第24話:瑛人の友人と思わぬ再会

「今から紹介するのは古賀こが一哉かずやだ。同い年で、父親の貿易商の仕事を手伝っている。国内外を問わず取引をしていて顔が広い」

「古賀一哉様、ですね」

「気さくな奴だから、すぐ慣れる。俺と違って友人知人がやたらめったらに多い」


 翌日、ふたりは新橋しんばしという皇都屈指の商都に来ていた。

 数寄屋橋すきやばしとは違い、年配の男性の姿が多い。立ち並ぶ店の数は同じくらいだが、商用のものが目立つ。


「やあ、待たせたかな?」


 声をかけてきたのは、片眼鏡をかけたすらりとした青年だ。しゃれた格子柄の上着を羽織っている。

 笑みは柔らかいが、目は猛禽もうきん類のように鋭い。


「久しぶりだな、一哉」


 笑顔を見せた瑛人にこたえるように、青年がさっと帽子を取る。

 やはり待ち合わせた友人、古賀一哉だった。


「どうだ、このモノクル。かっこいいだろう?」


 一哉が片眼鏡から垂れる金の鎖を嬉しそうに揺らせた。


「ほら、耳にもカフス!」


 一哉がぐっと顔を近づけ、耳につけた銀色のカフスを瑛人に見せびらかす。

 こんなにも装飾品をつけている男性は初めてで、六花は圧倒された。


「久しぶりに会っていきなり持ち物自慢か。六花、これが古賀一哉だ」

「おお、これは失礼した! 初めまして六花嬢、瑛人の一番の親友、古賀一哉。古賀一哉です!」

「名前を連呼れんこするな、鬱陶うっとうしい」


 苦々しい口調と表情の中に、親しみが込められている。

 本当に仲がいいようだ。


 一哉も瑛人と同じくらいの長身だが、雰囲気がやわらかくニコニコと笑っているせいか、圧迫感がない。

 ただ、時折見せる目線の鋭さが、油断のならない相手と思わせる。

 二十代前半にして、一哉は凄腕の商人の雰囲気を既にただよわせていた。


「いや、それにしても美しいお嬢さんだ。黒曜石のような瞳に吸い込まれそうですね!」


 歯の浮くような世辞せじに、六花はたじろいだ。

 容姿を誉められることなど今まで一度もなかったせいもある。


「唇の赤い紅もよくお似合いです」

「あ、ありがとうございます」


 今日は瑛人に恥をかかせないようにと、鞠子まりこに勧められた紅をつけているのだ。

 気づいてもらえて嬉しかった。

 会って間もないというのに、六花は一哉のペースに自然と引き込まれている。


「そうか……いつもと顔が違うと思ったら、口紅をつけていたのか……」


 感心したように言う瑛人に、一哉が呆れ顔になった。


「ああ。本当に無骨ぶこつな男だな、おまえは。どうですか、六花さん。僕に乗り換えるというのは。爵位こそないですが、古賀商会といえば、皇都一の貿易商で」

「冗談でもやめろ」


 瑛人が容赦なく一哉の頭をはたく。


「いてっ! 野蛮だな……軍人というものは……」


 やれやれと肩をすくめる一哉を瑛人がにらむ。


「おまえの自慢のモノクル、片手で握りつぶしてやろうか」

「やめたまえよ。羨ましいのならば、同じものを作らせるから」

「いらん!」


 一哉が笑顔のまま、さっと六花の方を向く。


「六花さんは華やかな顔立ちだから、洋装がとてもよく映えますね! 今日会った記念に僕からドレスをプレゼントさせてください」

「余計なことをするな!」

「なんだ、ヤキモチか? 僕の選んだドレスを着る六花さんを見たくないのか? いだだだだ……!」


 思い切り頬をひねられ、一哉がたまらず悲鳴を上げる。

 六花はふたりのじゃれ合いに、思わずふきだしてしまった。

 こんな子どものような瑛人を見るのは初めてだ。


「おお、なんと薔薇を思わせる華麗な笑み! 薔薇はご存知ですか? よければ花束にして届けますが?」

「いらん、と言っているだろうが!」

「あー、男の嫉妬はみっともないよ、瑛人。おっと」


 伸ばされた手を、今度はさっとけてみせる。

 軍人ではないにしても、何らかの体術を体得していると思わせる動きだった。

 難なく瑛人の手から逃れた一哉が、六花に体を寄せる。


「いや、お会いできてよかった! 親友の婚約者には一足先にお目にかかりたくて無理を言ってしまった。やはりドレスを贈らせてくださ――殺されそうだからやめておきますね。今度何か埋め合わせをさせてください」


 一哉がさっと帽子をかぶり直す。


「なんだ、おまえ。もう行くのか」

「すまない。実は人と会う約束があってね。この時間しかいておらず――僕ともっと一緒にいたい気持ちはわかるが諦めてくれたまえ」


 顔をしかめた瑛人を嬉しそうに見た一哉が、六花の方を向いた。


「そうそう、確か六花さんは北里きたざと出身だとか」

「はい、そうです」


 久しぶりに聞く故郷の名前に、六花は少し驚いた。


「奇遇ですね。今日会う男も北里出身なんです。皇都で商売を始めたいからと、僕のところに話が来てね。ああ、彼だ。伯爵家の人らしいが、知っているかい?」


 黒の外套がいとうを羽織った洋装の男性が歩いてくる。


「えっ……?」


 六花は目を疑った。

 こちらに歩いてきたのは、朝倉あさくら亮介りょうすけだった。


「六花……?」


 亮介も予想していなかったのか、愕然としている。

 目を見開いて凝視され、六花は思わず目をそらせた。


「おまえ、本当に六花か……?」


 いつもみすぼらしい着物姿だった六花の、艶やかなワンピース姿に同一人物だと思えなかったらしい。

 頭の天辺からつま先までじろじろと見られ、六花は居心地悪くなった。


「嘘だろ……」


 目を見張りながら、亮介が手を伸ばしてきた。

 突然のことに固まってしまった六花の肩が、ぐいっと後ろに引かれる。

 あっと思う間もなく、六花は瑛人の腕の中にいた。


「触るな。俺の婚約者だ」

「お、俺の方が先に――」

「先に、なんだ」


 冷ややかな眼差しに、亮介がぐっと詰まる。


「おまえが妾にしようとしつこく六花に言い寄っていたのは聞いている。きっぱり断られたこともな」

「……っ」


 亮介はぐうの音もでない。

 悔しそうにただ瑛人を睨む。

 険悪な雰囲気を打ち破ったのは一哉だった。


「さ、朝倉さん、打ち合わせに来たんでしょう? 取引相手をお待たせするつもりですか?」


 一哉の言葉に呪縛が解けたように、亮介がハッとなった。


「さあ、急いで」


 一哉が自然な仕草で背中に手を添え、亮介の向きをそっと変える。

 そのまま背を押すと、亮介は大人しく歩き出した。


 呆然と見送る六花に、振り返った一哉が片目をつぶってきた。

 鮮やかなあしらいぶりだった。


 ふたりの姿が人混みに消え、六花はようやく息をついた。

 亮介のあの熱っぽい目や伸ばしてきた手を思い出し腕をさする。鳥肌が立っていた。


「大丈夫か」


 心配げに顔を覗き込んでくる瑛人に笑顔を向ける。


「はい。瑛人様が守ってくださったので」

「当然だ。行くぞ。そうだな。数寄屋橋に移動してカフェにいくか。甘味を食べよう」


 気遣うようにそっと肩を抱かれ、六花は歩き出した。

 瑛人の手が触れているのを感じるだけで、これまで感じたことのない安堵を覚える。

 守られていると実感できる。

 六花は気を取り直し、顔を上げた。

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