第12話:行きつけのカフェ

「少し疲れたな。ちょっと休むか」

「はい!」


 あまりにもたくさんの物を見たうえ、試着をしてすっかり疲弊していた六花りっか瑛人あきとの申し出に一も二もなくうなずいた。


「気に入りのカフェがある。そこでいいか?」

「はい」


 椅子に腰掛けて一息つければどこでもよかった。

 カフェに行く道すがら、六花の目はある店に吸い寄せられた。

 マルヨシ文具、と看板が出ている店だ。


(わあ……)


 ガラス張りの店内に、色とりどりの紙やペンが並んでいるのが見える。

 六花は一瞬で目を奪われた。


(すごい……こんなに種類があるの!?)

(なんて綺麗!!)


 いつしか六花は足を止め、店を覗き込んでいた。


「どうした。入ってみるか?」


 背後から声をかけられ、六花はハッと振り返った。


「えっ、いえっ、大丈夫です!」


 慌てて首を振る。

 手持ちのお金はとぼしい。瑛人は自分が買うと申し出てくれるかもしれないが、さきほど散財させてしまったばかりだ。


(落ち着いたら、呪符の仕事をさせてもらえないか聞いてみよう……)


 収入がなくては、最低限必要なものすら買えない。


「ここだ」


 瑛人が足を止めたのは、洋風の一軒家だった。

 色硝子いろがらすで花が描かれた窓が印象的だ。

 花園亭、と書かれた銅板が店の軒先に吊るされている。

 瑛人に続いて、ドキドキしながら六花は店内に足を踏み入れた。


「わあ……」


 里にある茶屋とはまるで違う、洒落た空間がそこにはあった。

 テーブルの上には小さな花が飾られ、店のあちこちに花をモチーフにした小物が置かれている。

 やわらかく光るランプですら、六花の目を楽しませた。

 瑛人は迷うことなく店の奥の窓際まどぎわのテーブルに着く。

 どうやら気に入りの席らしい。


「俺はコーヒーとパフェ。おまえは何がいい?」


 よく来るのか、瑛人はメニューも見もしない。


「ええっと……」


 六花は慌ててメニューに目を落とすが、馴染なじみのない言葉の羅列に目がすべってしまう。


(ど、どうしよう……何が無難なんだろう)


 六花の戸惑いに気づいたのか、瑛人が声をかけてきた。


「おまえ、コーヒーは飲めるのか」


 六花は首を振った。


「カフェは初めてで……」

「そうか。なら紅茶の方が飲みやすいだろう。甘味は好きか」

「好きです……っ」


 甘味と聞いてパッと浮かんだのはお団子だ。

 滅多に食べさせてもらえないこともあり、食べるときは天にも昇る心地になった。

 即答した六花がおかしかったのか、瑛人の口元がゆるんだ。


「あ、でも……あまり食べたことがなくて……」

「なら、俺と同じものにしろ。パフェがいい。果物、生クリーム、アイスクリーム、焼き菓子、全部入っている」

「は、はい!」


 六花はホッとして頷いた。

 とにかく無事に注文できたことに胸をなで下ろす。

 ようやく落ち着いた六花は、周囲を見回す余裕ができた。

 店内は若い女の子たちでいっぱいだった。

 皆、とても楽しそうに見たことのない甘味をつついている。


「お待たせいたしました」


 白いエプロンをつけたカフェの店員が目の前にティーカップを置いてくれる。

金で縁取りをされた花柄の優美なカップにまず目を奪われる。


(いい香りがする……)


「こちら、パフェになります」


 目の前にそびえたつ硝子ガラスの器に盛られた甘味に、六花は釘付けになった。


「えっ、お、大きい!」


 思わず声を上げてしまい、六花は慌てて口に手を当てた。


「こちら上から生クリームとイチゴ、ウェハースが飾られています。その下にはバニラアイス、チョコレートクリーム、くだいたクッキーが入っています」


 店員の説明に、六花は目を丸くした。

 硝子の器に入った見目麗みめうるわしい甘味は、まるで芸術品のようだ。


「じゃあ、食べるか」


 瑛人が慣れた手つきでクリームをすくう。

 六花も長いスプーンを手に取り、同じようにクリームをすくって口に運んだ。


「……っ!」


 ひんやりとした甘さが口いっぱいに広がる。


「うまいか」


 六花のとろけるような表情に、瑛人がフッと微笑んだ。

 瑛人は微笑むと、ずいぶんと柔らかい雰囲気になる。

 あまりに整った顔立ちに、見つめられるとつい緊張してしまうのだが、甘味を味わう瑛人はいつもよりずっと砕けた雰囲気になっていた。

 自然と緊張がほぐれる。

 六花はイチゴやウェハース、アイスクリームと次々と堪能たんのうした。


「すごく美味しいです! 甘くて冷たくて……素晴らしいです!」

「気に入ったか? また連れてきてやる」

「あ、ありがとうございます」


 六花は優しい言葉に感激した。

 こんなに大事にしてもらっていいのだろうか。


「ね、あの方、すごく素敵ね」

「ほんと、なんて美しいの」


 周囲の女の子たちのひそひそ声が耳に入る。

 ハッと店内を見回すと、女の子たちが皆うっとりと瑛人を見ている。


(確かに食べている姿もとても優美……)


 スプーンを口に運ぶ仕草がとてもなまめかしい。


(それなのに、私ときたら無我夢中で食べて……)


 だが、あまりのおいしさに手はとまらず、六花はあっさり完食した。

 かぐわしい香りのする紅茶を飲むと、口の中がスッキリする。


(ああ、私今、すごく幸せだ……)


「悪くないだろう、皇都も」


 まるで六花の心を読んだかのように、瑛人が話しかけてくる。


「は、はい! 何もかもとても素敵です!」


  心からの言葉だった。

 六花の『皇都は危険な場所だから行きたくない』という言葉を覚えていて、安心させ楽しませるために連れてきてくれたのだ。

 目に映るすべてに夢中だった六花は、母の言葉をすっかり忘れていた。

 眠気ねむけを誘うような穏やかな空気に包まれながら、六花は不思議に思った。


(お母さんは何をそんなに怖がっていたのだろう……)

(ちゃんと聞いておけばよかった……)

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