第29話:思わぬ来客

 婚約お披露目パーティーが、いよいよ二日後に差し迫った。

 ここ数日、瑛人あきと六花りっかはパーティーの打ち合わせや確認作業に忙殺ぼうさつされていた。


 仕事に復帰したばかりの瑛人は多忙さに辟易へきえきしたものの、傷の治癒が順調なのが救いだった。

 驚くべきことに胸の傷はほぼ消えていた。

 新しい道具のおかげか、親密さが増したせいか、六花の治癒の効果は目を見張るばかりになった。


「いよいよ明後日あさって、パーティーだな。こんな忙しい日もようやく終わりか……」


 たかが婚約披露パーティーでこの有様だ。結婚式ともなれば、どれほど労力がかかることかと瑛人はため息をつく。


 この夜も瑛人は六花の呪符を傷に当てた。

 今や目をらさないと肌に馴染んだ傷跡が見えくなっているが、痛みはまだ少し残っている。このように長引くのも妖魔の傷の特徴だ。


「傷もほぼ癒えた。おまえのおかげだ」

「もったいないお言葉です……」


 春美に会ってから十日がたち、六花にもようやく自然な笑顔が戻ってきた。

 ひそかに気を揉んでいた瑛人はホッとした。


 だが、まだその表情にかげりが見える。

 瑛人はうつむき加減の六花の手を取り、手の甲に唇を押し当てた。


「あ、瑛人様!?」


 六花の声が裏返る。


 ようやく目を合わせた六花の反応に瑛人は笑む。


「いや、楽しみでな。もうすぐ正式な婚約者と認められる」

「わ、私も……楽しみです」


 頬を赤く染め、恥ずかしそうに口にする六花が愛おしく抱き寄せたくなる。

 もぞりと腰にくすぐったさを感じた瞬間、六花が声を上げた。


「あ、瑛人様、尻尾が!」


 家で気ままに白狐の姿を取るようになった瑛人だったが、自分の感情が露骨に表れるのだけが難点だった。

 白銀の尻尾がすごい勢いでパタパタと上下している。

 上機嫌だと大声で叫んでいるようなものだ。

 顔を赤らめ、口を手で覆ってしまった瑛人を、六花が微笑ましく見つめた。


        *


 翌朝、瑛人は皇都軍の中央本部に出勤した。

 婚約パーティーの前日ということもあり、上司や同僚が祝いの言葉をかけてくれる。


 パーティーのあれやこれやを思うと落ち着かないが、長い休養をとってしまった身としては、たまっている書類や手続きを放っておけない。

 夕刻になり、ようやく一息をついた瑛人のもとに、部下の篠田しのだがやってきた。


「どうした、篠田」

「隊長、お客様です」


 いつも表情を変えない篠田だが、戸惑いが見て取れる。


(面倒な客か……)


「誰だ」

倉品くらしな春美という女学生です。隊長の婚約者の親族だと言っておりますが……」

「……何用だと?」

「婚約者の六花様についてお話があるとのことです」

「応接室に通せ」

「はっ」


 篠田が下がると、瑛人は大きくため息をついた。


「倉品春美……か」


 十日前の出来事がなくても、とてもいい印象はもてない女性だ。

 六花と結婚すれば親族となるが、そもそも倉品家に関わるつもりはなかった。

 六花の受けた仕打ちを知った今では尚更だ。


 結納金がいい手切れ金になる。なんなら、一筆書かせてもいい。

 悪い影響を及ぼしかねない彼らを、六花から遠ざけたかった。

 だが、六花のことで話があると言われれば無視もできない。


小賢こざかしい……いったい何だというのだ)


 書類の束を置き、瑛人は応接室に向かった。

 学校帰りらしき春美がソファから立ち上がる。


「六花がどうした、倉品春美」

「今日は六花の恐ろしいたくらみについてお知らせに参りました」

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