第8話:瑛人の邸宅
昼過ぎに
もっていく荷物は風呂敷包み一つだけだったので、
大勢の人に見送られ里を後にしたが寂しさは感じない。
里に本当の意味での居場所などなかったからだ。
夜になり、六花たちを乗せた馬車はようやく皇都に到着した。
車窓からは見上げるような大きな門が見える。
「ここが俺の屋敷だ。疲れただろう。すぐに
「改めまして、六花様。瑛人様の
丁寧に挨拶をされ、六花は慌てて頭を下げた。
「はいっ、こちらこそ!」
「足元に気をつけろ。手を貸せ」
目の前には二階建ての洋館がそびえたつ。
「わあ……」
夜目にも、美しい装飾がされているのがわかる。
玄関に飾られたランプ一つとっても、精緻な作りで見とれてしまう。
洋館といえば、
扉を開けて中に入ると、広々とした玄関ホールが広がった。
壁面に飾られた燭台、絵画、鏡、
屋敷内はしんと静まり返っていた。
公爵邸ということで、大勢の使用人たちが働いていると想像していた六花は静寂さに驚いた。
「あ、あの……」
「なんだ」
「瑛人様のご両親は……」
ご挨拶をせねば、と勇んだが、瑛人は首を振った。
「ここは俺の家だ。両親がいるのは郊外の公爵邸だ」
道理で静かなはずだ。
「使用人も祥吾と通いの手伝いが一人だけだ」
「そ、そうなんですか……」
公爵家といえば大豪邸で使用人も何十人もいるはず、と気負っていたので、叔父宅よりも静かな家にホッとする。
だが、六花のため息を別の意味で
「公爵家、ということで期待していたのに、こじんまりしていて拍子抜けか? 一人で住むには手頃な広さだが……」
「い、いえ! とんでもございません!」
六花は慌てて手を振った。
「その……人が少ない方が落ち着くので……」
失礼な言い方だったかと表情を伺ったが、瑛人はむしろ機嫌が良さそうだった。
「ならいい。
六花はうつむいた。
瑛人は六花が子爵家出身の令嬢で、叔父の里長の家で優雅に育ったと思っている。
だが、六花は使用人同然の扱いをされ、狭い小屋で暮らしていた。
(こんなこと、とても言い出せない……)
(日陰者だとバレてしまう! 公爵家にふさわしくないと、追い返されるかもしれない)
「六花様のお部屋の準備が整いました」
祥吾が二階から下りてくる。
「お二階にどうぞ。ご案内します」
「あ、はい……!」
六花は風呂敷包みを手に、そろそろと二階への階段を上がった。
(一人で住むには……ということは、結婚を想定していなかった?)
(女嫌いで、花嫁候補たちを次々と
(じゃあ私もすぐに追い出されてしまうのかも――)
不安が胸に渦巻く。
(ううん、それも
六花の部屋は二階の一番奥にあった。
「南向きなので
扉を開けると、六畳くらいの洋室だった。ベッドと戸棚、小さなテーブルと椅子が置かれている。
「もともとは客間用の部屋だったんですが、特に泊まられる方もいないので遊ばせていたんです。少々狭いかもしれませんが……」
「いえっ、充分です!」
清潔感あふれる部屋で、とても落ち着けそうだ。
「壁の引き戸は洋風の押し入れ、クローゼットになっていますので、お荷物はこちらへ。着物用に
「は、はい……!」
クローゼットは広く、所持品の少ない六花にはもったいないほどだ。
「では、何か足りないものなどありましたら、遠慮無くお申し付けください」
「ありがとうございます!」
六花が言うと、祥吾がふっと笑みを浮かべた。
初めて会う男性だったが、物腰が柔らかく話しやすかった。
これからよく顔を合わせるであろう側仕えの男性が優しそうで六花はホッとした。
さっそく羽織を脱ぎ、荷物を戸棚とクローゼットに直す。
洋館だったが、特別仕様なのか
ほのかのな木香にくつろぎ、六花はゆったりと湯船に浸かった。
湯の温かさが心地良く、体が緩むのがわかる。
いつも一番最後に慌ただしく、冷えた風呂に入っていたのが嘘のようだ。
上部にある小窓からは夜空が見える。
なんてめまぐるしい一日だったのだろう。
(皇都にいるなんて信じられない……)
風呂を出て寝間着の浴衣に着替えていると、ドアがノックされた。
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