第15話:白狐憑き

 突然の問いに、六花りっかは息を止めた。

 心当たりは痛いほどある。

 父無し子、日陰者であることを、瑛人あきとに隠しているのだ。

 絶対に言うな、と詰め寄ってきた夏恵なつえの顔が浮かんだ。


「い、いえ隠し事など……」


 六花はうつむいてしまう。


「まあ、いい。話したくなったら話せ」


 六花の態度から、隠し事をしているのはバレてしまっている。

 手が震えるのを六花は必死でこらえた。


「顔を上げろ。俺のことが知りたいのだろう?」


 六花はハッとした。

 そうだ。傷を治したいと、治癒をするために尋ねたのだった。


「だいぶ横道にそれてしまったな。いいぞ、何でも聞け」


 軽く手を振る瑛人を見つめる。

 何を――何から聞けばいいのだろう。


 白銀の髪に金色の目――六花はこの美しい青年の別名を思い出した。

 まったく根も葉もない噂なのか、それとも自分が知らないだけなのか確かめたい。


「自分の目で確かめろ、と言われましたよね」

「ああ」

「あの、瑛人様は白狐憑きだとうかがいました」

「……」

「で、でも、全然、その、あの、狐っぽくというか……」

「獣っぽくないか」


 片方の唇がつりあがる。

 皮肉っぽい笑みに、話題を間違えただろうかと焦る。

 瑛人が乱暴に髪をかく。


「……鍛錬たんれんしてな。普段は出さないようにしている」


 自分から聞いたというのに、六花はびくりとした。


「白狐憑きだと知っていても、人は驚くからな。獣の耳や尻尾を生やしていると」


 その口ぶりから、獣の姿にはなるらしい。


「あの、いつから……」

「この髪と同じく、生まれたときからだ。ウチの家系では稀に……百年に一度くらいの割合で白狐憑きが生まれる。祖先が白狐を祀って守護神にしていたらしい」


 瑛人が遠い目になる。


「白狐といっても、完全に獣の姿になるわけじゃない。呪力が顕現けんげんした耳と尻尾が出るくらいで……ああ、この犬歯はもともとだ。牙じゃない」


 ちら、と口を開けて歯を見せてくれる。

 白い綺麗な犬歯けんしが少し尖っている。

口を開けて歯を見せる様子がなんともなまめかしく、六花は顔を赤らめて目をそらせてしまう。


「子どもの頃は、ずいぶんからかわれたものだ。奇異の目を向けられるくらいはマシな方で、石を投げられたこともあった」

「そんな……!」

「人は異形に対して警戒心を持つからな。まあ、仕方のないことだ」


 瑛人が小さく嘆息し、首を傾げた。

 その動きに合わせて、さらりと長い髪が肩の上を滑っていく。


「髪……綺麗ですよね」


 思わず口にしてしまう。


「ああ、これか」


 瑛人が長い髪を無造作につかむ。


「髪は呪力を貯めるのに適しているからな。昔から伸ばしている」


 手を放すと、滑るように白銀の髪が揺れる。

 一陣の風のような一連の仕草に、ただただ見とれてしまう。


 なぜこんなにも、目を奪われるのだろう。

 一挙手一投足から目を離せない。


「普段は耳と尻尾は出さないようにしている。出すのは――」


 すっと長い人差し指がたてられる。


「呪力を解放するとき。主に妖魔と戦うときだな」


 血まみれで笑いながら戦う獣――そう言ったのは春美だったか。

 長い睫毛が陰を作り、ゆっくり目が閉じられる。


「呪力を解放すると、鎖から解き放たれたように自由を感じる。妖魔相手に手加減する必要もない。俺には……本当にぴったりの仕事だ」


 瑛人が挑戦的に微笑んだ。


「俺が恐ろしいか?」

「えっ、いえ、あの」


 あまりに美しくて、この世のものとは思えなくて見とれていました、とは言えず、六花は口ごもった。


「女性は俺を遠巻きにして、いつもひそひそやっている。近づくのが嫌なのだろう」

「それは――」


 あまりに神々しすぎて、気圧けおされているだけなのでは――と六花は思った。


「では、戦っているときだけなのですか? 白狐の姿でいるのは」


 ゆっくり首が横に振られる。


「いいや。あとは家でくつろいでいる時だ。誰の目もないしな」

「……!」


 六花は驚いた。

 もうこの家に来て七日がたつのに、一度も獣の姿を見ていない。


「申し訳ございません」


 いきなり頭を下げられて、瑛人が意外そうな表情になる。


「何がだ?」

「私がいるから……家でくつろげない、ということですね」

「いや……」


 珍しく瑛人が口ごもる。


「気にするな」


 六花は無言でうなだれるしかなかった。

 獣の姿を見せていないのは、自分のせいだったのだ。

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