04
キシペタカルレ王国ただ一人の王子の専属執事の育成ともなれば、その内容は過酷なものであった。過酷さが増したのは与えられた時間の短さ故だろうが。
第一に貴族へ仕えるものとしての礼儀作法を習う。呼吸することと同じように自然と慇懃な立ち振る舞いができるよう身体に覚えさせていく。一挙手一投足、全てを見られているものとし、一言一行、全てを聞かれているものとする。誰の視界に入っても無礼に見られることのないよう指導された。
王子を支える身として、キシペタカルレ王国に対する知見も有する必要もあった。配属された講師からは建国から今日に至るまでの大まかな出来事を教えられ、隙間時間に読むようにと授業内容から更に事細かな記録を載せた紙束を渡された。寝る間も惜しんで机に齧り付く。穴が開きそうなほど書類を眺め、折れ目がつくほどページを捲る日々。
また、カランコエには王子の護衛も兼任された。直属の執事ということは王子の傍にいる時間は誰よりも多く、主人に危険が及んだ場合、咄嗟に動けるのは自分だろうと与えられた責務に頷いた。
カランコエは腐っても竜族だ。母国にいた者やメリアのような輝かしい宝石なぞは持ち得ていないが竜族というだけで魔法を使えたり人間より優れた怪力を持つ。レーグルスを狙う者が現れたとして、それが人間なのであれば簡単に捩じ伏せることができる自信もあった。何より、この状況で、もしも主人が命を落とすようであれば次に危険に晒されるのは自分だろう。
そのような思慮から護衛の仕事も担ったことによりカランコエは騎士団と共に鍛錬に加わることになってしまい、結果としては更に休憩時間を削ぐことになった。
初節、十二の夜。
漸く満足な睡眠時間を得られる日に辿り着くことができたカランコエは、身体を清めた後すぐにベッドへと飛び込んだ。薄いシーツに少しだけ埃っぽい布団。母国で与えられていたのものと比べるまでもなく劣ったもの。それでもずっと、この柔らかさに包み込まれる時間を求めていた。
「…はあ」
深い溜息を零して枕を抱きしめる。
明日は、いよいよレーグルスと顔を合わせる日。緊張が心臓を叩いて動悸を促進させている。
気に入ってもらえなかったらどうしよう。そんな不安が脳を支配していた。
というのも、共に稽古をつけてもらっていた騎士の話によれば、レーグルスは手に負えない暴君だという。剣術の稽古をサボるのは当然のこと、注意しても意欲が無いのか聞き入れやしない。偶に許可なく宮殿を抜け出していることすらあるらしい。
騎士団達の噂に過ぎないが、口を揃えて彼を貶めた。
騎士団と王子という立場上、当然だが王子の方が位が高い。仮に騎士達が忠誠を誓ったのが現国王クロガネに対してのものだとしても王位継承者を蔑んで良い理由にはならない。不敬罪も良いところだろう。
だが、それがもしも事実なのだとしたら。クロガネすら訂正することを諦め不敬と言い切れないのだとしたら。
「…はああ………」
ただでさえ竜族を嫌っているという情報しかなかったというのに、耳に入るレーグルスの話に彼を肯定できるものがない。不安だけが積み重なっていく。
帝王学の授業は熱心に勤しんでいるらしいが滅多に口を開くことはなく授業外はいつも冷淡。食事は基本口に合わないからと残すことが多い。それから、先に聞いた鍛錬中の態度と王子たるものが許可も護衛もなしに王宮から抜け出すといった傍若無人さ。
自由を求めたく思う気持ちはカランコエにも理解ができた。国民から後ろ指をさされたカランコエが国内で与えられた居場所は宮殿の中だけだったし、宮殿にいる間もこうして勉強続きだった。国民から否定される人が帝王になるためにしなければいけない努力など想像だけで嫌気がさす人が多いだろう。そのような日々を送ってきた甲斐があって、この頃の過酷な日々も乗り越えられたのだとも思うが。
枕を定位置に戻して布団に包まる。
一人でどれほど憂慮しようともレーグルスは変わらないし、明日を迎えてしまう。それならば今はしっかりと睡眠をとることを優先すべきだ。
寒々とした空気に一つ息を落として、カランコエは瞼を閉じた。
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