第21話:公爵家へ

 翌日、洋装に身を包んだ瑛人あきと六花りっかは馬車で公爵家に向かった。


「ご両親に結婚を許可してもらえるでしょうか……?」


 今更ながら不安になる。

 自分が公爵家の一員にふさわしいとはとても思えない。


「両親がおまえを勧めてきたんだぞ。心配するな。ただ、直接会ってないから、顔見せにいくだけだ」

「はい……!」

「おまえの両親は亡くなっているのだったな?」


 六花はどきりとした。


「はい……」

「会えなくて残念だ。そうなると、叔母夫妻がおまえの親代わりか。顔はもう合わせているから、報告だけでいいな」


 あまり叔母一家と関わりたくないようで、瑛人は素っ気なく言った。

 だが、六花はそれどころではなかった。

 心臓の鼓動が早くなる。


(私、嘘をついている……父のことを全然知らないのに。こんなによくしてくれているのに)


 不安が顔に出たのか、瑛人が抱き寄せてくる。

 こつんと六花の頭が瑛人の胸に載せられた。


「緊張しているのか? 大丈夫だ。俺がついている」

「はい……」


 六花は罪悪感いっぱいでうつむいた。


(いつか……どこかでお話ししなくちゃ)


 馬車で三十分ほどで公爵邸についた。


「あの、これが全部敷地ですか……?」


 見上げるような立派な門の奥に、小さく公爵邸が見える。

 塀に囲まれた敷地は、とてもすべてを把握はあくできない。


「ああ。奥の森も全部だ。俺も隅々すみずみまでは知らない」


 瑛人があっさり言う。

 玄関を開けると、着物姿の公爵夫妻が迎えてくれた。


「まあ、ようこそ、六花さん!」


 笑顔で小柄な夫人が駆け寄ってくる。

「まあ、可愛らしい方ね! 瑛人の母の香澄かすみです」

「おまえ、いきなり抱きついたりして、六花さんが驚いているじゃないか」


 抱きしめられてどぎまぎしている六花に、背の高い男性が笑顔を見せる。


「瑛人の父の博人ひろとです。初めまして、六花さん」

「初めまして。氷室六花です。今日は突然の申し出にもかかわらず、お招きいただきありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はなしでいこう。家族になるんだから」

「女の子がいると、ぱっと場が明るくなるわね。こちらにいらして、六花さん」


 六花たちは応接室へと迎え入れられた。


「わあ……」


 瑛人の家とはまるで違う重厚な作りだった。

 壁にはずらりと絵画が並べられている。

 ソファに腰掛けた瑛人は、すぐさま本題に入った。


「改めて六花と正式に婚約をするので挨拶に来た」


 祥吾から話を聞いていた公爵夫妻は笑顔でうなずく。


「おめでとう、瑛人。六花さん」


 香澄が手を合わせて涙ぐんだ。


「あ、ありがとうございます」


 嫌な顔をされるのも覚悟していた六花は、思わぬ温かい歓待に驚いた。


「では、六花さん。瑛人との結婚話を進めていいね?」

「はい」


 博人の問いにはっきりと答える。


「わあ、じゃあさっそくパーティーの準備をしなくちゃ!」


 香澄がはしゃいだ声を上げる。


「パーティーですか……?」


 戸惑とまどう六花に瑛人が説明をしてくれる。


「慣例でな。貴族は婚約のときにお披露目のパーティーをする。嫌か?」

「い、いえ」


 注目を浴びるのは得意ではない。

 だが、香澄たちの嬉しそうな顔に後押しされ、六花はうなずいた。


(それに――認められたい)


 六花はかたわらの瑛人を見上げた。


(彼の婚約者だと)


「じゃあ、パーティーのことは任せた」


 立ち上がろうとした瑛人あきとに、博人ひろとが慌てて手を振る。


「そんなに急いで帰らなくても。今は休養中なんだろう? それにおまえに少し話がある」

六花りっかさん、せっかくだからお庭を少し見ていかない? 中庭に噴水があるのよ!」


 気を利かせた香澄かすみが、そっと六花の手を取る。

 不安げに見る六花に、瑛人がうなずいてみせる。


「俺は父と少し話をしていく。その間、庭を楽しんでくれ」

「はい……」

「こちらよ、いらして。サンルームから直接中庭に出られるのよ」


 軽やかな足取りの香澄に手を取られ、六花は後に続いた。

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