第六話 とりがとーります

「ふぅ……はぁ……。やっとついた、のかな」

「うん、お疲れ様。ここがトレスフォーの森だよ」


 タブノイとの戦闘後、歩くこと十分程。何事もなく俺たちは森の前にたどり着いた。

 不規則に立ち並んだ木々の真ん中に道が続いており、薄暗い入口は、まるで何かを誘い込むような不気味な雰囲気を漂わせている。

 ぶきみな森でつけた、などと言えば武器が手に入るだろうか。


「いかにも何かが出そうな感じだな」

「うん……ここからは気を引き締めていかないとね」


 チャトが手にした棍棒をぎゅっと握りしめる。


「チャトは森の中に入ったことはあるんだよね?」

「うん、お父さんに連れられて、王国に行った時に何度かね。そこまで強い魔物はいないと思うけど、お父さんすごく強かったから、あまりアテにならないかも」

「そ、そうなのか」


 勇者と共に魔王討伐に行くくらいなんだから、それはもう相当な強者なんだろうな。魔王はそんな人でも敵わないくらい強いのか……。


「れーいち? 大丈夫?」

「ん、ああ、行こうか」


 ここまで来て引き下がるわけにはいかないな。鬼が出るか蛇が出るか、とにかく今は前に進むとしよう。まったく、な状況だ。


「森か……」

「ん?」

「あ、いや、なんでもない」

「??」


 森にこコウが子、という連続ネタが浮かんだが、何が起こるかわからないので言うのはやめておこう。

 

 こうして俺たちは、森の中へと足を踏み入れた。



♢ ♢ ♢ ♢



 チャトと二人、森の中をもりもり進んで行く。

 

 高くそびえたつ木々に日の光は遮られ、まだ明るい時間なのに森の中は妙に薄暗い。時折聞こえてくる得体の知れない鳴き声が不気味さを演出する。


「このまま真っすぐ進んで行けば、森を抜けられるよ」

「そうか。なら、何も出ないように祈りながら進もう」


 おい、ノリを中に食べるな。というネタが頭の中に浮かんだその時、ガサリと音を立て、左の草むらから目つきの悪い、黒いニワトリのような魔物が飛び出してきた。


「グェーッ!!」


 羽を大きく広げ、こちらを威嚇してくる。やる気は十分のようだ。


「チャト、あいつは?」

「あれは【ニトロクワリ】って魔物だよ。ムラスーイより少し強いくらいかな」

「弱点とかあるのかな」

「うーん、わかんないけど、火に弱そうじゃない?」

「確かに。うーん、またしても火かぁ……」


 チャトを巻き込まない、火属性の攻撃ダジャレ……。ふむ……。


「待ってれーいち、今度はあたしがやってみる」

「え?」

「いくよ! たぁーっ!」


 棍棒を竹刀のように構え、チャトが叫び声をあげながら魔物に突進していく。……大丈夫だろうか。


「やっ!」


 気合を入れて棍棒を縦に振り下ろす。が、魔物の動きは素早く、避けられる。

 魔物がそのままチャトに体当たりをするが、チャトもステップを踏んで上手くそれをかわす。


「ほう……」


 ムラスーイに襲われていた時の印象で、戦闘は苦手なのかと思っていたが、かなり身体能力は高いようだ。機敏に動く敵の攻撃を見事に避け続けている。しかし……。


「やっ、はっ、とう! っととと」


 ぶんぶんと棍棒を振り回すが、全く魔物に当たらない。

 時折振るった棍棒の勢いに負け、よろけている。振り回すというより振り回されているような……。


「当たんないよぉ」


 情けない声を出しながらこちらを見る。

 魔物の攻撃は完全に見切っているのか、避けることに関しては見事なものだ。しかし、このままではラチがあかないな。


「チャト、加勢してもいいかい?」

「うん……お願いー……」


 チャトの許可を得て、ダジャレを考える。

 ニトロクワリ……恐らく分類は鳥だろう。鳥というワードならチャトに攻撃が向くことはないかな。鳥……とり……。よし、これでいってみよう。


「やあ、その鳥、よく燃えますなぁ」


 必要ないだろうが、少し芝居がかったノリで言ってみる。すると……。


「「ギャワァーーッ!!」」

「うわわわっ!」


 突然魔物の体が炎に包まれ、苦しそうに羽をバタつかせる。驚いたチャトがとっさに後ろに飛び、魔物から距離を取る。


「ギャッ……グェ」


 ニトロクワリは黒焦げになり、そのまま絶命した。なんだか断末魔が一つだけではなかったような気がするのだが……。


「れーいち……見て」

「ん?」


 周りを見渡すと、茂みのあちこちから白い煙が立ちのぼっている。


「これは……」

「ここらへんのニトロクワリ、みんな燃えちゃった……のかな」

「……なんてこった」


 うーむ、ここまで広範囲に影響が出るのか。チャトを巻き込まない為には、相当距離を取らないとだめだなこれは。


「あっ」

「どうした?」

「あたし、レベル上がったかも」

「おお?」

 

 とは言っているが、特に何か変化があったようには見えない。


「レベルが上がるとね、感覚でなんとなく強くなったなーってわかるんだ。れーいちはどう?」

「いや、俺は何も感じないな」

「そっかぁ。今のでけっこう経験値が入ったみたいだけど」


 お、やっぱり経験値とかあるんだな。俺もそのうちレベルが上がるのだろうか。そもそも今、どのくらいのレベルなのかもわからないのだが。


「れーいちも早くレベルが上がるといいね」

「そうだな。さて、それじゃ行くか」

 ずれたリュックを背負い直し、先へ進もうとした時だった。


「待ってれーいち! ……何か聞こえる」

「え?」

 

 チャトが左右の耳に手を当てて、森の奥を見つめている。俺も真似してみるが辺りから聞こえてくるのは風に揺れる木々の葉擦れの音だけだ。からきこえるの音とはこれいかに。


「……誰かの叫び声みたい。どうする? 行ってみる?」

「うーむ、先を急ぎたいところだが、気になるな。ちょっと様子を見に行ってみようか」

「わかった。こっちだよ」


 チャトに続いて、草をかき分け脇道へと入って行った。

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