第6話:代わりの花嫁
「
「おまえに断る資格なんかないんですよ!」
血相を変えた叔父夫婦の剣幕に、六花は体を縮ませた。
「で、でも、母の……遺言なんです。皇都は危険だから、絶対に行くな、と……」
「まだ言うか!」
耐えかねたのか、
(殴られる!)
衝撃に備えて体を
おそるおそる開けた六花の目に、夏恵の手首をしっかとつかんでいる
「やめろ、俺の婚約者だ」
「あ……」
夏恵がおろおろしたように、六花と瑛人を交互に見る。
「も、申し訳ございません!
床に頭をすりつけながら、夏恵が横目で
鬼女を思わせる形相に、六花は震え上がった。
(私……とんでもないことを言ってしまったのでは……)
だが、瑛人の声は穏やかだった。
「嫌がる者を無理矢理引きずって連れていく気はない。余計な真似はするな」
「は、はいっ。出過ぎた真似を……」
夏恵が畳に頭をこすりつけ
あの気の強い叔母が、自分の子どもほどの若い瑛人を相手に、恐れおののいている。
信じがたい光景だった。
「瑛人様! あのっ、私どもの娘はいかがでしょう!?」
叔父の
「こちらの
幸造は興奮気味に六花の隣に座る春美を手で差した。
「六花の従姉で年も同じくらいですし、このとおり美しい娘で、習い事もたくさんさせて、公爵家に嫁いでも恥ずかしくない教養もあります! 六花なんかよりふさわしいかと!」
夫の提案に、夏恵ががばっと顔を上げた。
「春美を……?」
もともと、白狐憑きということで完璧な結婚相手からは除外していた相手だったが、よくよく考えれば悪くない縁談だと夏恵は気づいた。
公爵家という地位と財産、他者を圧倒するような美しい外見、その呪力の高さゆえ将来も有望。
夏恵は素早く頭の中で計算する。
貴公子然とした振る舞いを見るにつけ、噂のような冷酷で恐ろしい男には見えない。
ならば――愛娘の結婚相手として合格点をやってもいいのではないか?
自分の娘が公爵夫人となり、皇都で栄華を極める姿が脳裏に浮かぶ。
(私もこんな田舎から出て、娘のそばで暮らす……いいんじゃないの? この縁談……)
「そ、そうね。それも悪くないわね」
白狐憑きという点に目をつぶれば、理想そのものの結婚相手だ。
「春美はどう?」
両親の手のひら返しに呆気にとられていた春美だが、ちらと瑛人を見やると頬を染めた。
あれほど嘲っていた春美だったが、実際に瑛人を目の当たりにして心が揺れ動いていた。
長身の白銀の美男子で、次期公爵――妻となれば、羨望の眼差しを向けられるだろう。
懸案は獣憑きということだったが、今見ているぶんにはまったくケダモノめいた部分がない。
(もしかして、白狐憑きの
(だったら、六花なんかに渡したくない!)
春美はコホンと小さく咳払いをした。
なめられないよう、余裕のある態度を見せなくてはならない。
「そ、そうね。私は別に構わなくてよ」
これまで春美の美貌に見惚れない男はいなかった。
春美は得意の優雅な微笑みを浮かべた。
これで瑛人は目を見張り、熱っぽい眼差しで見つめてくるに違いなかった。
だが――。
「何を勝手なことを言っている」
地の底から響くような低い声だった。
瑛人の冷ややかな目にたじろぎながらも、幸造は声を張り上げた。
「春美は治癒の力こそないですが、こんなに美しく素晴らしい娘が妻ならば、きっと日々の疲れも癒されるでしょう! それこそが肝要なのではないですか!?」
この段階でも、幸造は瑛人を傲慢な貴族の若造だと
軍人といえど、しょせん二十二歳の若者だ。
言いくるめて押し切るつもりだった。
自信もあった。春美ほど洗練された美しい娘は見たことがない。
「見てください。この大輪の花のような娘を! どこにだしても恥ずかしくない私たちの宝です!」
「私、きっと皇都でも頑張れます!」
ちら、と六花に目をやり、春美はふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる。
「貧相な六花より、私の方が瑛人様にふさわしいかと――」
「いい加減にしろ!! 大人しく聞いていれば、好き勝手言いおって!!」
瑛人の
「おまえたちは何か勘違いをしているな? 俺は六花を迎えるため、はるばるこの里まで来たのだ。勝手に話を進めるな!」
もはや瑛人は苛立ちを隠そうともしなかった。
「これより、一切の口出し無用!!」
幸造たちの申し出を一刀両断した瑛人が、ただ呆然と成り行きを見ていた六花に向き直った。
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