服はこれまた真っ白なローブで、少し袖が余り気味なのか手が半分ほど隠れている。つま先の硬そうな黒いショートブーツを履いていて、身長はチャトよりも頭一つ分小さいだろうか。


「ようこそ、研究室へ」


 小さいが、聞き取りやすい声でレキス博士が話しかけてくる。

 チャトよりも幼く見えるが、この人もそれなりの年齢だったりするのかな。


「お、お招きありがとうございます。田寺谷麗一と申します」

「……レキス・キイラケースです。レキスとお呼びください」

「えーっと、それで……レキス博士は俺のダジャレ魔法に興味があるとか……」

「レキスとお呼びください」

「あっ……はい」


 なにやら有無を言わせない迫力のある人だな……博士と呼ばれたくないのだろうか。


「それでは早速ですが、ダジャレ魔法について、だじや氏が知っていることを教えてください」

「あ、麗一でいいですよ」

「いえ、だじや氏です。あと、敬語も不要です」

「はい……あ、う、うん」


 どうもこの人にはかなわないな。


「えーっと、です、だね……」


 俺はこれまでのことを思い出しながら、できるだけ詳しくダジャレ魔法の事をレキスに話した。

 レキスは何か言うでもなく、頷くでもなく、無表情のままじっと俺の話を聞いていた。


「なるほど。それでは少し検証してみましょうか。訓練所まで行きますよ」

「訓練所?」


 扉を開けて出て行こうとするレキスにシーバさんが遠慮がちに問いかける。


「あ、あの、私はどうすれば」

「ついでです、あなたもご一緒にどうぞ」

「は、はい」


 ついでにシーバさんも同行することとなった。……一体なにをするつもりなのだろうか。

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