第二話 こまったねこのねこ

 トボトボと独り平原を歩きながら、ダジャレを考えていた。

 

 同じネタが使えないとなれば、色々なパターンの攻撃ダジャレを用意しておかないと、いざと言う時大変なことになるだろう。最弱の魔物の攻撃であの衝撃だ。もう二度とあんなのは食らいたくないからな。

 ……そういえば、ゲームなら雑魚敵を狩ってレベルを上げながら進んで行くものだが、俺のレベルとかはどうなっているのだろうか。

 雑魚狩りなんかでダジャレを消費していたら、魔王にたどり着く前にネタ切れを起こしてしまうかもしれないぞ。

 うーむ、ダジャレ魔法だけでは厳しいのかな。何か武器が必要になるかも……。


 そんなことを頭の中で考えていると、前方の茂みの中から何か聞こえてきた。


「…………! …………せ!」


 なんだろう。人の声、か?

 警戒しつつ声のする方へ向かってみる。だんだんと声がハッキリと聞こえるようになり、それが女性の声であることがわかる。


「は、離してよ! この! このぉ!」


 ムラスーイが触手を伸ばし、女性の足首をつかんでいる。

 女性は手に持った長い棒でムラスーイを叩いているが、ぷるんと弾かれ、ダメージが通っているようには見えない。


「やめてー!」


 女性はオレンジ色の少しクセのついた、肩ほどまで伸びた髪に、黄色の半袖シャツ、それとデニムのような質感の短パンをはいている。皮のブーツを履き、頭には二つの猫のような耳がついており、短パンのお尻の部分に開いた穴からは、茶色とオレンジの縞々模様の長い尻尾が飛び出していた。


「あれは、猫……人間?」


 耳と尻尾以外は、普通の人間とほぼ同じような体をしている。耳も頭のものとは別に顔の左右についているようだ。口の左右からは、牙のような八重歯のようなものが顔を出している。


「にゃーー! 溶かされるぅーー!」


 おっと、眺めている場合じゃないな、早く助けなければ。

 そうだな……彼女を巻き込まないように、ムラスーイだけを攻撃できるような、火のダジャレ……。うーん、マッチはもう使えないしな。

 頭の中を、火に関するワードが飛び回る。火、火……火を出すもの。そうだ、アレが使えるんじゃないか。


「うーん……こんな時、バーナーがあれ


 ポンッと音を立て、煙と共に右手にトーチバーナーが現れた。

 ガスボンベの先端に銃のようなものが取り付けてあり、トリガーを引くと火が噴射されるタイプのものだ。


「よし、これで……」


 バーナーだと、かなり接近して使わないと当たらないだろう。俺は魔物に気づかれないよう、息を殺して背後からゆっくりと近づいて行った。


「え、だ、誰!?」


 女性がこちらに気づくが、俺が口元に人差し指を当てると、察してくれたのか口に手をあてて黙り込んだ。


 女性に夢中になっているムラスーイの背後から、彼女に当たらないよう炎を噴射する。

 炎が当たると同時に、ムラスーイの体が激しく燃え上がり、慌てて女性の足から触手を離して逃げて行く。

 が……途中で燃え尽き、灰燼に帰した。


「……すまんな」


 その壮絶な死にざまに、なんとなく謝ってしまう。

 しかし、油断すると酷い目に遭うのは先ほど学ばせてもらった。この世界では魔物に同情している余地はないのだろう。


「す、すごーい! あの、ありがとうございました!」


 駆け寄って来た女性に、お礼を言われる。

 まつ毛の長い、グリーンの猫目が特徴のお嬢さんだ。

 身長は、172センチの俺の、目の高さくらいだろうか。頭の耳が嬉しそうにぴこぴこと動いている。


「ケガはありませんか?」

「はい! おかげさまで!」


 女性が両腕を上げ、ガッツポーズを決める。

 ケガはなくても毛が多いですね、なんて言ったら怒られるだろうか。


「アタシはチャト。チャト・チュールっていいます。よければおじ……あなたの名前を教えてください!」

「はは、俺は田寺谷麗一。別の世界からやって来た疲れたおじさんです」

「? 別の世界?」

「ええ、まあ、色々ありまして……」

「ふぅん……あ! それよりさっきの炎、すごかったです! あれは魔法なんですか?」

「ああ、あれはこれで……」


 手に持ったバーナーを彼女に見せ、説明しようとしたその時。手の中でスーッとバーナーが消えてしまった。


「わ!? 消えちゃった……」

「……時間切れかな」


 どうやらダジャレ魔法の効果は、さほど長くは持たないらしい。

 マッチと、さっきの猫がねころんだの時のことを合わせて考えると、体感で三分程度だろうか。


「あ、そうだ! えっと、れーいち、さん? お礼がしたいから、一緒にあたしの家まで来てください!」

「いえいえ、別にお礼をしてもらうほどのことはしてませんよ。いえだけに」

「何言ってるんですか! あなたは命の恩人です!」

「そんな大げさな……」

「いいから来てください! すぐそこなので!」


 彼女に右手をつかまれ、ぐいっと引っ張られる。


「わ、わかりました。それじゃあ、一緒に行きましょう」

「そうこなくっちゃ!」


 どうやら、なかなかに強引な人のようだ。

 俺は彼女に手をつかまれたまま、近くにあるという村へと引きずられて行った。

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