第八話 カッパをかっぱらう
四人で無事に森を抜けると、辺りはすでに日が暮れかけており、遠くに茜色に染まった幻想的な城が見える。
シーバさんとズネミーさんーの二人は、さすが兵士なだけあって戦いに慣れており、道中の魔物をたやすく倒していった。
「はぁ? 魔王を倒しにいく?」
旅の目的を二人に話すと、ズネミーさんが怪訝な顔で聞き返してきた。
「ああ。それで、ギルドで仲間を募ろうかと……」
「あのなあ、二年前、当時最強って言われてた勇者パーティーですら駄目だったんだぜ。いくら妙なスキルを使えるからって、あんたみたいなひょろいおっさんと、か弱いねーちゃんで魔王をなんとかできるわけないだろが」
「か弱いねーちゃん……」
後ろを歩くチャトが落ち込んでいる。道中の魔物との戦いでチャトも頑張っていたが、なかなかいい所を見せられなかったので反論もできないようだ。
「それに、ギルドなんて雑魚の魔物を狩ったり雑用をこなしたりで日銭を稼ぐような連中が集まる場所だぜ? 魔王を倒してやろう、なんて気合の入った奴、いやしねえよ」
「そ、そうなのか」
うーん、これは困った。いきなり出鼻をくじかれてしまったぞ。ギルドで仲間を探せないとなったら……どうすればいいんだ?
「そもそも、なぜ魔王を倒そうなどと……?」
シーバさんが遠慮がちに聞いてくる。ここはどう答えるべきだろうか。神様のことは言えないし、チャトのお父さんのことも伏せておいたほうがいいよな。
「実は……」
というわけで、俺はチャトとヤトーラさんに説明した時のように、神様の存在を隠しつつこれまでの経緯を説明した。
俺をこの世界に呼び出し、ダジャレ魔法を与えた神様の存在を伏せて説明するのはかなり不自然な感じになってしまったが、果たして二人は納得してくれるのだろうか。
「ほーん……別の世界からねえ……」
「しかし、それならあの驚異的な力も納得がいきますね」
どうやら信じてもらえたらしい。
「そういやあんた、頭にもケツにもなにもついてねえもんな」
「言われてみれば確かに……」
「はは……」
言われるまで気づかなかったということは、この世界でそこまで不自然な存在には見えないのかな、俺。
「命を懸けてまで、元の世界に戻りたい理由でもあるのか?」
「えっ。うーん、それはまあ。仕事とかもあるし……」
「ご家族はいらっしゃるのですか?」
「いや……結婚はしていないし、両親もすでに他界してるよ」
「だったらもうこっちの世界で暮らしたらいいんじゃねえの? 仕事の為に命を懸けて魔王に挑むなんてバカバカしいだろ」
「う……」
考えてみれば、確かに命がけで挑むことでもないのかもしれない。しかし、あの神様が諦めることを許してくれるのだろうか。まあ、別に諦めるつもりもないのだが……。
それに、もう一つ大切な目的がある。しかしそれは、俺の口から言っていいものなのだろうか。
ちらりと後方に目をやると、チャトと目が合った。すると、意を決したようにチャトが静かに口を開く。
「……あのね、れーいちは……あたしのお父さんを探そうとしてくれてるの」
「お父さん?」
「うん。……ビータ・チュール」
「ビータ!? ……なんということだ」
シーバさんが大きく目を見開き驚いている。
「そうか。あんた、勇者パーティーのビータ・チュールの娘だったんだな」
「うん。ごめんね、黙ってて」
「別に謝るこたぁないけどよ」
今のごめんねは、なんとなく俺に向けて言ったような気がする。
「裏切り者の娘じゃ、あんたも大変だったろうな」
「おい、やめないか!」
「ううん、いいの。お父さんの噂、なんとなくだけどニヤンの村のみんなも知ってるし。……ねえ、どうして裏切り者なのか、教えてくれる?」
少し辛そうに、しかし勇気をふりしぼった様子でチャトがズネミーさんに問いかける。
「ああ……。魔王領の手前に、魔物たちの動向を監視するための城塞があるんだが、二年前勇者たちが行方不明になった後、そこから捜索隊が魔王城に向けて出発したんだよ。んで、城の前にたどり着いた時、城門の前にいた、やたらと強いトキヤ族の棍棒使いに追い払われたんだとよ」
「棍棒使い……きっとお父さんだ」
「なんかちょっと様子が変わっていたが、間違いないんじゃないか、って話だぜ」
様子が……? 一体どういうことだろうか。しかし、とにかくチャトのお父さんは生きている、ということだな。
「よかったね、チャト。どういう理由かはわからないが、お父さんは魔王城にいるんだろう。そこまで行けば、きっとお父さんを連れ戻せる」
「うん。……でも、やっぱり危険、だよね。仲間も集まりそうにないし」
「まあ、魔王はとりあえず置いといて、魔王城に行くだけなら付き合ってくれる人もいるんじゃないかな。ねえ、二人とも」
兵士の二人に話を振ってみるが、シーバさんは目をそらし、ズネミーさんは目を閉じ、首を左右に振っている。……やっぱり二人で行くしかないのかな……。
「まあ、どうしても行くっつうなら止めはしないけどよ。オススメはしないぜ」
「出来れば私がお供したいところなのですが、任務がありますので……」
「いえいえ、いいんです。まあ、とにかくダメ元でギルドに行ってみますよ」
「無駄だと思うがねぇ」
ズネミーさんのその一言を最後に、特に会話もないまま歩き続け、気づくと城下町の目の前まで来ていた。
「さて、もう着くぜ。ま、せいぜい頑張ってくれや」
「……うん」
「あとこれ、頭にかぶっとけよ」
ズネミーさんがチャトになにかを投げてよこす。それはフード付きの黒いコートのような物だった。
「兵士に支給される雨避けさ。トキヤ族だとバレると面倒なことになるだろうからよ」
「いいの?」
「かまわねえよ。また支給してもらえばいいしな」
「……次で何回目の支給になるんだったっけな?」
シーバさんが呆れた顔をしている。どうやらこれまでも何度か紛失しているみたいだ。
「あ、そうだ。麗一殿、森での一件は王に報告しなければならないのですが、問題はないでしょうか?」
「ん? あ、ああ、ダジャレ魔法の事なら別に話してもかまわないけど……」
ちらり、とチャトの方を見る。
「もちろん、チャト殿のことは伏せさせていただきます」
「ま、別に王にはトキヤ族だと話しても大丈夫だと思うけどな」
「確かに。例えビータ殿が裏切り者であったとしても、あの方は種族全体の咎とはお考えにはならないだろう」
二人の言い方だと、ラグナムア王国の王様はけっこう話のわかる感じの人なのかな。
「ま、一応黙っておくに越したことはないか」
「ありがとう二人とも」
「礼を言うのはこちらです。命を助けて頂きありがとうございました」
やがて、大きな門の前にたどり着くと、二人が門番の兵士に挨拶をし、俺たちと一緒に中へと入っていく。
「それでは、我々はここで失礼します」
「あんまり無茶すんなよな」
「ああ。気を付けるよ」
「じゃな」
手をヒラヒラと振って、ズネミーさんとシーバさんは城の方向へと歩いて行った。
「さ、行こうかチャト」
チャトの方に目をやると、黒いカッパを身にまとい、たたずんでいた。
「……やっぱり、やめとく?」
「なぜだい? せっかくお父さんが魔王城にいるとわかったんだ。ここまで来てやめることもないだろう」
「でも、仲間も集まりそうにないし……」
「まあ、ひとまず魔王のことは置いといて……とにかくビータさんだけでもなんとかしよう。どういう事情かはわからないが、チャトが行けばきっと戻って来てくれるはずさ」
「そうかな……」
「そうだとも。娘の呼びかけを無視する父親なんていないよ」
独身の俺が言っても説得力がないかもしれないけど。
「うん……ありがとう、れーいち」
「よし、行こう」
こうして俺たちは、ラグナムア城下町にたどりついた。
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