魔法使いヤマシタ

@tan1988

第1話

舞台は昼下がりの大阪の繁華街。


山下「あ、お婆ちゃんが重い荷物を持って立往生してる。大丈夫ですか。手伝いますよ」

婆「ああ、ありがとうございます」

山下「さあ、もう大丈夫ですよ」

婆「本当に助かりました。あなたのお名前をきかせてください」

山下「私は山下と言います」

婆「山下さん、あなたを見込んで是非お願いがあります」

山下「何?どこか連れていってほしいんですか」

婆「違います。魔法少女になってください」

山下「はあ?」

婆「あなたのような心の美しい人を探していたのよ。今日から魔法少女になって悪を倒し、世界を救って」

山下「うわあ、やばい婆さんに引っ掛かってしもた。無視しといたらよかったわ。あのすみません。私では役不足です。他をあたってください。ほな、さいなら」

婆「待ちなさい、逃がしませんよ。それに役不足の使い方が間違ってます!」

山下「何で、そこやねん。ちょっと、はなしてくださいよ。誰か、助けて。お巡りさあん」

婆「無駄よ、周りをよく見なさい」

山下「あ、みんな止まってる! 人も車も犬も鳥も止まってる。何が起きたんだ」

婆「魔法で時間を止めたのよ」

山下「え、あんた誰? あれ、さっきの婆さんは?」

婆「わたしよ」

山下「え、そんな。あんたどうみても若い、いや、そんな若くないか。三十は超えて、いや、四十代、もしかして五十代?」

婆「女性に年を訊くなんて失礼ね。極端に姿を変えるとエネルギーを使うからこれくらいが限界なのよ」

山下「あなたは魔女なんですか」

婆「やっと分かったのね。そのとおりよ。私は魔法少女の候補をリクルートしているの。あなたは理想の魔法少女になれるわよ」

山下「いや、だから私に魔法少女は無理ですて」

婆「大丈夫。誰だって最初は自信なんかないわ。大切なのは一歩踏み出すことよ」

山下「僕、男ですよ。しかもリストラされて職探し中のしがない中年男ですよ。今日も面接で落とされたとこですよ」

婆「え、リストラ? 渡りに船じゃない。魔法少女に就職したら万事解決よ」

山下「就職って魔法少女は企業ですか。それより根本的に問題あるでしょ。僕、男やのに」

婆「山下さん、ジェンダー平等の時代に妄言はやめて。性別に拘るなんてナンセンスよ」

山下「でも、僕、女でもないし、年も食ってますよ。少女っておかしいでしょ。魔法師とかマジカル・エンジニアとかなら分かるけど」

婆「その発想が絶望的にダサいわ。名称を変えればいいってもんじゃないわよ。いいこと、山下さん。スーツケースにスーツ以外の物を入れてる人はたくさんいるわよね」

山下「いや、むしろスーツ入れる人の方が少数派やけど」

婆「でしょう? 名前と実態が食い違ってることなんていくらでもあるのよ。タワーレコードで今、レコード売ってる? 売ってないでしょ、CDでしょ」

山下「いや、今、アナログ盤の良さが若い人にも見直されて売り上げも調子いいんですよ」

婆「いや、山下さん、そういう問題じゃないのよ。空気読んでよ。私は分かりやすく説明してるんだから。そんなんだからあなたリストラされるのよ」

山下「ほっといてくれ。何でそんなことあんたに言われなあかんねん」

婆「あ、待って、ごめんなさい。私が言い過ぎたわ」

山下「いや、もう話を聞くつもりありませんわ」

婆「仕方ない。分かったわ。山下さんありがとう。あなた本当に親切な人だったわ」

山下「いや、礼をいわれるようなことは」

婆「ありがとう。ありがとう。ありがとう」

山下「いや、ちょっとやめてくださいよ。そこまで言われたらなんか気が引けるわ」

婆「ありがとう、ありがとう、あ!」

山下「あ、何か落ちましたよ」

婆「あ、やめて! 拾わないで」

山下「本ですか、え、『ありがとうは魔法の言葉』

『人を動かすたった八百八十八のコツ』『使え

ない社員が三日で変わる!』・・・・何やねん、

これは」

婆「ブックオフで三冊二百円で買ったの」

山下「どこで何ぼで買ったかなんて訊いてないわ! 人を馬鹿にしやがって」

婆「あ、ちょっと山下さん、もうちょっとだけ結論出すの待って」

山下「結論なんか、もう出てるようなもんでしょう。あ、人や車が動き出した!」

婆「ふふ、時間を止める魔法は五分で終わるの。その間に返事をしなかったらOKしたことになるのよ」

山下「そんな、まるきり詐欺商法やがな」

婆「これであなたは有無をいわさず魔法少女よ。さあ、これがアイテム。まずは何といってもバトンよね。そしてコンパクトも欠かせないわ」

山下「こんなもん持ち歩いたらまるきり怪しい人や。魔法使う時だけでええやないですか」

婆「そうはいかないの。普段から充電しとかなきゃいざって時に魔法力を発揮できないわ」

山下「充電って、それバッテリー代りですか」

婆「何事も日頃の準備が肝心よ。魔法少女はみんな基礎体力作りに毎日筋トレやってるし、年に一回は組合主催の講習を受けてるわ」

山下「ええ、そんなことするの。組合まであるの? アニメでそんな場面見たことないで」

婆「そんな地味なシーン、誰が見たがるの。全部端折ってるのよ。でもいざという時は華麗に変身するの。髪は一メートルくらい伸びてツインテールになり、フリフリのドレスとミニスカートになるのよ」

山下「もう怪しい人どころやないわ。警察呼ばれるで」

婆「警察が来ても平気。魔法でクリアよ」

山下「そうなんですか」

婆「証拠を隠滅したり、捜査に裏側から圧力をかけることが出来るわ」

山下「陰険やなあ。それ魔法少女のすることですか。パッと姿を消すとか、記憶を消すとか、そういうのは出来んのですか」

婆「そういう高いレベルの魔法はかなり経験を積まないと習得出来ないのよ。でも大丈夫。いざとなったら奥の手があるわ」

山下「何なんですか」

婆「完全黙秘を貫けば最悪執行猶予が付くわ」

山下「もう魔法ですらないやん。ていうか捕まる前提になってない? 僕、自信ないですわ」

婆「まあ、何事も初めからうまくいかないわ。それに山下さん、仕事探してるんでしょ。頑張ったら望み通りの仕事が手に入るかもよ」

山下「え、本当ですか!」

婆「魔法少女は自分のために魔法を使ってはいけないんだけど人助けをしてポイントがたまると自分の願いが叶うの」

山下「それならやりがいがあるわ。頑張ります」

婆「私みたいにプロの魔女になって独立開業する道もあるわ」

山下「いや、それはええですわ。とにかく困ってる人を探さんと」


母「あら、また戻ってきたわ」

子「お母ちゃん、喉乾いたあ」

母「そやかて何回やっても通らへんやないの」


婆「百円玉を自販機に何度入れても戻ってきてるみたいね」

山下「まあ、よくあることやね。角度を変えたり、そうっと入れたり、色々試してるわ」


母「もう諦めなさい。この先にコンビニがあるわ。お札も電子マネーも使えるから」

子「嫌やあ、僕はどうしてもサンガリアの生姜醤油コーヒーが飲みたいんやあ」

母「そんなんコンビニにないわ。他のにしなさい。コンビニ行ったら選び放題やないの」

子「嫌や嫌や。あ、そうや、ええこと思い付いた。お母ちゃん、コンビニで買い物して小銭作って、またここへ戻ってきてえな」

母「何でお母ちゃんがそんなことせなあかんの! サンガリアの社員でもそこまでせんわ」


婆「山下さん、チャンスよ。あの親子のピンチを魔法で救うのよ」

山下「え、でもどうやって?」

婆「とにかく魔法を使うって決めたら体が勝手に動くから」

山下「よし、やってみるで。ミラクルぅ、ヤマシタぁ! あ、体が勝手に回転始めた! 髪がどんどん伸びてツインテールに! 衣装が変わっていくで」

婆「魔法パワーマックス! 今よ山下さん!」 

山下「自販機よぉ、母の愛を受け入れなさあい!」


母「もう、後1回だけやって駄目なら諦めるんやで。あ、入った!」

子「よっしゃあ、生姜醤油コーヒーゲットだぜ。ガシャン。わーやったあ・・・・て違う。これ焼き鳥のタレドリンクや」

母「係の人が間違えて入れたんや。ようあるこっちゃ、諦めなさい。もう硬貨もないがな」

子「嫌じゃあ。こんなエキセントリックなもん飲めるかあ!」

母「ええ加減にしなさいよ! ウチ、もうブチ切れかますで、マジで!」

子「あ、お母ちゃんの一人称がウチになった。やばい! お母ちゃん、ごめんなさい」

母「分かればええねん。ほな行くで」


婆「めでたし、めでたしね」

山下「どこがやねん! 解決になってないし、そもそも魔法使ってまでやることなんですか」

婆「でも、魔法の力はこれで分かったでしょ」

山下「そりゃ、まあ。今のでポイントはどれだけ溜まったんですか」

婆「コンパクトの裏側がメーターになってるわ。千ポイントで願いが叶うの」

山下「そういうことは早く言ってください。え?たった1ポイント?」

婆「多くの人をたくさん幸せにするほどポイントは溜まるわ。頑張って」

山下「それはええけど服と髪は元に戻らんの?」

婆「慣れたらすぐに戻るけど、今は半日くらいかかるわね」

山下「これじゃ晒し者やがな。そやけどネクタイとベルトと革靴だけそのままなんおかしない? サラリーマンの最後の砦にしがみついてるみたいでかっこ悪いわ。おまけにネクタイがツインテールになってて訳わからん」


政治家1「大阪独立党です。大阪共和国構想に是非、賛成をお願いします」


婆「あら政治家の街宣車ね」

山下「大阪独立党ですわ。大阪が日本から独立して国家になることを主張してるんです。支持する人も多くて飛ぶ鳥落とす勢いですよ」


政治家1「日本はもはや政治も経済も行き詰まり、このままでは大阪に未来はありません。大阪はこれまで不当に日本から搾取されていたのです。もう我慢は出来ません。大阪が独立すれば首都も大阪市になる。都構想などもう時代遅れです。標準語はもちろん大阪弁、電車も大阪に向かうのが上りです。義務教育ではボケと突っ込みを必修科目とし、世界に通じるお笑い人材の供給基地とします!」


政治家2「騙されてはいけません。分断を煽るようなデマに惑わされてはいけません。独立などもっての他、今の大阪は周囲と一つになるべきなのです」


婆「べつの団体が現れたわね」

山「大阪ビッグバンの会ですわ。大阪独立党と支持率を二分する勢力です」


政治家2「皆さんご存知でしょうか。琵琶湖はもともと大阪にあったのです。それを姑息な滋賀県民がバケツリレーで近江へ持っていってしまったのです。奈良の大仏も元は北千里にあったのを卑劣な奈良県民が「ここは方角が悪い、このままでは身内が不幸に見舞われる」と言葉巧みに騙し、大仏様を連れ去ったのです。金閣寺も宝塚歌劇もみんな大阪の物だったのです。これは歴史的事実なのです。今こそ都道府県を廃止し、近畿が一つになり、その中心に大阪をすえる。そうすれば失った物はみんな取り返せるのです。大阪州構想にどうかご理解を!」


婆「どっちが勝ってもお先真っ暗ね」

山下「あかんなあ、こんなことでは。もっとまともな政治家が出て来んと大阪が駄目になる。そうや、おばちゃん。ええこと思い付いた」

婆「誰がおばちゃんよ。私はマジカル☆マスター、浪花御前よ。何度も言わせないで」

山下「そんなこと初めて聞いたがな」

婆「だから今、ここで確認して今後は何度も言わせないでってことよ」

山下「理屈っぽいおばはんやなあ。まあ、ええわ。僕の考えはな、魔法で真面目な政治家を作ることやねん」

婆「うーん、どうかなあ。漠然とした抽象的なことは無理なのよ。もっと具体的にイメージしないと。だいたい真面目って、人によって捉え方が違うわよね。それにどんな立派な政治家がいても国民が選ばなきゃ無意味だし」

山下「そうかあ、有権者の意識を変えなきゃ駄目か。よし、やってやる! ミラクルぅ、ヤマシタぁ!」

婆「ああ、凄い! これまで感じたことのないとてつもない強力な魔法力! 山下さん、今のあなたなら何でも可能よ!」

山下「ありがとう、おば・・・・いや、梅田御前!」

婆「早速間違ってるじゃない」

山下「具体的にイメージするぞ! 大阪の人達よ、賢くなあれ! ポピュリズムにも流されず、分断にも煽られず、目先の利益にとらわれることなく、自分の頭で考えて、責任持って行動し、確かな未来を切り開く。そんな人たちで溢れる輝ける都市、大阪! 現れ出でよ!」


こうして大阪は無人の街になりました。

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