第32話:脅迫

 亮介りょうすけの顔から、何かが抜け落ちた。

 両目に暗い光が宿る。

 ぞっとするような表情に、六花りっかは身構えた。


 亮介がかたわらの大きい包みに手を伸ばす。

 中から取りだしてきたのは、竹筒だった。

 だが、ただの竹筒ではない。呪力を感じる。


「亮介様、まさかそれは――」

「ああ、中には妖魔が入っている。管狐クダギツネだよ。捕まえるのにだいぶ苦労した」

「なんですって……?」


 クダギツネとは妖魔の一種だ。

 イタチほどの大きさで攻撃的だが、使役できると便利な道具となる。

 人を殺すこともできるので、里では見かけても絶対に近づかないよう厳命されていた。


 そんな危険な妖魔を、なぜ亮介が捕獲し持ち歩いている。

 そもそも、呪力をもたないはずの亮介になぜ捕獲できたのか。

 導き出される答えは一つ――強力な呪術師の協力があったからだ。


「誰に……そそのかされたのですか?」

「失礼なこと言うな! 日陰者のくせに、誰に向かってものを言ってるんだ!」


 激高した亮介の声にびくりとすると、亮介はにやりと笑った。


「僕はね、ぜひにとわれて妖魔を捕まえたんだ! 三年前は失敗したけどな!」

「……っ!」


 三年前、亮介が背中に大きな怪我を受けたとき、なぜ危険な森に入ったのかいぶかしんだ。


 猟に出て、うっかり森に入ったと言っていたが、地元の人間ならばその危険性は痛いほど知っているはずなのだ。

 あれは偶然襲われたのではなく、妖魔を捕らえにいったのか。


「痛い目を見たからね、小さな妖魔を取ることにしたんだ。そして、ほら、見事に捕らえたよ!」


 自慢げに竹筒をかかげる。


「まだたくさん持っている。才能があったんだな、僕には」


 瑛人が最近、闇市場で妖魔の売買が盛んになっている、と言っていた。


「まさか、大金って……妖魔を売るつもりですか!?」

「そりゃあ、そうさ。すごい高値がつくんだ! 皇都に来たのは紅茶のためだけじゃない。むしろ、こちらが本命だ!」


 亮介が自慢げに竹筒を振る。


「白狐憑きは強いらしいが、不意をつかれればどうかな。僕のクダギツネは三十近くもあるんだ」

「瑛人様を襲わせるつもりですか!?」


 信じられない言葉だった。

 一番隊隊長を妖魔に襲わせるとは、皇都の安全をも揺るがす反逆行為に他ならない。


「きみ次第だよ、六花」


 亮介がニタリと笑った。


「大人しく僕のもとへ帰ってくるなら、火ノ宮瑛人には手は出さない」

「……っ!」


 結論はすぐに出た。


(瑛人様から離れる? 絶対に嫌だ!)


 六花は迷わず応接室を飛び出した。

 背後で亮介が慌てて叫ぶ声がしたが、一気に二階へと駆け上がる。


(絶対に瑛人様を守る!)


 六花は自室に飛び込むと、椅子を引き寄せ、ドアノブの下に背もたれをかませる。

 これで少し時間が稼げるはずだ。


 六花は呪符を取り出した。

 自分が戦う手段など、これ以外思いつかなかった。


 震える手で呪言を書く。

 いつもの治癒とは違う、人に害をなすものだ。

 大罪だとわかっていたが、手段は選べない。瑛人の命がかかっているのだ。


「う……」


 だが、集中できない。

 六花が呪力をるのは治癒のためだった。

 さかしまの効用を得るためには、根本から呪力の流れを変える必要がある。


「六花! 開けろ!」


 激しくドアを叩く音と恐ろしい声に涙がにじむ。

 ようやく即席の呪符を作り終えたとき、ドアが蹴破られた。


「あっ……!」


 はじき飛ばされた椅子の背後から、顔に血を上らせた亮介が入ってきた。


「俺と来い!」

「嫌です!」


 手を払うと、乱暴に髪をつかまれた。


「いたっ!!」


 熱したような痛みが頭皮に走る。思い切り髪を引っ張られたのだ。


「おまえは俺のものなんだ!」

「違います! あぅ!」


 背中を蹴られ、六花はうめいた。


「日陰者のくせに! 僕に逆らう気か!」


 息も荒く亮介が迫ってくる。


「瑛人は助けに来ない! 今頃、下手をしたら死んでいるかもな……!」

「えっ……?」

春美はるみと利害が一致してな! あいつにも竹筒を渡した……。強い剣士様だか軍人だか知らないが、油断している隙をつかれればどうかな!?」

「……っ!」


 六花の胸にいまだかつてないほどの怒りが燃え上がる。

 どんなに馬鹿にされても、打たれても、じっと耐えてきた。


 だが――瑛人に害をなすのならば別だ。

 痛みをこらえ、六花は必死に起き上がった。


(瑛人様を助けに行かなければ!)


「どこへ行く!」


 六花は机の上の呪符を手に取った。

 どれほどの効果があるかわからないが、やるしかない!

 亮介の背中に――治りきっていない妖魔の傷のある場所に呪符を当てる。


「ぎゃあああっ!!」


 亮介の悲鳴に六花は思わず耳をふさいだ。


(ああ……やってしまった……禁忌とされる呪詛を――)


 傷を治せるのなら、悪化させることもできる。

 六花は治癒の力を反転させる術を初めて使った。

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