第4話:白狐の貴公子

 昼になり、宴の準備が整った大広間に六花りっかは立たされた。

 里中の有力者や関係者が既にずらりと席についている。

 その中には六花と同い年くらいの女の子たちもいる。皆、興味津々で主役の到着を待っていた。


「フン、似合うじゃないか」


 夏恵なつえが面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 六花は言いつけ通り、赤地に大きな芙蓉ふよう柄の着物を身にまとっていた。

 金糸をふんだんに使った豪勢な着物だったが、あまりに派手で落ち着かない。

 沈んだ心と対照的な着物に嘲笑あざわらわれているような気さえする。


「公爵家の馬車が、着いたそうです!」


 使用人の声に大広間に緊張が走った。


「迎えに出るわよ、ほら!」


 夏恵に背を押され、六花はよろよろと廊下を進んだ。

 庭に出ると、門の向こうに黒塗りの立派な馬車が見える。


 白狐憑きを一目見ようと里中の人々が集まり、異様な空気をかもし出している。

 皆が固唾かたずを呑んで見守るなか、馬車の扉が開き、すらりとした長身の軍服姿の青年が降りてきた。


「出迎え痛み入る。火ノ宮瑛人あきとだ」


 澄んだよく通る声に、誰もが息を止めた。


(あの方が……瑛人様)


 白狐憑きだとは聞いていた。

 だが、こんなに美しい白銀色の髪をしているとは思わなかった。


 瑛人の白銀の髪は日の光を弾くようにして、きらきらと宝石のように輝いている。

 長く伸ばした後ろ髪は金の髪留めできちっとまとめられ、瑛人の歩く姿に合わせてさらさらと揺れていた。


 一見、女性とみまごうような整った顔立ちに、見守る女性たちが釘付けになっている。

 正装である軍服に包まれた姿は細身だが、しっかりと筋肉がついているのが服の上からでもわかる。


(こんなに……美しい人を見たことがない……)


 ただただ息を呑んで見つめるしかない。

 それは周囲も同じとみえて、何十人も集まっているというのに咳払いの音さえしない。

 あまりに神々しい瑛人の美しさに呑まれているのだ。


 瑛人は一身に人々の注目を集めながらも、物怖じすることなく堂々と歩みを進める。

 熱い好奇の視線など、ものともしないその姿に六花は見とれた。

 

(まるで神様みたい……)

(白狐はまつられて神となったと言われているけれど……)


「ね、ねえ……どこがケダモノなのよ?」

「そ、そうよね……」

「すごく綺麗……」


 女の子たちがひそひそと囁く声が聞こえる。


(本当だ……獣めいたところなんかない)

(それどころか、女性よりもずっと美しい……)


「フン! 正体を現していないだけでしょ」


 苛立った声が背後から聞こえてきた。


「獣の姿になるのは夜、って聞いたわ! 今はまだ明るいから普通の人間に見えるだけでしょ!」


 今や、春美の負け惜しみなど誰も聞いていなかった。

 集まった人々の耳目じもくは、すべて瑛人に向けられている。


氷室ひむろ六花りっか嬢はどこだ?」


 いきなり彼の口から自分の名前が飛び出し、六花は飛び上がりそうになった。


「あっ、わ、私です!」


 怖々手を上げると、颯爽さっそうと足を進めてくる。


「おまえが六花か。治癒の力を持っていると聞いたが、間違いないか?」

「は、はい……大したものではないですが、呪符を使います」


 近くで見ると、透き通るような白い肌をしているのがわかる。

 意志の強そうな目は金色で、白銀の髪に負けないきらめきを放っている。

 六花のそばにいる女の子たちからため息がもれた。


「美しすぎる……」

「あの目、まるで宝石ね……」

 

         *


 大広間に入ると、六花は当然のように瑛人の隣に座らされた。

 六花はまともに顔もあげられず、ただ瑛人の手の辺りに視線をやった。

 グラスをもつ長い指が美しい。


「このたびは私どもの屋敷に足をお運びくださいまして恐悦至極きょうえつしごくに存じます……!」


 見たことのないほど平身低頭している叔父の幸造こうぞうが目の前にいる。

 里長として尊大に振る舞っている幸造の初めて見る一面に、目を見張るばかりだ。


(やっぱり……公爵家の人って全然違うんだ……)


「急な申し出にもかかわらず、歓待痛み入る」


 瑛人はまだ22歳というのに、落ち着き払っている。

 自分の親くらいの年齢の者たちと対等に話すことに慣れているようだ。


「それでは皆々様、今日は足をお運びくださってありがとうございます。お疲れでしょう。まずは食事をお楽しみください」


 叔父の言葉にホッと空気が緩み、集まった人々は食事に取りかかった。

 珍しい洋食が並べられる。

 皇都育ちの瑛人をおもんぱかってのことか、見栄なのか。


 ちら、と隣に目をやると、瑛人は優雅な仕草で燻製くんせい肉を切って口に運んでいた。

 仕草の一つ一つが洗練されていて、目を奪われる。


(じっと見つめるのは失礼よね)


 自分の皿に視線を落とす。


「……手づかみじゃないのね」


 ぼそっと隣に座る春美が忌々いまいましそうにつぶやく。

 春美はどうしても瑛人にケダモノであってほしいようだ。


「食べないのか」


 ぼうっと手を止めている六花に、瑛人が声をかけてくる。


「あ、いえ」


 作法は母から教わっている。

 ナイフとフォークを手にとり、焼き野菜を口に運んだ。

 初めて口にする高級な食事だったが、残念ながら緊張で味がよくわからない。


 食事が終わると、お茶が運ばれてきた。

 ティーカップにいれられた紅茶が湯気を立てている。


「うまいな」


 瑛人の褒め言葉に、パッと叔父の顔が輝いた。


「ありがたきお言葉……! 里で取れた高山の茶葉で、都にも出荷する予定で……。な! 亮介りょうすけ君!」


 名指しされた亮介が頬を上気させる。


「伯爵家の朝倉亮介と申します! 倉品さんとは合同でお茶の販売を計画しております。縁がありましたら、よろしくお願いいたします」


 うわずった亮介の声は期待感に満ちている。


(そうか……結納金だけじゃなくて、公爵家と縁続きになったら、商売も融通してもらえるんだ……)


 叔母が六花を打ち据えたのもよくわかる。

 この縁談がうまくいけば、莫大ばくだいな利益も見込めるかもしれないのだ。


 だが、すべて六花には関係のないことだ。

 熱気のこもる宴の中で、六花だけがふわふわとシャボン玉のように浮いていた。

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