第十一話 したうちをしたうちにはいらない
城内の広い廊下を進んでくと、やがて学校の校庭の半分くらいの広さがある、空の見える訓練所に出た。
そこにはワラで作られたカカシが何本も立っており、そのうちのいくつかは、焦げていたり頭や腕がなくなっていた。
「それではまず、ダジャレ魔法の範囲について検証してみましょう。何かダジャレを言ってみてください」
「えっ……」
「危険性がなく、効果が持続するタイプのものが理想です。あと、できれば叫ぶのは控えてください」
「あ、ああ」
突然言われても困ってしまうな。んー、危なくない、効果が継続しそうなダジャレ、か。ならば……。
「今日の天気は、雪で
お茶を飲みながら歓談するお年寄りのようにしみじみと言うと、俺の周囲に雪が降り始めた。
それほど粒は大きくなく、地面に落ちるとすぐに溶ける程度の降り方だ。
「おお、これはすごい」
「ヌーイ氏、ちょっと来てください」
「え、あ、はい」
レキスが感動しているシーバさんを連れて、俺から離れていく。
数メートル歩いた後に立ち止まると、シーバさんに何かしゃべり始めた。
「麗一殿! 先ほどと同じ声の大きさで何か言ってみてください!」
どうやらシーバさんは拡声器代わりのようだ。何かって、ダジャレじゃなくてもいいのかな。えーと……。
「あー、あー、いらっしゃいませ。いらっしゃいませ。本日も当店をご利用いただき、まことにありがとうございます。……聞こえてるかな」
俺の口の動きで何かを察したのか、再びレキスがシーバさんに何かを伝えている。
「こちらに向かって歩いて来てください!」
言われた通り、二人の元へと歩いて行く。
「止まって下さい」
だるまさんがころんだをしている時のように、歩いてる姿勢のままピタリと止まる。
「なるほど。恐らく、ダジャレ魔法の範囲はだじや氏の声の届く距離ですね」
「えっ、そうなのかい」
「雪の切れ目で、ほとんどだじや氏の声は聞こえなかったので」
「な、なるほど……」
そうだったのか。タライでチャトを巻き込んでしまったのも、森で自然破壊してしまったのも、俺の声が大きすぎたからだったんだな。
「あと、ダジャレ魔法の効果は唱えた場所から移動しないようですね」
「ほうほう」
「だじや氏がこちらに移動しても、雪の範囲はここで切れたままなので」
確かに、雪はレキスとシーバさんの立っている位置からは降っていないみたいだ。
「それと、先ほど聞いた通り、だじや氏には雪が当たらないのですね」
「そうなんだ。どうやら俺は魔法の影響を受けないらしい」
「ちょっと失礼しますよ」
「え?」
おもむろにレキスが近づいてきて、白い髪についた雪を首を振ってふるふると払うと、俺の胸の辺りに手を置いた。
「な、なんだい?」
「お静かに」
「はい」
そのまま、レキスが空を見上げる。すると、俺もあることに気づいた。
「雪が、避けている……?」
「ヌーイ氏も、だじや氏に触れてみてください」
「は、はい。ちょっと失礼します」
シーバさんが遠慮がちに俺の肩に手を置く。すると、雪がシーバさんをも避け始めた。
「どうやら、だじや氏に触れるとダジャレ魔法の効果から逃れることができるようですね」
「そ、そうだったのか」
これはすごい発見だ。これならもうチャトを巻き込まずに遠慮なくダジャレ魔法を使うことができるぞ。
「それでは続けて……」
レキスがなにか言いかけたとき、ふとチャトを待たせていることを思い出した。
「レキス、すまないのだが人を待たせていてね。ここらで一旦切り上げることはできないだろうか」
「……チッ」
舌打ちされた。いや、舌打ちというよりは、言葉で『チッ』と発音しているような感じだろうか。どうやらあまりガラはよくないらしい。
「まあいいでしょう。検証は今後も行っていくとして……それでは最後にちょっと挨拶をしていくので、一緒に来てください」
「え、ああ。挨拶……?」
問いに答えることなく颯爽と歩き出すレキスに続いて、再びシーバさんと共に城内を歩く。
やがてひと際大きな扉の前にやってきた。扉の前には二人の衛兵が立っている。
「おや、レキスさん。どうされましたか?」
「王に報告があります。入ってもよろしいですか?」
「えーと……まあ、レキスさんなら大丈夫かと思いますが……シーバはともかくとして、そちらの方は?」
「実験材料です」
「じ、実験材料?」
本気なのか冗談なのかわからないが、どうやら俺は彼女の中で実験材料ということになっているらしい。
「それでは入りますよ」
「は、はい、どうぞ」
左右の衛兵が扉を開け、レキスがズカズカと無遠慮に中に入って行く。
少しためらいつつ、俺もレキスに続く。シーバさんは入って来ずに、不安げな表情で俺たちを見ている。
中では立派な玉座に座った王様の前で兵士が跪き、何かを報告していた。
報告が終わるまで待つのかと思いきや、そのままレキスは王様の前に進んで行く。
「王」
「ん、レキスか。どうした? 今取り込み中なのだが」
「ダジャレ魔法の研究をしたいので、しばらく研究室を留守にします。それでは」
それだけ言うと、レキスが踵を返し謁見の間を出て行こうとする。
「ちょっと待てい」
ライオンのたてがみのような茶色の髪に、立派な眉とヒゲ。獣のようなするどい目つきをしているが、どこか優しそうな光をたたえているブラウンの瞳。
その王様が低く、威厳のある声を辺りに響かせ、レキスを引き留める。
「なんですか?」
「なんですか、ではないだろう。『はいそうですか、行ってらっしゃい』と見送るとでも思ったのか?」
「見送りの言葉は必要ありませんので。それでは」
「そういうことを言っているのではない」
「……チッ」
おいおい、王様に向かって舌打ちをしているぞ。
「チッ、はやめなさい」
「……ケッ」
「……まあ、それならいい」
いいのか。
「一体どういうことなのかちゃんと説明しなさい。お前はいつも言葉が足りなさすぎる」
「ここにいる田寺谷麗一氏のスキルが面白そうなので見物に行こうかなと思いまして」
どうやら俺は彼女にとって、面白い見世物のような存在らしい。
「む、貴殿が麗一殿か! 兵たちより報告を受けておりますぞ。シーバとズネミーの命を助けていただいたとか。感謝いたしますぞ」
そう言うと、王様はわざわざ玉座から立ち上がり、こちらに向けて頭を下げた。
「あ、いえいえ、そんな大層なことはしておりませんので。私ごときの為にそのようなことはなさらないで下され」
王様なんて偉い人に会うのは初めてなので、妙な言葉遣いになってしまった。
今まで会った中で一番偉い人なんて、本社の社長くらいだからなあ。
「はっはっは、まあ、そう硬くならんでくだされ。聞くところによると、面白いスキルを持っているそうですな」
「ええ……まあ。面白いと言いますか、ふざけてると言いますか……」
「実は儂も、ダジャレが好きでしてな。ほら、この王冠。もし、母親に献上したら、オカンの
「それを盗んだりした者は、ただでは
「捕まえたら、
「「……フッ」」
何かを報告してる最中に乱入され、跪いたまま動けなくなっている兵士をはさみ、わかり合うおじさん二人。その横ではレキスが無表情のままこちらを見ていた。
「ところで、麗一殿は魔王討伐の旅をされているとか」
「あ、はい。まだ出発したばかりですが……」
「勝算はあるのですかな?」
「いや、それがなんとも……。とりあえずギルドで仲間を募ろうと思ったのですが、なかなか上手くいかなくて……」
「二年前、四人の強者が勇者殿と共に魔王討伐に出たのですが、結局帰って来ませんでな。報告によると、仲間の一人が魔王城で門番をしているとか。一体どうなっているのかわからぬが、半端な戦力では返り討ちにされるやもしれませぬぞ」
その門番の娘さんが仲間の一人であると言ったら、どんな顔をするだろうか。
「麗一殿。仲間集めに難儀されているのならば、我が城の精鋭を一人、魔王討伐の戦列に加えてやってはいただけませぬか」
「えっ。そ、それは願ってもない話ですが……」
「私ですね」
「違う」
颯爽とレキスが名乗り出るが早々に却下される。
「どうだ、アイカよ。麗一殿と共に、平和のために戦ってみんか?」
王様が、左に控えている女性に話しかけると、その女性はジロリとこちらを睨みつけてくる。
キツネのような耳に、赤いショートカットの髪。切れ長の目に端整な顔立ちのアイカと呼ばれたその人は、銀色の鎧を身に纏い、腰に剣を帯びて隙の無い様子でそこに立っていた。
「……王の為とあらば、たとえ火の中にも飛び込みましょう。しかし、私はそのようなうさんくさい男、信用できません。どうかお考え直し下さい」
こちらを睨みつけたまま、なかなかに厳しいコメントをぶつけてくる。
しかし、彼女の言う事ももっともだと思うので、なにも言い返す気にはならない。
「まあ、そう言うな。麗一殿の人となりは先ほど理解した。彼は信用できる。間違いないだろう」
どうやら、先ほどのダジャレの応酬で、王様の信頼を勝ち得ていたらしい。
「……王をお守りするのが私の役目。魔王討伐の命は、どうか他の者にお与え下さいますよう」
「むむ……そうか」
もしかしてこの王様、みんなから軽く見られているのかな……。
「アイカ以上の適任者など、この国にはおらぬのだがな……」
「……」
「良かれと思って推薦した者に断られるのは、なかなかにつらいものがあるな……」
「……」
「麗一殿にもぬか喜びさせてしまったな。まっこと申し訳ない……」
「……」
「あー頭が痛いわい……」
「……」
「うーむ、なんか腰も痛くなって……」
「わかりました。……行きます」
「おお、そうか! アイカならそう言ってくれると思ったぞ!」
「……全く、もう」
アイカと呼ばれた剣士は呆れた様子で額に手を当てている。この王様、人の扱い方がよくわかっているようだ。
「というわけで麗一殿、このアイカを旅の一行に加えてやってくれい」
「あ、はい、わかりました。えーと、田寺谷麗一です。よろしくお願いします」
「……アイカ・キッソンだ」
アイカさんが鋭い目つきでこちらを見る。どうやら、まだ信用してはもらえなさそうだ。
あ、そういえば、チャトが待っているんだった。早く戻らないと……と思ったその時だった。玉座の右後ろの部屋から、誰かが現れた。
「フッ、話は聞かせてもらったよ! アイカが行くなら僕も行こう!!」
そこに現れたのは美しい金髪の青年。王様ほどの雄々しさはないものの、鍛え上げられた体と、父親によく似た精悍な顔つきで赤いマントを羽織い、金色の鎧を着て、両腕を広げたまま天を仰いでいる。
「……王子」
面倒な奴が現れた、という態度を隠すことなくアイカさんがつぶやく。どうやら彼はこの国の王子のようだ。
「いいですね、父上?」
「いいわけがないだろう。お前は引っ込んでいろ、リンスプ」
「フッ、父上こそ、その出始めたお腹を引っ込めたらどうです?」
「やかましいわ、このバカ息子が」
なんだかおかしな雰囲気になってきたぞ。チャトも待っているし、早くこの場を退散したいのだが。
「なぜお前が魔王討伐に行く必要がある。お前はわしの後を継いでこの国の王となる身。軽はずみな行動は許さぬぞ」
「男子たるもの、愛する者を守りたいと思うのは当然のことではありませんか?」
「……王子、おやめください」
「愛するアイカが死地に赴こうというのに、指をくわえて待っていろというのですか?」
どうやらリンスプと呼ばれた王子は、アイカさんのことが好きみたいだ。……すごいな、こんな場所でこんなに堂々と言ってのけるとは。
「おやめください、このような場で……」
「そうだぞ。少しはアイカの気持ちも考えてやれ」
「……これは失敬。少々熱くなりすぎてしまったようだ」
随分と変……個性的な人が出てきたな。しかし、もしこの人も仲間になったら……うーん、色々と気苦労が絶えなさそうだ。
「僕はまだ、アイカに愛される資格のある男ではないと自覚している。故に、こんな城でぬくぬくと過ごしているわけにはいかないのです。魔王討伐など、自分磨きには最高のシチュエーションではありませんか」
「忘れたのか? 勇者殿のパーティーについて行こうとして、実力が足りぬと一蹴された時のことを」
「もちろん覚えております。だからこそ行くのです」
「王子、もう少し自分の立場をお考え下さい」
「立場? そんなことを気にしていてはいつまでたっても君に……」
ああだこうだと玉座の周りで言い合いが始まった。すぐには収拾がつきそうにないぞこれは。
うーん、どうしたものか……チャトを待たせているのに。高い天井を見上げ、ため息をついていると、誰かにシャツの裾を軽く引っ張られる。
「今のうちです」
レキスが右手の親指をくいっと出口に向けた。
「えっ……いいのかい、放っておいて」
「いつものことなので。さあ」
「あ、ああ」
レキスと共に、言い合う三人と跪いたままの兵士を残し、こっそり謁見の間を後にする。
外に出ると、シーバさんが待っていた。
「私は荷物を取ってくるので、だじや氏は先に行っていて下さい。ヌーイ氏、案内を頼みます」
「はっ」
そう言い残し、レキスは何処かへ去って行った。なんだか普通に彼女もついてくることになったがこれでいいのだろうか……。
シーバさんの案内で城門まで行き、彼と別れた後、チャトの姿を探したが、どこにも見当たらない。
「あれ? どこに行ったんだ」
城門の前には石造りの長い階段がある。ふとその階段の下を見ると、そこには四人の人影があった。
「あれは……チャト?」
黒いカッパを着たチャトが、三人の人影に囲まれている。
囲んでいるのはどうやら子供のようだ。あわてて階段を駆け下りて行くと、四人の会話が聞こえてきた。
「おい、おまえトキヤ族だろ? トキヤ族はうらぎり者だってみんないってるぞ」
「こんなところでなにしてんだよー。 さてはおまえ、まおうのスパイだな。怪しいカッコしやがってよー」
「……」
「なんとか言えよ、この!」
子供の一人が足元に落ちていた小石を拾い、チャトに投げつける。
当たるかと思われた瞬間、最低限の動きで投げられた石を避ける。
「お、なんだこいつ、なまいきだな」
「なげろなげろ!」
三人の子供がいっせいに石を投げつけるが、無駄のない動きでかわしつづけ、全く当たる気配がない。
「こら、やめなさい。当たったらケガしてしまうだろう」
「あ、れーいち……」
「すまないな、待たせてしまって」
「なんだこのおっさん」
「こいつのなかまか? だったらこいつもスパイか」
「こいつにも石を投げてやれ!」
子供たちが再び石を拾い出す。全く困った坊やたちだ。
「チャト、ちょっと失礼するよ」
「え?」
俺は左手でチャトの右手を取り、子供たちにだけ聞こえる程度の大きさの声で、ダジャレ魔法を唱えた。
「君たちは今、小石に
「……なにいってんだこのおっさん」
「いいから石をなげ……えっ?」
子供の一人が投げようとした石をじっと見つめる。
「なんだこの石……めちゃめちゃかわいいぞ……」
「ああ、なんかこの石を見てると……むねがどきどきする」
「お、おれ、家にかえってこの石をきれいにしてくる!」
「おれも!」
「おれだって!」
大事そうに小石を胸に抱き入れると、子供たちは走り去っていった。
「ふぅ……」
「れーいち、今の……」
「ああ、ダジャレ魔法さ。実は、お城で少し勉強してきてね。どうやら俺の声の届く距離が魔法の範囲で、俺に触れていると魔法の効果を回避できるみたいなんだ」
「そ、そうなんだ」
「小石を見ても大丈夫だろう?」
「うん」
「そうそう、後、仲間が増える事になったよ。ダジャレ魔法の検証をしてくれたレキス博士という人なんだが……」
「あの、れーいち……」
「ん?」
「もう、手……大丈夫かな?」
「手?」
気づくと、チャトの手を握ったままになっていた。
「おっと、すまない」
慌てて手を離すと、チャトがほんのりと頬を染め、俯いてしまった。
「だ、大丈夫かい?」
「う、うん……ありがと」
「ああ……」
なんとなく気まずさを感じ、視線を逸らすと、そこには肩から桃色のカバンを下げたレキスが立っていた。
「あ……」
眠そうな目で俺とチャトを交互に見た後、一言つぶやく。
「ひゅーひゅー」
……どうやらあらぬ誤解を与えてしまったらしい。
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