第31話:招かれざる訪問者
仕事に行く
いよいよ、婚約パーティーは明日と迫ってきた。
ボウルルームを貸し切り百人以上集まる大きなパーティーで、そのほとんどが、公爵家の客だ。つまり、上流階級の人たちだ。
大勢の人たちの視線が集中する光景を想像し、不安と緊張が
(大丈夫。瑛人様がずっと隣にいてくれるのだから)
(私は笑顔で挨拶するだけ……)
六花は落ち着かず、屋敷中を掃除をしたり食器を磨いたりと手を動かした。
そんな六花を
「では、私はこれで。明日に備えてゆっくり休んでくださいね」
夕刻になり、晩ご飯の
屋敷にひとりになると、静けさが身に染みる。
だが、瑛人が仕事に復帰したことは嬉しいし、この屋敷を任された者として弱音は吐けない。
「そうだ、今日のぶんの呪符を作らなくちゃ……」
二階に上がろうとしたとき、家の呼び鈴が鳴った。
玄関ホールに出て、小窓から外を覗く。
「りょ、
思わぬ来客に六花は凍りついた。
花束と大きい包みをもった亮介が立っていた。
「遅くにすまない、六花。
「叔母様たちから……?」
婚約祝いと言われ、ためらいながらも六花はドアを開けた。
仮にも親族からの祝いなのだ。
受け取らずに追い返すのは、さすがに義理を
「どうぞ……」
「ありがとう」
亮介が花束を差し出した。
「これは僕からのお祝いだ。この前の失礼な態度を詫びる。商談が決まるかどうかの
丁寧に謝罪され、六花は困惑した。自分の知っている亮介は、決して女子どもに頭を下げる男ではない。
「い、いえ……、もういいんです」
初めて見る腰の低い態度に戸惑いを隠せない。
「花束、ありがとうございます」
一人で来客をもてなすのは初めてだ。
「こちらに……応接室になります」
玄関ホールを抜けて応接室に案内する。
六花はもらった花を花瓶に飾り、お茶を出した。
「ずいぶん長く皇都にいらっしゃるんですね……」
「ああ。実は倉品さんと合同で商品用の紅茶を作ったんだ。販路を皇都に広げるために、あちこちに声をかけている。デパートや茶店などに置いてもらえないかと、ね。いずれは自店舗も、と思っているんだが、まずは店頭に置かれないことにはなんとも」
「そうなんですね……」
「いずれ皇都で商売を始めたいと思っていたから、ちょうどいい人脈作りだと割り切っているよ」
ふっと亮介が笑む。妙に胸騒ぎのする表情だった。
今、この屋敷には六花しかいない。果たして亮介を招き入れてよかったのだろうか。
亮介はなかなか祝いを渡してこない。静かに茶を飲んでいる。
こちらから
「明日、婚約パーティーか……」
ようやく本題に入ったのかと、六花はホッとした。
「はい」
「大変なんじゃないのか? 白狐憑きと結婚なんて……」
「いえ、私にはもったいない方です!」
「可哀想に……そんなに思い詰めなくていいんだよ」
「……」
なぜか会話がすれ違っている気がする。
「いえ、本当に婚約を嬉しく思っています」
「いや、わかるよ。他に行く場所がないと思っているんだろう 倉品の人たちは金のことしか考えてないしな。でも心配するな! 僕がいるから!」
「は?」
会話の雲行きが怪しくなってきた。
「前に話しただろ? 近々、大金が入る予定なんだ。紅茶とは別件の商談がまとまりそうでね。だから何も心配しなくていい。おまえが里に居づらいと言うなら、皇都に屋敷を買ってもいい!」
亮介がなぜか熱弁を
意図がわからず六花はおろおろした。
「いえ、ですから私は明日、瑛人様と婚約を――」
「だから、婚約なんてしなくていいんだよ! いや、僕も悪かった。妾に来いなんて言って、おまえが不安になったのも当然だ」
亮介は明らかに勘違いをしている。
六花がずっと断っていたのは、正妻ではなく妾だったからだと思い込んでいるのだ。
たとえ正式な縁談だったとしても、六花は断るつもりだった。
傲慢で自分勝手な亮介はどうにも好きになれない。
だが、本人を前にはっきりと伝えていいものかと
「状況が変わったんだ! 僕は正式にきみに結婚を申し込むよ!」
六花はすう、と息を吸い込んだ。
やはり、亮介を家に入れたのは間違いだった。
とにかく、できるだけ早く出て行ってもらうしかない。
「お断りします」
明確な言葉で断ったはずだった。
だが、
「……伯爵家の跡継ぎからの縁談だよ? 何言ってるの? 僕は普通の人間だし、贅沢もできる、って言ってるだろ!」
「ですから! 私はあなたではなく、瑛人様をお
六花は必死で声を張り上げた。
ようやく真意が伝わったのか、さっと亮介の顔色が変わった。
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