第3話 或る畜生乙女の独白 ①

 あたしは、アイデンティティがぶれていた。

 もとはケモノ。畜生。妖怪。

 大昔。遠いご先祖さまが人と交わり、それ以降、子孫であるあたしたちは、人とケモノの間を行き来してきた。

 ある者たちはケモノに戻り、山へ帰った。

 またある者たちは人の姿を維持して、人間社会に溶け込んだ。

 時は経ち、近代に至り、あたしたちにも文明の波は訪れる。

 ネットと携帯電話の普及は、革命的な変化をもたらした。

 これまで細々と連絡を取り合っていた海の向こうに住む同族たちと、一気に距離が縮まったのだ。

 あたしは今後の自分の人生を決める参考にするため、海外留学を決意した。

 ふふっ、ケモノの妖怪変化が留学とか。

 一時代前では考えられないことよね。

 向こうの生活は楽しかったけど、宗教的な問題もあってか、あたしたちの居場所は極端に狭かった。ホームステイ先の同族は、絶対に正体がばれないように細心の注意を払っていた。

 正体が露見したら、即、殺されるから。

 だからあたしは、故郷の国に帰ることにした。

 あそこはいい。八百万の神が生きている。

 神も悪魔も妖怪も、なんだかんだで人に愛されている。

 あたしは海を渡って海外へ行き、自分自身の気持ちに気づかされた。

 人に受け入れられたい、という気持ちに。

 どうしてもっと早くに気がつかなかったのだろう。

 気づいていれば、外国へ行くなんて回り道をせずにすんだのに。

 大いに悔やんだけれど、べつに今からだって遅くはない。

 国に帰ったら、つがいの相手を探そう。 

 あたしはケモノで、女。

 この国ならこんなあたしを好いてくれる男が、きっといるはず。

 人間の、それもできれば同い年くらいの男の子と知り合いたかった。

 知り合って、そして、深い仲になりたいと願った。

 それがあたしの生きる道になると。

 アイデンティティを決めることになると。

 そう考えたのだ。


 仲人のような女神がいると言う。

 あたしのような、人間の常識的な範疇において非リアルに分類される女子と、

 リアルの女子に絶望した男子。

 その二者を結ぶ、縁結びの神。

 連絡メールを見たとき、小躍りするような気分だった。

 逸る気持ちは、抑えられなかった。

 鼻血が出た。

 その辺はやっぱり、あたしの本性がケモノだからかな。

 約束の日までに作戦を練って、相手の心をつかもう。

 もし相性がよさそうなら、初日に一発で仕留めよう。

 求めてくるなら、かえって嬉しい。

 欲望ごと、受け入れて、混じり合って、溺れて、呑み込んで、

 ……食べてしまおう。

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