第35話:輝く明日

六花りっか、今日はどこに行きたい?」


 休日の朝、瑛人がたずねてきた。


「以前約束をした、花園亭のライスカレーを食べに行きたいです。コーヒーもつけて」


 今や、六花は自分の望みを素直に口にできるようになっていた。

 自分が何を望むのかわからない、と悩むことはない。


 服は自分で選んだものを着る。

 今日は淡い水色の上品なワンピースを選んだ。

 そして、自分が望んだ相手と一緒にいる。


 うきうきと六花は数寄屋橋すきやばしを歩いた。


「六花、公園に寄っていかないか? そろそろ薔薇が見頃だ」


 カフェのあと、瑛人が声をかけてきた。

 数寄屋橋から少し歩いた場所に、大きな緑地公園がある。


「いいですね。噴水も見たいです」


 咲き乱れるバラ園を堪能したあと、ふたりは公園の中央にある噴水の前に来た。

 輝く太陽の光を浴び、水が弾ける様に心が躍る。


 ふたりは空いているベンチに座った。

 燦々さんさんと惜しみなく日の光が降り注ぎ、六花は自然と目を閉じていた。

 暖かく穏やかで何も怖くない。

 傍らには瑛人がいる。とても幸せだった。


「六花」


 瑛人が上着のポケットから小さな赤い箱を取り出した。


「婚約の記念にこれを渡す」

「え……?」


 箱を開けた六花は目を見張った。

 中には白銀に輝く指輪があった。

 指輪の中央には、六つの花びらをもつ花をかたどった宝石が虹色に輝いている。


「素敵……」


 まるで雪の花のようだ。

 六花という自分の名前にちなんだ指輪を選んでくれたのだとすぐわかった。


「ありがとうございます! つけてみていいですか?」


 微笑んだ瑛人が指輪を手に取る。

 六花は左手を差し出した。


 そこには水仕事で荒れてガサガサだった手はない。

 肌つやを取り戻した健康的な薬指に、指輪がつけられる。


「よく似合う」


 眩しいほど輝く指輪――胸がいっぱいになる。


「これからもよろしくな、婚約者殿」

「はい!」


 元気のいい六花の返事に、瑛人がフッと微笑んだ。


「おまえにもう一つ、贈り物がある」

「えっ」

「女学校に行ってみないか?」

「学校……」


 叔母宅に引き取られた六花は、十五歳までしか通えなかった。

 叔母たちが高等学校への進学を認めなかったからだ。


「興味のある授業を選んで学べる学校があるんだ。学生の年齢も目的も様々だから、気を張る必要もない」

「瑛人様……」

「これから皇都で生きていくのであれば、もっと交友関係を広げたり、いろんな経験を積むほうがいい」


 六花が歩んでいく未来を、瑛人は応援してくれているのだ。


「俺はおまえをかごの中の鳥にするつもりはない」


 ふっと瑛人の口角が上がる。


「手放すつもりもないが、な」


 六花は微笑み返す。

 おどおどと卑屈な表情を浮かべていた少女はもういない。


「ふふ……」


 六花はくすっと笑って、白銀の髪の間から現れた尖った獣の耳を撫でた。


「……おまえといると、つい気が緩む」


 外だというのに白狐の姿になった瑛人が微笑む。

 その笑顔を見るだけで泣きたいくらい嬉しくなる。


 信じられないことに、自分はこの白狐憑きの美しい貴公子の婚約者なのだ。


 六花は瑛人の胸に頭を載せた。

 そっと体を包むように腕が回される。

 六花は胸に頬ずりし、きゅっと服をつかんだ。


「私も離しませんから」

「ああ、ずっと一緒だ」


 瑛人の声が響く。

 目をつむると、輝くような明日が見える気がした。

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白狐の花嫁 ~治癒の令嬢は白狐憑きの貴公子に溺愛される~ 佐倉ロゼ @rosesakura

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