第13話:違和感
瑛人は皆が思うより
久しぶりの数寄屋橋だったが、存外楽しかった。
女性の服を選ぶのも悪くない。
新しい服を身につけるたび、
(だが――どうにも引っかかる)
初めて会ったときから、六花はおどおどして目もろくに合わせなかった。
最初は無理もない、とも思った。
突然の縁談に、相手はよりにもよって
箱入り娘には荷が重いだろう。
そのうえ、亡き母からさんざ
縁談を
自分や皇都のことなど何も知らない
(だから――つい迫ってしまった。自分の目で確かめないのならば、納得いかないと)
焦りも少なからずあった。
妖魔から負った傷は思いのほか深く、日常生活に差し障るほどの痛みを瑛人にもたらした。
皇都にも治癒師はいる。だが、ほとんどが誰かの専属で、なかなか
今後も仕事を続けていくにあたり、治癒師を妻にすればいいという両親の言葉につい乗ってしまった。
いずれ身を固めるなら、それも悪くないと思ったのは事実だ。
両親がようやく探し当てた貴重な治癒師だったので、急な縁談の運びとなってしまった。
(だが、悪くないと思ったのだ……)
怯えた様子を見せるものの、六花はきちんと相手に向き合って話そうとする少女だった。
まだ自分の芯がなく、揺れることも多いのだろうが、それは今後少しずつ成長していけばいい。
だが、違和感は
聞いた話では、不幸なことに両親ともに早くに亡くしたものの、本人はいたって健康で、叔母一家のもとで暮らしているとのことだった。
子爵家という血筋、そして叔母の家は里で一番の地主という家柄だ。
貴重な治癒の能力をもち、大事にされながら優雅に暮らしている令嬢、と思っていた。
実際、叔母の
屋敷も貴族の邸宅並みに広く、暮らしぶりが豊かだとすぐにわかった。
(なのに、なぜあんなに持ち物が少ないんだ?)
貴族の娘が引っ越すともなれば、馬車が三台は必要だと聞いていた。
服や身の回りのもの、お気に入りの家具を持参するならそれくらいになる。
だが、六花が手にしたのは風呂敷包みたった一つで、思わず目を疑った。
荷物はそれだけかと尋ねると、六花は当然のように頷いた。
(最初は何の冗談かと思った。平民の娘でも、もっと荷物は多いだろうに……)
家に着いても六花は
美味しそうに朝食を食べる姿から、食事を楽しめるのは間違いないのに。
服を買い与えると、遠慮がちに喜んでいた。
こちらが望んで縁談を申し込んでいるのに、なぜそんなにも恐縮するのか。
何かがおかしい。
違和感は
(何か……隠し事をしているのか?)
悠然としているせいか、人の心の
令嬢らしからぬ、
貴族の娘ではないのに、公爵家へ嫁がせるために身分を
少なくとも、公的な書類ではそうなっている。さすがに田舎の地主に戸籍の偽造は無理だろう。
(間違いなく子爵家の令嬢――では考えられることは一つ)
世話になっている叔母一家が彼女を軽く扱っていたのかもしれない。
そう考えると、極端に持ち物が少ないことも、あのおどおどした態度も説明がつく。
(いずれ……話してほしいものだが)
瑛人の想像が正しければ、六花はつらい生活を送っていたことになる。子爵とはいえ貴族の令嬢にそれを話せというのは
ようやく、笑顔を見せてくれるようになったばかりなのだ。
おどおどとしている六花だったが、目を輝かせた瞬間が焼き付いている。
一つは文房具店の前を通ったとき。
もう一つはカフェで甘味を食べたときだ。
年頃の娘らしい、好奇と喜びを素直に見せる六花は、ぱっと花開くような愛らしさに満ちており、思わず目を奪われた。
カフェでひとり過ごすひとときは瑛人の大事な気晴らしだったが、六花ならば一緒でも構わないとさえ思えた。
(そう、控え目なせいか、気に
(自然とそこにいる……)
ひとりでくつろぐことを好む瑛人にとって、実家の公爵家での生活は快適とは言いがたいものだった。
二十人を越える使用人たちが常に忙しそうに働き、来客も
高等学校を卒業し、軍学校に入学したのを機に、瑛人は別宅で一人暮らしを始めた。
使用人は最低限の二人。
生まれたときから面倒を見てくれている
軍学校で鍛えられ、身の回りのことは一通り自分でできる瑛人には、通いの二人で充分だった。
それから四年間、一人暮らしを満喫した。
静かで誰にも
素の自分を存分に出せる気楽さにどっぶりと
だが、先月の大怪我をきっかけに、親が探してきたのが六花だった。
治癒が必要だった瑛人は、これも縁かと腹をくくった。
だが、六花のいる生活は、想像していたよりもずっと心地よかった。
(六花ならば……一緒にいるのも悪くない)
まだ会って間もない相手だが、自然とそう思えた。
「瑛人様、よろしいですか」
「ああ、入れ」
ドアがノックされ、
「デパートからお荷物が届いておりますが……」
「六花の服だ。後で部屋に届けておいてくれ」
「かしこまりました」
「なんだ……?」
瑛人はめざとく祥吾の表情の変化に気づいた。
「何をニヤけているんだ」
「いえ、ニヤけているのは若様の方かと。数寄屋橋からお帰りになられてから、ずっと上機嫌ですね」
「別に機嫌など……! パフェがうまかっただけだ!」
「花園亭ですか。とっておきの場所に六花様を連れていかれたのですね」
笑いを含んだ声音だった。
「悪いか」
「いえ、とんでもない。楽しそうで私も嬉しいです」
「二人きりなんだから、そのかしこまった言い方をやめろ。若様も、だ」
「とんでもございません。私は瑛人様の
「……ったく。
幼い頃からずっとそばにいる祥吾を、瑛人はどこか友人のように思っている。
初めて会ったとき、お互い主従の関係とは知らず、無邪気に遊んだ。
そのときの楽しい記憶が根っこにあるからかもしれない。
だが、
瑛人はそれが少し寂しい。
「では、お品ものを六花様の部屋に届けて参ります。きっとお喜びになるでしょう」
「ああ」
箱を開けた六花の輝くような表情を想像すると、口の端が上がる。
確かに自分は少し浮かれているのかもしれない。
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