第七話 しょくしゅにつかまってショックっしゅ
進もうとしていた道を逸れて、左の脇道をまっすぐ進んで行く。
生い茂る草と地面から飛び出した木の根が邪魔で歩きにくい。気を付けないと転んでしまいそうだ。
……きのーね、
「チャトは耳がいいんだな。四つあるからかい?」
「にゃはは、違うよ。トキヤ族はみんな耳がいいの。種族によっていろんな長所があるんだよ」
「へえ。あと、足も速いよな」
「そうだねぇ。ターチ族にはかなわないけど。あと、ラトビ族も速いかな」
「ふむふむ」
種族の名前だけで、なんとなく見た目が想像できるな。
「…………! …………せ……!」
進むにつれて、俺の耳にも争っているような声が聞こえてきた。
「れーいち、あ、あれ見て」
前方に少し開けた空間があり、日の光がさしている。
その広場の中央に、巨大な植物が触手をうねうねとうごかしているのが見える。
「な、なんだありゃ」
「誰か捕まってるよ!」
トゲトゲのついたハマグリのような頭の巨大植物の触手の先に、人が二人、捕らえられている。
なんとか逃れようとしているが、しっかりと体を掴まれているようで抜けられそうにない。
「あれは確か……ハエトリグサ、だったか。でっかいなぁ……あのサイズならハエどころか人も溶かされそうだぞ」
「助けないと!」
チャトが巨大植物に向かって突進していく。
「あ、待て、チャト! 不用意に近づくと危ないぞ!」
慌ててチャトの後を追うが、チャトの足の速さに全く追いつけない。
「んににに……れーいち、手伝ってぇ……!」
「ぜぇ……ぜぇ……チャ、ト、あぶない、ぞ」
呼吸を乱しながら広場に着くと、チャトが鎧を着た男に絡みついている触手を外そうと踏ん張っていた。
「君! 気持ちはありがたいが逃げた方がいい! 俺たちはもう駄目だ!」
「諦めちゃ、駄目ぇぇ……!」
捕まっている二人は同じデザインの鉄の鎧を着ている。
もしかしたら、ラグナムア王国の兵士ではないだろうか。助けようとしているチャトを気遣うが、チャトは手を離そうとしない。そして……。
「にゃはーーーん!」
案の定、触手に捕まってしまった。
「れーいちー! にげてー!」
「……やれやれ」
実はもうネタは考えてあるのだが、これを言うと環境によくない影響が出るという確信がある。人体には問題ないだろうが……。
「れーいち! あぶない!」
ダジャレ魔法の使用をためらっていると、太い触手が一本、こちらに伸びてきた。
間一髪、後ろに飛びのいてかわすが、リュックの重みに引っ張られて尻もちをついてしまう。
「あっ……」
そのまま触手が俺の右足に絡みつき、引っ張られる。
リュックを置き去りにして、俺の体は宙に持ち上げられ、逆さづりの状態になった。捕まっているチャトと目が合う。
「や、やぁ」
「わーん、れーいちー!」
「だから逃げろって言ったんだよ、バーカ」
捕まっているもう一人の不愛想な男が罵ってくる。
前歯が二本出ていて、灰色の坊主頭に丸い耳がついている。
「くっ、なんということだ。巻き込んでしまい申し訳ない!」
もう一人の男は相変わらずこちらを気遣う。こちらは茶色い髪で頭には垂れた犬のような耳がついていた。
「どーしよう、れーいち」
「終わりだよ、もう。あの頭の中の消化液に溶かされて、ドロドロになっちまうんだよ俺たちは」
よく見ると、地面には動物のものなのか人のものなのか、はたまた魔物のものなのか判別のつかない骨が、いくつも散らばっていた。
「あーあ、俺からかよ……」
不愛想な男をつかんでいる触手が動き、頭の方へと移動していく。
「アバヨ、シーバ。そしておせっかいなねーちゃんたちよ。これから俺に起こることがお前さんたちの未来だ。よく見て覚悟を決めておくんだな」
「馬鹿! 諦めるな! とにかくもがけ! もがくんだズネミー!!」
シーバと呼ばれた犬耳の男が、ズネミーという名前らしき男に大声で呼びかける。ズネミーさんはもう完全に諦めていて、抵抗するそぶりは全くない。
「あーあ、つまらん人生だったぜ。一度くらいチューとかしてみたかったな……」
潔い男かと思ったが、最期にしまりのないセリフを言っている。
どうやら、もう迷っている時間はないようだ。すまない、森の草木たちよ。
俺は心を決め、極めてシンプルなダジャレを叫んだ。
「草が
俺の足に絡まっている触手の色が、緑色から茶色へと変わっていく。
変色は俺を中心にどんどん広がって行き、広場に生えていたほぼ全ての草木が腐ってしまったようだ。
やがて、しなしなと触手が地面に垂れていき、捕らえられていた全員が解放された。
「やったね、れーいち!」
チャトが嬉しそうに目を輝かせながら駆け寄ってくる。
「……またしても、やりすぎてしまったようだが」
美しい緑に彩られていた木漏れ日の広場が、茶色く変色した死の森へと様変わりしてしまった。
辺りからは植物の腐った、むせ返るような嫌なにおいが漂い始めている。
「こ、これは一体……?」
シーバさんが動揺を隠せない様子で、枯れてしまった植物を見回している。
「あんたがやったのか? 魔法だよな、これ」
ズネミーさんがコキコキと首と肩をほぐしながら近づいて来る。
「ああ。ダジャレ魔法、というスキルなんだけど……」
「なんだそのバカみたいな能力は」
なかなかハッキリものを言う人だ。実際俺もバカバカしい能力だとは思っているけども。
「おい、失礼な言い方はやめろ。命を助けて頂き感謝します。俺はシーバ、そいつはズネミーです。ラグナムア王国よりこの森の調査にやって来たのですが不覚にも捕らえられてしまい……。差し支えなければ、あなた方の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
姿勢を正し、シーバさんがこちらに向けてお辞儀をする。ズネミーさんとは違い、礼儀をわきまえた人のようだ。
「俺は田寺谷麗一。こちらはチャトです」
「よろしくね」
「おや……チャトさんは、トキヤ族の方ですか?」
「……うん、そうだけど」
「ふーん、裏切りの一族か」
ズネミーさんが放った一言で、和やかだった空気が一変する。チャトの表情が固まったまま、身をこわばらせている。
「おい、やめろと言っただろう! ……申し訳ない、チャトさん。空気の読めないやつで」
「……うん、大丈夫だよ」
大丈夫、とは言っているが、あからさまに気落ちした様子だ。
……裏切りとは一体どういうことなのだろうか。気になるところだが、今聞くのはやめておいたほうがいいだろうな。
「ところで、お二人はなぜこの森に?」
「ああ、俺たちはそのラグナムア王国に向かう所だったんですよ。その途中、声が聞こえたもので……」
「なんと、それは……おかげで命拾いしましたな」
「声に気づいたのはチャトです。彼女がいなければそのまま森を通り過ぎていたでしょう」
「そうでしたか。ありがとうございます、チャトさん」
「んーん、助けてくれたのはれーいちだし」
「なあ、王国に帰るならさっさと行こうぜ。臭くてたまんねえよ、ここ」
ズネミーさんが鼻をつまみながら、手のひらを顔の前で大げさに振る。確かに長居したい場所ではないな。そんな場所にしてしまったのは俺なのだが。
「あとな、世間じゃトキヤ族を裏切りの一族なんて言ってるやつもいるが、俺は別にそんな風には思ってないからよ。あんた、どう見ても善人って感じだしな。見ず知らずの俺たちの為に、必死こいて助けに入ったりしてよ」
「……すぐ捕まっちゃったけど」
「ま、あんまり気にすんなってことだ」
「うん。……ありがと」
今度は何を言い出すのかと身構えたが、どうやらこのズネミーさんも根は悪い人ではなさそうだ。思ったことをそのまま言ってしまうタイプなんだろうな。
「そういえば、チューしてみたかった、とか言ってなかった?」
「ぐ……それは忘れてくれ。くそっ、どうせ死ぬと思ってくだらねえこと言っちまったもんだぜ」
「あたしでよかったらちゅーしようか? ……ほっぺにだけど」
「なっ!? おま、ば、ばかなこと言うなよ! そそ、そういうのはな! 好きなもん同士でやるもんで……」
動揺とはこういうものです、と言わんばかりに手をわちゃわちゃさせてズネミーさんが慌てふためいている。土曜に
「にゃはは、冗談だよ」
なんと、チャトが男を手玉に取っている。これも年の功だろうか。
まあとりあえず、チャトに元気が戻ったようでよかった。
「フン! さっさと行くぞ!」
頭から湯気を出しそうな勢いで、プンスカと怒りながらズネミーさんが俺たちが来た方向の茂みの中へと入って行く。彼の入って行った茂みを、しげ
「我々も参りましょう」
「ああ、道中よろしく頼むよ」
こうして俺とチャトは、ラグナムア王国の兵士、シーバさんとズネミーさんの二人と一緒に王国を目指すこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます