第17話:呪符の買い物

「あ――」


 翌朝、机を見た六花りっかは呪符の紙をきらしていることを思い出した。

 もっと枚数があったと勘違いしてしまっていた。

 昨晩、瑛人に相談するはずが、思いがけない話になり、すっかり言い出すのを忘れてしまった。


(ああ、買い物を頼まなくてはならないなんて……)


 六花がいるからくつろげない、と言われたのだ。

 そんな自分が図々ずうずうしくものをねだるなんて、と六花は意気消沈した。

 だが、治癒の術のために必要だと心をふるい立たせる。

 朝食の席で、六花は思い切って瑛人に声をかけた。


「あの、呪符の紙がなくなってしまって……買い足したいのですが」


 すると、瑛人の顔が思いがけずパッと明るくなった。


「そうか! ではさっそく今日に買いにいくか?」

「えっ、ええ。お願いします」


 思わぬ反応に驚いたものの、妙に嬉しげな瑛人の姿に安堵したのも事実だ。

 自分の立場を考えれば、もっと邪険にされていてもおかしくない。


 朝食を終えると、六花は部屋で着替えた。

 久しぶりの数寄屋橋すきやばしだ。

 皇都有数の華やかな街に恥ずかしくないよう、六花は買ってもらった桜色のワンピースを身につけた。


 今日の瑛人はおろしたての白いシャツに紺のジャケットを羽織り、胸元には目と同じ金の留め具がついたループタイを付けている。

 口数は少ないが、上機嫌なのがやわらかい表情でわかる。


(買い物に行くのが楽しみなのかしら……)


 瑛人の心を測りかね、六花はちらちらと様子をうかがった。 

 数寄屋橋に着くと、瑛人が颯爽と店へと案内する。


「文房具ならこの店がいいと、祥吾しょうごから聞いた」

「あ――」


 看板にはマルヨシ文具と書かれている。

 以前、思わず見とれたガラス張りの店だった。

 呆然としていた六花は、躊躇ためらうことなく入店する瑛人のあとを慌ててついていった。


「わ……あ……」


 ゆったりした店内は、まさに色の洪水だった。

 壁に置かれた棚には色とりどりの紙が並べられている。

 封筒や便せん、ノート、色紙――多種多様な紙類に目移りする。

 更に奥にはペンなどの筆記具が並べられたショーケースもある。


「好きなものを選べ。俺にはわからない」

「は、はい!」


 呪符は極端なことを言えば、紙と筆記具があれば作れる。

 だが、気に入った紙を使用することが効果と比例すると気づいたとき、なるべく自分がピンときた紙を選ぶようになった。

 数え切れないほどの紙を前に、六花は感覚をぎ澄ませた。

 傍らの瑛人が興味深そうに見つめる視線にどぎまぎしながら、六花は一枚一枚紙を見ていく。


「……!」


 ぱっと目に飛び込んできた真っ白い紙を手に取る。

 光を当てると銀色の花びらが舞う模様が浮き上がり、まるで雪のように美しい。


(瑛人様の髪色に似ている……)


 この紙しかない、と思った。


「あ、あの、これを買いたいです」

「わかった」


 瑛人が会計をしている傍らで、六花はショーケースに並べられた万年筆に目をやった。


(叔父様が持っていた……舶来ものだと自慢していたっけ……)


 幸造が得意げに見せびらかした理由がわかった。

 つけられた値札の額に、六花は息を呑んだ。


(私なら、一年かかってもかせげない額だ……)


 だが、見るだけなら問題ないらだろう、と六花はまじまじと万年筆を見つめた。


「綺麗……」


 持ち手の部分が美しく見飽きない。波打つ模様や三色混ざっていたりと様々だ。


「万年筆か」


 背後から声をかけられ、六花は飛び上がるほど驚いた。

 会計を終えた瑛人が肩越しに覗き込んでいた。


「どれが欲しい? 買ってやる」

「そんな! こんな高価なもの!」


 うろたえる六花を、瑛人が不思議そうに見つめてくる。


「万年筆なら呪符にも使えるだろう。遠慮するな」

「あ……」


 ずっと筆で書いていたので、万年筆で書くという発想がなかった。


(いいかもしれない……)


 いくら集中して呪符を作っても、治癒の効果は上がらなかった。

 使う道具を変えてみるいい機会かもしれない。


「で、では、この白銀の万年筆がいいです……」


 どうしても目が惹きつけられるのは、印象的な瑛人の髪色と同じ白銀だ。

 瑛人がすぐさま店員を呼んで申しつける。


「では、さっそく今晩、これで新しい呪符を作ってくれるか」

「はい!」


 言われるまでもない。

 あの美しい紙に新しい万年筆で書く――想像するだけでわくわくする。

 こんなに呪符作りが楽しみになったのは初めてだった。

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