第26話:驚きの再会

 数寄屋橋すきやばしに移動した六花りっかは、二度目の花園亭を堪能していた。

 瑛人あきとのお気に入りだというコーヒーに初挑戦してみたのだ。


「苦い……あ、でも後味はすっきりしてますね。そして香りがいい……」

「気に入ったか?」

「はい! 甘味にも合いますね」

「次は甘味ではなく食事でもいいな。俺はライスカレーが好きだが、辛いものが苦手ならオムレツやサンドイッチもある」

「私……ライスカレーを食べてみたいです」


 実は他の人が頼んでいるのを見て、密かに憧れていたのだ。


「近いうちにまた来よう。来週からは仕事に復帰するからな」


 こうして楽しい約束をできることが六花は嬉しかった。

 明日はどうなるのだろう、という不安が消え去っていく。

 満腹になってカフェを出てしばらく歩くと、瑛人がはたと足を止めた。


「帽子を忘れてきてしまった。カフェに取りに戻るから、ここで待っていてくれ」

「わかりました」


 足早に瑛人が人混みに消えていく。

 道行く人をぼんやりと見つめていた六花は、見覚えのある顔がこちらを見ていることに気づいた。


「春美姉様……?」

「六花!?」


 春美は上半分を結った髪に大きいリボン、袴姿という皇都の女学生そのものの格好をしていた。

 同級生らしき女の子たちから離れ、足早に六花のもとへと来る。


 正面に立った春美がまじまじと見つめてくる。

 既知の視線だ。亮介と同じように、まるで本物かと確かめるような目だ。


「ずいぶん元気そうね。髪も肌もつやつやで……」

「は、はい……」


 皇都にいるというのに、春美に会うと一気に惨めだった里での六花に戻ってしまう。

 六花は前で合わせた手をきゅっと握り、うつむいてしまいそうになるのを何とか堪えた。


「そのワンピース……舶来ものね。すごいレース……」

「ええ。瑛人様が買ってくださって……」


 瑛人の名前を出した瞬間、春美の目がつり上がった。


「へえ。可愛がってもらってるんだ? 獣の貴公子に。噛まれなければいいけど」

「瑛人様はそんなことはなさりません!」


 とげのある言葉に、六花はすぐさま反駁はんぱくした。

 自分の悪口を言われるよりもずっと激しく心が反応する。


 瑛人が話してくれた昔話を思い出す。

 今まできっと、こんな心ない言葉をかけられてきたのだろう。


(瑛人様のことを何も知らないのにひどい……)


「ずいぶん、威勢が良いこと」


 思わぬ反撃を受け、春美はたじろいだ。

 六花が口答えするなど、まっすぐ目を合わせてそらさないなど、初めてのことだった。

 里ではどんな理不尽りふじんな扱いを受けようとも、六花はじっと黙っていたというのに。


「六花!!」


瑛人の声に、六花は振り向いた。

 周囲の人よりも背が高く、白銀の髪をしている瑛人は目立つ。


 瑛人の姿を目にし、六花はホッとした。

 だが、六花のもとへと辿り着く前に、瑛人は女学生たちに囲まれた。


「瑛人様!」

「お久しゅうございます。私のこと、覚えてらっしゃいます?」

「全然顔を見せてくださらなくて寂しかったですわ!」


 春美が女学生たちのはしゃぎっぷりを苦々しく見つめる。


「すまない、婚約者を待たせているんだ」


 瑛人はそう言うと、女学生たちをかきわけるようにして六花のもとへと来た。


「悪かった。待たせたな」


 女学生たちの目が自然と六花に集まる。


「えっ……婚約者ですって!?」

「その方が!?」


 ざわっと女学生たちの間にざわめきが広がった。


「うそ……女性に興味はない、って……」

「縁談はとうぶん懲り懲りだとおっしゃってませんでした?」


 女学生たちは明らかにショックを受けている。

 中には涙ぐむ者もいた。


「特別だからな、六花は」


 瑛人がそっと六花の肩を抱くと、悲鳴のような声が上がった。


「ではな」


 瑛人と連れ立って歩く六花を、女学生たちが恨めしげに見つめる。


「悔しいけれどお似合いね……」

「見たことのない方でしたけれど、どなたかしら?」

「瑛人様の心を射止めるなんてすごいわ……」


 恨めしげに見送る女学生たちから離れ、春美はふたりの後を追った。

 頬をぴくぴくと引きつらせ、般若のごとき表情の春美を、すれ違う人たちが驚いたように見つめる。


「お待ちになって、瑛人様!」


 呼び止められた瑛人が、怪訝けげんそうに振り返る。


「倉品春美だったか。六花の従姉だったな。……俺に何か用か」


 冷ややかな態度にひるみながらも、春美は声を張り上げた。


「あなた、その子が日陰者だとご存知!?」


 六花の顔が引きつるのを見て、春美はほくそ笑んだ。

 やはり、秘密にしていたのだ。


「公爵家の婚約者としてふさわしくないですわ! どこの誰が父親かもしれない女など!」

「どういうことだ、六花。この女は何の話をしている」

「申し訳ございません……」


 六花が震え出すの見て、暗い喜びがわきあがる。

 六花は瑛人にふさわしくない。こんな姫のような扱いを受ける人間ではないのだ。


「母は確かに病死でした。でも、父は知らないのです。皇都で働いていた母は、赤ん坊の私を連れて戻り、決して父の名を口にしなかったのです……」

「その女はあなたを騙して婚約したんですわ! 卑しい素性を隠していたんです!」

「……っ」


 春美の罵倒に耐えきれなかったのか、六花が逃げるように場を離れた。


「六花!」


 瑛人がその後を追う。

 春美は久しぶりに心が晴れ渡るのを実感した。

 おそらく破談になるのも時間の問題だろう。


(私より幸せになろうなんて……絶対に許さないから!)

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