第四話 ごーかいにごかい

「コケコッコーーーー!!」


 村に鶏の鳴き声が響き渡り、差し込む朝日がゆっくりとまぶたに染み込み、優しく俺の意識を揺り起こす。


「ん……? ああ、そうか。ここは……」


 ぼやけた頭で昨日のことを思い出す。

 そうだ、俺は異世界とやらに飛ばされて、チャトさんの家にお世話になって……。やはり、夢じゃなかったんだな。


「よっこら、せ……っと。……おっ?」


 上半身を起こすと、体が妙に軽い。チャトさんにマッサージしてもらったおかげか。これほどスッキリとした寝起きは久々だな。


「すぴー……すぴー……」


 ……すぴー?


 ふと横を見ると、チャトさんがベッドの上で丸くなって寝息を立てていた。

 そうか、俺が寝た後もマッサージを続けてくれて、そのまま疲れてここで寝てしまったのかな。


「うにゃ……お父さん……」


 お父さん、か。結婚なんて(結構)です、などと思ったことはないが、俺も結婚して子供がいたらこのくらいの大きさになっていたのかな……もっとも、チャトさんは年上なのだが。

 もしかしたら、俺に父親の影を重ねているのかもしれない。


「ありがとう、チャトさん」


 小声でお礼を言って、チャトさんの体に麻色のタオルケットをかける。その時、扉を誰かがノックした。


「麗一さん、起きてますか?」

「あ、はい。どうぞ」


 いや待て、どうぞじゃない。この状況はちょっと見られたらマズイのではないか。


「いや、ちょっと待っ……」


 遅かった。扉を開けたヤトーラさんとガッツリ目が合う。

 ベッドに座っている俺と寝ているチャトさんを交互に見て、柔らかい笑顔のままそっと扉を閉めた。


「……ごめんなさいね、お邪魔して。ごゆっくりどうぞ」


 扉越しにそう言って、トントンと足音を立て、扉から離れて行った。


「まっ、待ってください! 誤解です! ぬぉっとと、うおぉ!」


 後を追いかけようと立ち上がるが、ブカブカのズボンの裾が足に引っかかり、盛大にずっこけた。


「ん……んんー……?」


 その音で、チャトさんを起こしてしまった。ムクリと上半身を起こすと、両腕を高く上げ、大きなあくびをする。


「んふぅ……おはよ、れーいちさん」

「あ、ああ、おはよう。昨日はありがとう、おかげで疲れが吹き飛んだよ」

「へへ、どういたしまして」

 

 人差し指を鼻の下に当て、照れ臭そうに笑う。


「それより、大変だ。この状況をヤトーラさんに見られてしまって……どうも誤解されたみたいで………」

「誤解って……。えぇぇ!?」


 チャトさんの顔がみるみる赤くなっていく。


「べ、べ、別に昨日はなにも、その、なかったから!」

「ああ、わかってる。早く誤解を解きに行かなければ」

「う、うん!」


 急いでベッドを下りようとしたチャトさんの足にタオルケットが絡まって、床に頭から落ちそうになる。


「わあ!」

「危ない!」 


 俺は慌ててチャトさんの体を受け止め、そのまま倒れ込むと背中を床に打ちつけた。


「あたた」

「ご、ごめんなさい!」

「ああ、大丈夫だよ」


 再び扉が開き、ヤトーラさんが顔をのぞかせる。


「なんだかすごい音が聞こえましたけど、大丈夫……」


 ヤトーラさんと目が合う。床に大の字になっている俺の腰の上に、チャトさんがまたがっていた。


「……みたいですね。朝食が出来てますので、二人ともほどほどにしていらっしゃってくださいな」


 静かに扉を閉めると、ヤトーラさんは台所へ戻って行った。


「……」

「……」


 チャトさんと目が合う。


「「わーーーーっ!!」」


 俺たちはドタバタとヤトーラさんの元へ行き、必死に弁明した。

 終始ニコニコしながら聞いていたが、どうやら最初から誤解だとわかっていたみたいだ。

 昔からチャトさんはトラブルメーカーなところがあり、今回もどうせそんなところだろう、と思ったらしい。

 全く、いい歳こいて慌てふためいてしまい、恥ずかしい限りである。


 朝の身支度を終え、朝食をいただく。

 パンと採れたて野菜のスープは、塩と胡椒のシンプルな味付けだったが、タブノイの肉から出た脂がほどよく溶け込んでコクがあり、とても美味しかった。

 後片付けが終わると、俺は旅の目的を二人に伝える。

 神様の存在を伏せなければならないため、この世界にはいつの間にか来ていて、ダジャレ魔法はいつの間にか使えるようになっていて、魔王を倒さないと元の世界に戻れない気がする、などとかなりふんわりとした説明になってしまったが、二人は真剣な表情で聞いていた。


「……と、いうわけなのです」

「まあ、魔王を……」

「……やめたほうがいいよ、そんなの」


 チャトさんが少し俯きながら、浮かない顔で言う。


「どうしてだい?」

「あたしのお父さん、すごく強かったんだよ。棍棒をこう、ぶんぶん振り回して、全然動きが見えなかったの」


 右手をあげ、ぐるぐると棍棒を回転させる動きを取る。


「その強さを見込まれて、勇者様のパーティーにスカウトされたんだけど……その時、この村に来た勇者様を見て、すごく強そうで……この人ならきっと魔王を倒してくれるって思ったんだ」

「それが二年前の……」

「うん。でも、結局誰も帰ってこなかった。魔王にやられたんだ、寝返ったんだ、なんて噂が流れてさ」


 悔しそうに、チャトさんがテーブルに置いた両手を握り合わせる。


「でも、それから魔王軍が攻めてこなくなったんです。それまでは度々王国軍と衝突があったのですが」

「あんなに強い人たちでも倒せなかったんだよ。そんな魔王をれーいちさん一人で倒すなんて絶対無理だよ」

「う……」

 

 薄々思ってはいたが、確かにこんな疲れたおじさんが怪しげな魔法を使えたからといって、魔王を倒すなんて大それた話だよなあ。

 しかし、元の世界に戻る為には……まあ、この話も大概怪しいものなんだが、とにかく魔王をなんとかしないと何も始まらないんだよな。しかしこんな話を聞かされると、さすがに少し恐ろしさを感じてきたぞ。


「ね? やめようよ、れーいちさん。元の世界に戻る方法なら、他ににあるかもしれないしさ。それまでここで暮らせばいいよ。ね、お母さん」

「ええ、そうね。麗一さんさえよければ、このままあの部屋をお使い下さいな」

「なんと……」


 ありがたい申し出ではあるが、本当にそれでいいのだろうか。

 例え帰る方法が見つかったとしても、魔王をほったらかしにして帰るというのもなんだかな……。

 それに、見知らぬ怪しげな人間にこんなに親切にしてくれた人たちのために、何かできることがあるならしてあげたい。


「いえ、お気持ちはありがたいのですが……俺は魔王を倒しに行きます」

「そんな、やめなよれーいちさん! ここで一緒に暮らそう? ね?」

「ええ……私もその方がよろしいかと」


 二人が心配そうな顔で俺を見る。


「もし、旦那さん……チャトさんのお父さんが生きているとしたら、魔王にとらわれている可能性もあります。ダジャレ魔法なら、上手くすれば救出できるかもしれません」

「えっ……本当に?」

「ええ」


 正直まだ、何のネタも考えてないのだが。


「……でも、やっぱり危険だよ」

「一宿一飯の……いや、二飯の恩も返さないといけませんからね」

「まあ……そんなの、魔王討伐とはとても釣り合いませんわ」

「そうだよぉ。それに、元々あたしの命を助けてくれた恩返しなのに」

「はは、それはそれ、これはこれ。男は一度こうと決めたら、なかなか曲げられないものなのです」

「なんかお父さんも言ってたよ、それ」


 硬い表情だったチャトさんが、ふと笑みをこぼす。


「……本当に、行ってしまわれるのですか?」

「はい、やれるだけのことはやってみようと思います」

「……お母さん」

「わかりました。それでは、こちらも出来る限りの協力をさせていただきます」


 真剣な表情でそう言うと、ヤトーラさんは席を立ち、奥の部屋へと消えて行った。


「……あたしも、準備してくる」

「え、あ、ああ」


 チャトさんも席を立ち、奥へと消えて行く。準備って何だろうか。

 そして、しばらく後――。


「それでは麗一さん、チャト。気を付けてね」

「はい、色々とお世話になりました」

「それじゃお母さん、行ってくるね!」


 家の前で、昨日のうちに洗濯してもらった白いワイシャツと黒いズボンに身を包み、ヤトーラさんが用意してくれた皮のリュックを背負い、俺は立っていた。

 隣には腰に巻くタイプの皮のカバンを身に着け、棍棒を握りしめたチャトさんがいる。

 

「……チャトさん、本当に来るのかい?」

「何よそれー。あたしだって戦えるんだからね!」


 昨日、ムラスーイに苦戦していた姿を思い出すと、あまり期待はできない気がする……。


「あと、チャトでいいよ。あたしもれーいちって呼ぶから。今日から仲間だもんね」

「あ、ああ。わかったよ」


 仲間、か。うむ……一人で行くより心強いかもしれないな。なかまの食べてるおいしそうぼこ。うーん、イマイチか。


「それでは、行ってきます」

「きっとお父さんを連れて帰ってくるから!」


 何度も振り返り、ヤトーラさんに手を振りながら、俺たちはニヤンの村を出た。

 チャトの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「本当にいいのかい? ……チャト」

「うん、大丈夫。頑張ろうね、れーいち!」

「ああ。よろしく頼むよ」


 こうして俺は、チャトと二人で魔王退治の旅へと出発した。

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