第6話 ヘタレ男子、困惑する。
翌日の日曜日。家族も寝たあとの深夜。
お礼と質問をかねて、金髪碧眼のこども神さまへメールを打ってみた。
本当に届くかどうか、ちょっと心配。
初めて会った日から、まだ一度もメールのやり取りはしていない。
お礼の言葉を短くしたためて、登録したメアドへ送信する。
あの荒みきった公園の奥、ちっさなお社の中。フリフリのゴスロリのぽっけに入った携帯が、メールを受信して「ピロリン」って場違いな電子音を鳴らす。
そんな光景を想像した。
あの子(?)、あそこに住んでんのかな?
正直なところ今でもまだ、あの奇妙な風体の幼女が神さまだと信じ切れていない。
だけど、人智を越えた何かを感じたのもまた事実。
だからこそ、馬鹿馬鹿しいと思いつつも、約束の場所へと出掛けたのだ。
ひょっとすると、お社の前で相対した時点ですでに。
なんかおかしな力が働いて、おれの思考は搦め取られていたのかもしれない。
スマホのコール音が鳴った。異世界戦記もののアニメの主題歌。好きな歌だ。
液晶画面には、さっきメールを送ったばかりの相手の名前が。
『金髪ろり』。
どうやらあのちびっ子神さま、メールを返信する代わりに直接電話を寄越してきたようだ。
通話ボタンに触れる。
「おう、昨日は約束の日じゃったな。どうじゃった? どうじゃった?」
「すごく楽しかったよ。すてきな子、紹介してくれてありがとうございます」
「いやいや、おぬしが喜んでくれるなら、妾もうれしい。ところで、仲はどこまで進んだんじゃ? もう契りは交わしたか?」
ちぎりって。
古風だけど直截な聞き方だなあ。
「まだだよ。会ったばかりなんだから」
「妾は、そ・れ・こ・そ・が、聞きたいんじゃっ。だからわざわざ電話したのじゃ」
「ほっといてよ。こっちのペースでやるから」
「ふうむ。そうか? まあ、おぬしがそう言うなら仕方ないのう」
スマホから聞こえる神さまの声は、少し反響して聞こえる。
本当に、あの狭いお社の中で受け答えしているのだろうか。
この自称神さまにはおれの知らんことがいっぱいだ。謎だらけだ。
この際だから色々と聞いてみようか。
「あの、そう言えば神さまの名前をまだ知らないんだけど。なんていう名前なの?」
「ん。特にないぞ。前にも言ったが妾は生じたばっかりの神じゃからな」
「え? 神さまって、名前はすごく大事だって聞いたことあるけど」
「ふうむ、確かにそうなんじゃが……残念ながら妾に決まった名はない。名は体を現すと言うが、それがないから姿形も多種多様に変わってしまう。ネットなんかでは『非実在少女との縁結びの神』とか『男子妄想リビドー神』とかで通っておるよ」
この神さま、ネットもしてるのか。スマホ持ってたからひょっとしてと思ってたけど(どうやって契約したんだろう?)。
って言うか、この子、やっぱり普通の女児なんじゃないかなあ。
「あのさ、いつもはどこに住んでるの? まさかあのお社?」
「うむ。見た目は小さいが、一応あそこが妾の祀られている本殿じゃ。まだ力が小さいので、あそこからあまり離れられん。たまには遠出したいのう」
「年っていくつなの」
「ん? 神としてなら五才かそこらかといったところじゃ。妖怪だった頃も合わせるともっと長いんじゃが、それはまあノーカンにしとく」
「お父さんとお母さんはどこにいるの?」
「んん……? じゃから前にも言ったと思うが、おぬしら男子の欲望から生じた神じゃから、親なんぞおらんが」
「神さまも、小学校とか行ったりするのかな。えっと、それとも幼稚園……?」
「…………」
「……」
「きっさまぁ!!」
こども特有の甲高い声に、たちまち怒りが満ちる。
「さっきから変な質問ばっかりすると思ったら、妾のこと、まだ疑っておるのかあっ! ちっこいからって幼女ではないぞ! れっきとした神じゃぞ!」
「ごっ、ごごごごめんなさいっ」
や、やっぱり怒らせてしまった。
「いや、だって、正直まだ信じらんなくって」
「ああん? そーか、そーか。じゃあ証拠としてひとつ神通力でも見せてやろうか。明日、うんこ十回踏むようにしてやろうか」
「あ、神通力とかあるんだ」
特別な力があるというのは、うん、神さまっぽい。
失礼だけど、ちょっと意外かも。
にしても、その使い道が幼稚すぎる。うんこ十回って。
「どーせその調子じゃあ、神通力だって信じとらんのじゃろ」
「あ、いや、べつに。ただ、生まれたばかりの神さまのくせにそんな力あるんだなぁ~って」
少しの間と、ひゅっと息を短く吸う音。
あ、やば。電話を通しても分かる。火に油を注いでしまったみたい。
「では、今すぐ分かる神通力、見せてしんぜよう。遠見じゃ。千里眼じゃ」
「だから、いいよ、べつにそんなこと」
「…………勉強机の二番目の引き出しに青いフラッシュメモリがあるな。そこの電子書籍フォルダに混ぜ込んで、無修正のAVが大量に入っておる」
うわあっ!
あほみたいに開けた口から、声にならない悲鳴が出た。
「ほほう、学園ものか。ストーリー仕立てが好きなのか? 出てくる女優さんは、と。おお、黒髪で色白、清楚な感じ、なるほど前におぬしが言っていた好みと合うの。しかし、どのおなごも頭が良さそうには……といかんいかん、失言するところじゃった」
「ちょ、ちょっとっ」
「んむ? 巨乳ばかりかと思いきや、ちっぱい娘もおるのう。こりゃ一体……」
「すいませんでしたあああっ!」
そんなことに意味はないと頭では理解していても、スマホを床に置いて土下座せざるをえなかった。
こ、これはさすがに誰にもばれてないはずの秘密だ。フラッシュメモリにはロックをかけてあるし、万一データを見られても、どこにどんなファイルがあるか一見では分からないようにしてある。
現時点でそれをパソコンに差しているわけではないから、ハッキングも考えられない。
「どうじゃ? 信じた?」
「じ、じんじだ……」
「およ、声が湿っておる。泣いとるのか。なんぞひどい目にでもおうたか。誰にやられた」
「あんたがやったんだ」
これはあれだ、いわゆる『エクストリーム・エロ○○探し』だ。
それは男子が隠したエロ本、エロDVD、エロデータなどを探すという、過激で容赦のないエクストリームスポーツ(一部、アンサイクロペディアより抜粋・改変)。
こんなん、のぞきだ。プライバシーの侵害だ! 人智を越えた力でそんなんされたら、勝ち目ねえよ。
スマホから「けけけ」と年相応のいたずらっぽい、こどもの笑い声が響いていた。
「思い知ったか。もとは妖怪だと言ったであろう。この手の術はもともと使えたのじゃ。神になって格が上がり、より洗練されたのじゃよ」
なにが洗練だ、のぞきに使ったくせに。
「こんなもの、妾が持っておる力のほんのひとつじゃぞ」
「ぐっ、くっそう……。でもそんなことができるんなら、なんでわざわざ携帯なんか使ってるんだよ。神通力で済ませちまえばいいのに」
「走るのといっしょで、ちょっとばかし疲れるのよ。賽銭をもっと入れてくれれば、レベルアップできると思うんじゃが」
思うんじゃが、と言われても、あれ以上払わないからな。
「それで? なんか妾に聞きたいことがあるようじゃの」
「う、うん」
ぐっ、と口を閉じ、一度つばを飲み込む。
昨日家に帰ってから今日一日までの間、ずっと「あの」疑惑に悩んでいた。
予定では神さまから返信があったら、その返しのメールで聞くつもりだったけど。
直接聞くのはなんだかはばかられる。
だって疑うようなものだから。恐れ多くも神さまを疑うようなものだから。
最悪また怒らせるかも。
一瞬、聞くのをやめようかとも考えた。
でもやっぱり、どーしても確かめたいという気持ちが抑えきれなかった。
だってそれは――それこそが、一番重要なところなんだから。
「あの、聞きたいことって言うか」
「ふぅむ?」
「実は心配なことがあるんだ」
「ほう、言うてみ」
思い切って、ずばり疑惑を口にする。
「ね、あの子ってさ、ほんとにケモノっ娘?」
「んんっ?」
昨日一日のことを脳内で再生してみる。
合歓は多少変わっているところがあったけど、どっから見ても人間の女子にしか見えなかった。
縁結びの神さまは、単に人間の男女を引き合わせただけなのかもしれない。
やっぱり本当は、ケモノっ娘などこの世には存在しないんじゃないのか。
神さま的な存在が実在したとしても、だからと言ってケモノの変化も実在するという保証はない。
そんな懸念を打ち砕くように、からからと景気よく笑う声が伝わってきた。
「くはは、そんなこと気にしておったのか。うまく人間のおなごに化けとるからのう。そんで不安になったか」
「え、ええ。ねこみみもなかったし」
正直言うと、ねこみみのことはすっかり忘れてたんだけどね。
デートは楽しかったし、最後に変なトラブルがあったから、そんなことすっかり失念していたんだ。
「疑うなかれ、妾を信じよ。間違いなくあれは『畜生の変化』、現代の言い方で『ケモノっ娘』じゃよ」
「ほんとうに? リアル女子じゃなく?」
「ああ」
「ほんとに、ほんと?」
「ほんとうじゃ」
「じゃあどうして、はっきりと……その、ねこみみを見せてくれなかったのかな」
すると軽い溜め息のあとに、ややあきれた調子で説明される。
「あやつらは基本、正体を隠しとる。ほかの人間もいるところで真の姿をさらけ出すものか。まあ心配せんでも、ふたりっきりになれば見せてくれるんではないか?」
……ふうん、そういうものなのか?
たしかに昔話でも、動物の変化は正体を隠してることが多いし。
「え、っていうことは、まだしばらくはねこみみ、おあずけ?」
「う? そ、そんなこと、妾に言われても……の……。い、いいではないか。ねこみみがすべてじゃないじゃろ。今は女子との仲を深め……」
「それすっごく大事なのっ!」
「えっ、いや……それは理解しとるが……その……」
ん? 急に歯切れが悪くなったぞ。
こんなこと、前にもあったな。
勘、なのか。言葉に何か、うそくささみたいなものを感じる。
「なんかっ、やっぱり信じられないっ。ほんとのこと言ってくれよっ! 実はケモノっ娘なんていないんじゃないのか? あの子、本当はリアル女子なんだろっ!?」
「お、おぬしは、何を言うとるんじゃっ。妾は非リアルの女子と縁結びする神じゃぞ、最初っからそう言っておろうが! おぬしも納得して賽銭を払って願いを言ったんじゃないか!!」
「そうだけど、だったらどうやって信じたらいいん……」
「しっつこいのぉっ! ああ分かった。あの娘は普通の女子ってことで、もうええ! じゃ、御縁はなかった、ということで」
へっ?
「妾から断わりの連絡を入れておく。かぁいそぉーにのぉー、せぇ~っかく知り合えたのにのぉー。それに信じられん言うんなら、次もないのぉー。ああぁー、もったいない、もぉーったいないっ」
「わーっ! あ、あああ、す、すいませんっ、ごめんなさいっ!」
結局、怒らせちった。
一度の会話で二回も神さま怒らせるとは、我ながら罰当たり。
「妾は小さな神じゃからのう、信じてもらえんのもしょうがないのか。実績自体まだほとんどないし。だが誓って言うが、彼女は間違いなく畜生の変化じゃ。ケモノっ娘じゃ。心配するでない。もしまた疑うようなこと口にしたら、即刻この話はなしにさせてもらうぞ」
「わ、分かりました分かりました」
「分かったは一回でよい。そもそも、そんなふうに端っから信じておらんようでは、いざ肉眼で生身のケモノパーツを見たときどうするんじゃ。一応釘刺しとくが、正体見て腰抜かすなよ。畜生の変化とは言え年頃のおなごじゃ、傷つくぞ」
生身のケモノパーツ!
そうか、実在するならそれは萌え絵とかCGとかではないんだ。
「大丈夫ですよ」それこそ心配ご無用。覚悟しております。
証拠はないけど、もうこのまま信じたほうが自分的に幸せな気がする。
疑惑よりも希望のほうに賭けよう。
………………………………………
休み明けて次の週。
数日過ぎた水曜日のこと。
昼休みになった瞬間を見はからって、教室を出た。
校庭の端の、木でできた古いベンチ。それが本日の自分の食堂。
春先くらいなら、たいてい誰か座っていたもんだが、暑くなり始めたこの時期、真っ昼間にわざわざ外に出て昼飯を食うやつはいない。
おかげで気楽な一人飯を堪能できる。
暑いのは、この際、気にならない。
案の上、噂になっていた。
ただ、噂になっていたのは合歓とのことではなかった。
先日のあの子への告白のことだった。クラスの中にいるといたたまれない。月、火とポーカーフェイスでいたけれど、今日はもう無理。
誰とも会いたくないし、話したくない。
太陽に照りつけられても、外で飯を食うのはそういう理由からだった。
ひとり、黙々と弁当を食ってると、人の歩く足音が近づいてきた。
どっかと、ベンチが揺れた。
横目でちら、とうかがい見る。
ああ、なるほど。
となりに風情の分からん、傍若無人な女子が勢いよく座ったからだった。
背が高く、手足が長く、尻がでかい。
この前、合歓とのデートを邪魔しくさったクラスメート。
眞砂だ。
「となり、いい?」
いきなりなんだ、この女。
黙って弁当に蓋をし、席を立つ。
「あ、なにあっち行こうとしてんのよ」
こいつには腹が立っている。
そばにいたくない。
「ねえ、ちょっと待ちなって。この前のこと、ばらすよ?」
「あの子のことみたいにか」
こいつはこの前告白した女子と仲が良かった。間違いなく、あの子から話を聞いていたはずだ。おれは、こいつこそが噂話の発信源だとにらんでいる。
だからこいつの顔なんて見たくもないのだ。
合歓とのデートの日に、この女と偶然出会ってしまったのは運が悪すぎる。
「それは誤解。あの子が自分でしゃべってた」
「周りに広めたのはおまえじゃないのか」
「あ、それは……」テレレレレテレレレ、デンデンデンデンデンデン。
不気味な調べの電子音。
眞砂は「あ、ちょっとタンマ」と言ってスマホを取り出した。
「あ、うんうん。そう、ちょうどね。だーいじょーぶだってば」
会話の途中で電話に出んなよ。それにその着信の曲、知ってるぞ。禿げ山の一夜だろ。なんでそんな恐い曲に設定してんだ。
「えっと、で、なんだっけ?」
スマホをポケットにしまい、眞砂は振り向いた。
「おまえがクラスに広めたってことだよ」
「え、そ、いや、だってさあ、LINEとかツイッターとかで話せば、自然と広まるじゃないの」
……こいつっ、悪びれもせずいいやがる。
眞砂は持参した菓子パンにかぶりついた。
まさかとは思うが、ここでおれと一緒に食うつもりか。
「やっぱ広めてんじゃねえか」
再び弁当を広げる。ここで食いたきゃ勝手にしろ。考えてみれば、なんで逃げるような真似しなきゃいけないんだ。腹立だしい。
急ぎで弁当の中身をかき込む。
咀嚼よりも嚥下だ。とっとと食い終わって立ち去ろう。
「悪かったよ、でもそんなのどうせ遅いか早いかだろ。ばれるの、覚悟の上だったんだろ。しょうがねえじゃんか。それより、この前のことだよ」
「ほまえには、はんへぇない」
「ハムスターみたいに頬張ってしゃべんなって。何言ってんのか分かんないね。あのさー、あんた、ああいうのが好みなわけ?」
目は会わせず、黙々と食べ続けながら、一応軽くうなずいて返事しておく。
眞砂はふぅ~んとつぶやき、じろじろとぶしつけな視線を投げつけてくる。
「余計なお世話で間違いないと思うけどさー、あの女はまずいよ。あんた、だまされてる」
ぴた、と。
意識せず、弁当を運ぶ箸の動きが止まった。
だまされている……?
……誰に?
ここではじめて眞砂のほうへまともに顔を向けた。
内心の動揺が顔に出ているのだろう、眞砂がおれの顔を見てにやりと笑った。
実を言うとあの幼女神さまや合歓の言動に、どこか引っかかるものを感じていた。
何とも表現し難い、もやもやした気持ち。
だからこそ眞砂の言葉にぎくりとしたのだ。
「あいつは、狐だよ」
ほっぺの中身を一気に飲み込み。息がつまりそうになって、ペットボトルのお茶で流す。
「きつねっ!?」
ねこ、じゃなくて?
「どういう意味だよ、それ」
「どうも何も、そのまんまの意味だよ。人を化かすのがうまい狐だ。ちょっと気になって知り合いに当たってみたんだよ。いい話、聞かないよ。男、食い物にしてるって」
ああ、そういう意味か。
てっきり、ねこみみ少女じゃなくって、狐っ娘だって意味かと思った。でもそんなこと、この女が知ってるわけがない。
単に人となりの例えだろう。考えてみれば当たり前だ。
ん……いや、べつに狐っ娘でもいいんだけど。
にしても、なんなんだ、こいつ。
「まったく余計なお世話だ。だいたい、紹介先から前もって聞いてる。おごったり、プレゼントしたりしないといけないって。おれはそれでもつき合ってくれるならいいと思ってる。妙なこと言わないでくれ、不愉快だ。こっちは結構本気なんだよ。彼女とは今度の日曜にだってまた会う約束してるんだから」
そのとき一瞬、態度のでかい女の顔色が青ざめたような気がした。
しかしすぐにもとの表情に戻る。
自信の見え隠れする、うっすらとした笑顔。
思わず見蕩れてしまう。
細面に、長い睫毛、切れ長の瞳。濡れたような艶のある、ストレートの黒髪。
あ、くそ、こいつ掛け値なしの美人だな。でも今は腹立つだけだ。
「で、そんでなに? 今度こそ、ヤっちゃうんだ」
「まあね」
美人さまは大仰にのけ反って、驚きを示した。
「げっ、あんなとこ歩いてたから冗談で聞いてみたけど、あんたマジなわけ? まあ、そういうのは男子と女子がつき合ってりゃあ、当然の成り行きだとは思うよ。でもさあ、あの女が本当にあんたのこと好きだと思ってんの?」
「ぐいぐい来る」
「はぁあ~? あー、あたしさー、繁華街のド真ん中のコンビニでバイトしてっから知ってるけど、あのときのあんたらみたいなカップル、よく見かけるんだよねー」
「あん?」
「女のほうが男にべったりくっついてさ、男のほうはだらしなくデレデレして、鼻の下伸ばしてさー。たいがい、キャバ嬢とかが商売でやってるだけだよ。そういうのにそっくりだ」
「うっせえなあっ、いいんだよ、それで! どうせ心なんか手に入んないんだ! だったら物で釣ってもいいだろうがっ。何が文句あるん……」
あ? あれ。
あれれ……?
ああそうか。自分でしゃべって気づいちまったかも。
本当に自分が望んでいるものは何か。
おれは……おれは心が欲しかったのか……?
女の子の心が、一欠片でいいから欲しかったんだ。
自分にだけ、特別に向けられる心が。
だから、この前ホテル街で彼女に誘われたとき、躊躇したんだ。
欲しいのは、体ではなくて……。
「あ、ごめ。いやさ、そんな怒らせるつもりじゃなかったんだ。わりぃ。でも心配なんだよ」
「心配される謂われはない、って、おい」
にゅうっ、と。
急に肩へ手を回された。
この女との距離はちょっとばかし離れているのに、その長い手は向き合っているのと反対側の肩にまで届いていた。
ぐいと引き寄せられ、肩を組むような感じに。
「な、メアド教えてくんない。クラスんなかで知らないの、あんたと数人だけなんだよね。あたし、一学期中にフルコンプ目指してっからさ。是非教えてよ」
「他人の連絡先、ゲームみたいに集めんな」
手を振り払おうとしたら、ぐっと顔を近づけてきた。
ムカツク美人が、至近距離。
喜んだらいいのか怒ったらいいのか。
睫毛が端から数えられるくらい近い。ちょっとだけ香水の匂いがする。肌が抜けるように白い。半眼に近い瞳が、こちらを見据えて。
「あっ」
不覚っ。
見とれていたら制服のポケットに手を突っ込まれて、スマホを抜き取られた。
「いっただきー。あはっ、待ち受け、彼女なんだ。妬けるわねぇ」
うっさいな、関係ないだろ。返せ。
そう言おうとすると、眞砂がおれのスマホの上をフリックするのが見えた。
え、あれ? パスコードはどうなってる?
焦って手を出すと、取り返そうとするこちらの動きを長い腕でガードして、
「いぇい、カシャーン」
と、人のスマホで勝手に自撮り。さらに、
「からのぉ~、ピコ~ン」
と効果音を口にしつつ、器用に片手で何やら操作した。
「おいっ、なにやってんだよっ」
「あたしんとこへ空メールしたの。これであんたのアドレス、ゲット」
「てめ、ふざけんな」
すごんでみたが、美人サマに全然動じる気配なし。
それどころかにっこり笑って、
「絶対、その子とはトラブル起きるよ。そんときはあたし、相談に乗ったげる。いつでもメールちょうだい」などと忠告をくれた。
「なんでおまえに相談しなきゃならないんだ」
「袖振り合うも魔性の縁って言うし」
「おまえが強引に触れてきたんだろが」
それと魔性の縁ってなんだ。そこは突っ込まん。放置。
眞砂は白く長い手を伸ばし、おれの右手首を優しくつかんだ。
手の平を上にさせられ、スマホを返される。
ひんやりと冷たい、白い手を添えて。
「指も長いんだな……」
「ん? なに?」
「なんでもない」
やばい。自分はなんてダメ男なんだ。
心臓がどきどきしてる。不本意だ。胸ぶったたいて元のリズムに戻したくなる。
こんなのバレたら、神さまとケモノっ娘に怒られる。
無言で立ち上がって、無言で教室へ戻ろうとした。
後ろからさっきとは質の違う、か細い湿った声が聞こえてきた。
「あのさ、あの子とのこと、広めたの、悪かったよ……。ふつーに噂話、してただけのつもりだったんだ。ごめんな……」
今さらだと思うけど。
でもまさか謝られるとは。
立ち去りながら、この女に対する認識をちょっとだけ改めた。
こいつ、意外と悪いやつじゃないのかもしれん。
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