第五話 もりにいくつもり

 雲一つない青空の下、心地よい風に吹かれながら平原を進んで行く。


 相変わらず魔物がうろついているとは信じられない、のどかな光景である。

 空を見上げると、太陽がさんさんと輝いている。太陽だけに。

 ……あの太陽は、地球を照らしている太陽とは別のものなのだろうか。一体どうなっているのか知り、なんて。


「れーいちー! はやくはやくー!」


 軽い足取りで少し前を進むチャトが、こちらに向かって楽しそうに手を振る。


「おぉ……待ってくれー」


 まだまだ元気いっぱいのチャトに覇気のない返事を返す。と返答したいのは山々なのだが、今はこれが精いっぱいだ。

 村を出てから、かれこれ三時間は歩き続けているのだが、まさか自分にここまで体力がないとは思わなかった。リュックはそれほどの重さでもないのだが、地味に体力を削られていく。


「やっぱりあたしが持とうか?」


 俺がしんどそうな顔をしているのを察して、心配そうな顔でチャトが問いかけてくる。


「なぁに、まだまだ大丈夫さ」

「いつでも代わるから言ってね」

「あぁ、ありがとう」


 とは言ったものの、女性に荷物を持たせるのは気が引ける。最近は手軽に通えるジムなんかもあるし、ちゃんと鍛えておけばよかったかな……。事務所で仕事をした後に行くならやっぱり、なんて。

 

「ところでチャト。【トレスフォーの森】、だったっけ。あとどのくらいで着きそうかな?」

「うーん、あと一時間くらいかな?」

「一時間か……」


 俺たちは今『ラグナムア王国』を目指している。

 ヤトーラさん曰く、さすがに二人で魔王討伐に向かうのは無謀すぎるので、城下町のギルドで仲間を集めた方が良いだろうとのこと。

 王国の手前にはトレスフォーの森という場所があり、王国に行くためには必ずそこを通らなければならないそうだ。


「ラグナムア王国ってどんな所なんだい?」

「えっとねえ、人がいっぱいいて……ちょっと疲れちゃう場所かなあ」

「チャトは人混みが苦手なのかい? なんだか意外だな」

「うーん、昔はそうでもなかったんだけど、今はちょっとね……」


 そう言ったチャトの表情が、少し曇ったように見えたのは気のせいだろうか。


 

♢ ♢ ♢ ♢



「あの木が見えたらもう少しだよ!」


 歩き続ける事四、五十分。チャトの指さした先に大きな木が見える。

 成人男性が三人は身を隠せそうな幅に、高さは六階建てのビルくらいはあるだろうか。要するに大木である。できればあの大木の下で休み


「そ、そうか。もう少しか……」


 せっかく洗ってもらったシャツも、汗でびしょびしょになってしまった。

 考えてみれば森に着いてもまだゴールではない。果たしてこんな調子で王国まで持つだろうか……。

 それに、幸いまだ遭遇していないが魔物もいるのだ。歩きながら攻撃ダジャレを考えてみたが、結局あまりいいものは浮かばなかった。


「やっぱり代わる?」


 木の横に差しかかった時、チャトがふたたび聞いて来る。

 うーん、ちょっとだけ代わってもらおうかな……と、思った時だった。木の陰からなにかが飛び出し、チャトとぶつかった。


「あ、ご、ごめんなさ……い」

「グフゥ……」


 その人影は、猪と豚を混ぜたような頭をしており、上半身は裸、下半身にやぶれたズボンをはき、手にはごつごつとした太い木の棒を持っていた。


「……えーと、その人は、知り合い?」

「ち、ち、違うよぉー!」


 ものすごい速さでチャトが俺の横に戻ってくる。それはまさに、レーシングカーが目の前を通った時の音がしそうな勢いだった。


「魔物、だよな」

「う、うん。タブノイだよ、あいつ」

「タブノイ……あれが?」


 昨日のハンバーグと今朝のスープに入っていた肉は、あいつの肉なのか。

 ……見た目はあまり美味しそうには見えないが、ヤトーラさんの料理は絶品だった。うーむ、この世界ではスタンダードな食材なのだろうか。

 このタブノイに金品を差し出せば、食材の贖罪になるのかな。


「ど、どうする、れーいち」

「やるしかなさそうだな」


 ニヤニヤと笑いながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。その視線はチャトを捉えていた。何を考えているのか丸わかりである。


「チャト、タブノイの弱点はわかるか?」

「えっ……うーん、わかんない」

「そうか。なら、少し離れていてくれるかい」

「あたしも戦うよ」

「ちょっと試してみたいダジャレがあるんだ」

「あ。うん、わかった!」


 なにをするのか察したチャトが、慌てて後方に距離を取る。さーて、どうなるか……。


「頭に、タライが当たったい!」


 そう叫ぶと、タブノイの頭上に銀色の大きなタライが現れ、頭に当たると同時に鉄板のへこむ音が辺りに響き渡る。

 眼球と首をぐるぐると回しながら、頭に大きなコブを作り、タブノイが地面に倒れ込んだ。


「やった……か?」


 よく見ると、かすかにピクピクと動いている。どうやら絶命には至らなかったようだ。


「よし、チャト。今のうちに……チャト!?」


 後ろを振り返ると、チャトが頭に大きなコブを作り、うつ伏せに『大』の字になって倒れていた。

 いや、尻尾を含めると『木』の字だろうか。……などと考えている場合ではない。駆け寄り、チャトの肩を軽くゆすってみる。


「チャト! 大丈夫か!?」

「……ぐにゃあ」


 よかった、生きてる。このダジャレ魔法、距離を取ってもダメなのだろうか……。


「頭が……ガンガンするぅ……」


 チャトが二日酔いのOLのようなセリフを言っている。

 さて、どうする。このままチャトを背負って逃げるか……いや、下手に動かさないほうがいいか?

 それより、先にタブノイにとどめを……しかし、ダジャレ魔法を使うとまたチャトを巻き込んでしまうかもしれない。

 そうだ。もしかしたら回復もできるんじゃないか? 攻撃以外にも色々できると神様も言っていたしな。

 えーと、回復できそうなダジャレ……回復……コブを治すダジャレ……。


「コブが……引っ(込む)!」


 そう言うと、チャトの頭のコブが破裂したモチのようにみるみる小さくなっていく。どうやら上手くいったらしい。


「チャト、大丈夫か?」

「……ん!?」


 チャトがガバッと勢いよく体を起こし、ピョンと飛び上がった。


「すごーい! 痛みがどっかにいっちゃったよ!」


 頭の耳をぴこぴこと動かしながら、嬉しそうにこちらに頭の先を見せつけてくる。よろ姿が見られてよかった。


「ありがと、れーいち」

「元はと言えば俺のせいだから……すまなかったね」

「いやぁ、痛かったなぁ……。難しいね、ダジャレ魔法って」

「ああ、使い方を考えないといけないな」


「グウゥゥ……」


 背後からうなり声が聞こえ、二人同時に振り向くとタブノイが頭を押さえながら立ち上がっていた。ヤツの頭からもコブは消えている。


「どうやら、タブノイのコブまで治してしまったようだ」

「うう……どうしよう」


 そのままこちらに向かって来るかと思ったが、得体の知れない力に恐れをなしたのか、小走りでどこかへと逃げて行った。


「ふぅ、よかったね」

「ああ。よかった……のかな」


 とりあえず窮地は脱したようだが、この調子では魔王どころか王国にすらたどりつけるかどうか怪しい。

 とにかく、攻撃がチャトにまで当たってしまうのはまずいな。バーナーのように敵だけを攻撃できるネタのほうがいいだろうか……。それに、緊急時に備えて回復のダジャレも必要か。……あぁ、もっと気軽にダジャレが言いたい。良い鯛とか


「いこっか、れーいち」

「ああ」


 チャトに促され、遠くに見える森へと向かって歩き出す。

 頭の上にいくつものダジャレが浮かんでは、異世界の空へと消えて行った。

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