第2話 ヘタレ男子、人の道を踏み外す。

 あの子と出会ったのは、自分がそう、望んだから。

 なにか違う気がしたけど、別にいい。

 だって、その潤んだ目は、

 ほかの誰でもなく、自分に向けられているんだから。


 彼と出会えたのは、あたしがそう、仕組んだから。

 邪魔が入ったけど、別にいい。

 すでに彼は、あたしの虜。

 ふたりの間には、もう誰も入らせない。


 ………………………………………


 時間の無駄、と言う言葉が嫌いだ。

 今、自分がやっていることがそれ。何がいけないってんだ?

 七月。暑い、夏の日。その夕方。

 学校とも家ともずっと離れた、遠い、知らない場所へ来て、

 雑草だらけのうち捨てられたような公園で、ひとり。

 ぼおっとしていた。

 ……しょうがないだろ。

 自分史初の、勇気を振り絞った行為は砕け散った。

 精神耐性は、できていない。

 悪い予想はシミュレートしていたけど、ショックはまったく緩和されなかった。

 一学期の間、よく話し、ちょっと仲良くなったかな? という女子に、

 人生初告白。


『毛が濃いひとは、ちょっと……』


 ……ひどくない?

 橙色の夕陽が照りつけて鬱陶しい。ほっぺたがジリジリ。

 ああもう、ほほ肉、照り焼きにする気か。

 耳にはシャワシャワ、ヒグラシだかなんだかの斉唱。ヤブ蚊も来るし。

 くそ、ほんと夏だ。暑苦しい。

 ……生理的に、だめなんだって。今までもキモかったんだって。

 でもぉ、悪いひとじゃなさそうだからぁ、とかなんとか、うんぬん。

 言われた。

 ――あああ。

 本当にそれ、理由なんだろうか。

 実はほかにもなんか……いや、考えたってしかたないか。

 詳しく聞ければ今後に活かすこともできようが、ふられた直後で聞けるか、んなこと。

 別に、詳しい理由なんてないかもしれんし。

 もう顔も会わせられない。

 高一の夏休み、初めての彼女と一緒に過ごしたかった。

 オタク趣味は横に置いといて、まっとうな青春を送るべく一念発起した。

 リアルの女子とつき合おうと決意したのだ。

 好みのタイプというのはあったけど、

 現実的には、よく話をする相手が一番なんじゃないかって。

 そう考えた。

 今となっては馬鹿げてるけど、勝算はあると思い込んでたんだ。

 その目論見は儚くも消えた。

 一学期が終わるまで、あと二週間。どんな顔してあの子に会えばいいんだ。

 学校のなか、クラスのなか、どんなふうに歩けばいいんだ。

 今から鬱だ……。

 って言うか、彼氏彼女いる奴ら、まじで尊敬する。

 こういうの、一発でうまくいくほうが少ないと思う。

 そう思う。そうであってくれ、でないと心のバランスが取れん。

 何度も失敗し、幾多の試練を乗り越えて、想いが通じる。なーんて……。

 ラブストーリーと言うより、まるで英雄譚。

 実際のところはもっと軽いものかもだけど。

 もう一度挑戦する気力はとてもない。

 それどころか、今日家に帰る気すら起きない。明日、学校行きたくない。なんかもう、丸まってダンゴムシにでもなりたい。

 ダンゴムシっつうか、ゴミムシに。

 おれ、ほんとダメダメのゴミだ。

 ゴミムシだ。

 ……この程度で。

 この程度で、みんな経験するようなレベルの些細な出来事で、

 ひとりになる時間が、必要だった。

 無駄な時間が……必要だった。

 クソ暑い真夏の夕方、たったひとり寂れた公園で、蚊に刺されるのも構わずに、

 ――しばらく呆けた。


 公園の奥のほうに、白い小さな箱が置いてあるのに気づいたのは、

 だいぶ気持ちも落ち着いてきた頃だった。

 この公園、雑草は伸び放題で、所かしこに生えている。

 しかも生えてる草は異様に丈が高く、高校生の自分の胸元まである。

 そのせいで白い箱は視界に入りづらく、はじめは全然気がつかなかった。

 どこが管理してんだここ。こんなんじゃ誰も遊びに来ねえだろ。

 まあ今どき公園で遊ばないか。自分も遊んだ記憶ないし。

 草をかき分けてそれに近づいてみると、箱じゃなかった。異様に小さいけど、れっきとした建物のように見える。

 なんか見たことある様式だった。

 正月とかに。

 思い至って驚く。信じられん。

 これ、小さいけど……お社だ。神社だ。

 意外と真新しい。寂れた公園にはあまりのミスマッチ。

 そばに立て看板があった。

 『御利益 縁結び。男子限定。非リアルの好みはどんな子?』

 ははっ、なんだこれ。

 縁結びの神さまが? 

 非リアルの子、つまり非実在女子との間を取り持ってくれる?

 この時点で、冗談確定。

 どこの誰だか知らないが、神社の脇にこんなもん立てやがって。

 ふざけたことやりやがる。

 とか考えて苦笑しながらも、財布から百円玉を取り出した。

 冗談に乗ってやろうか、なんて思ったりする。今日はそんな気分だ。

 ふと、手が止まる。お社をしげしげと見る。

 そう言や、こんな話、どっかで聞いたことあったな……。あれはたしか、ネットで拾った話だったような……。

 よく思い出せない。まあいいや。ヨタには変わりない。

 賽銭箱に、手が振られた。投げられた金がカタンと落ちる。

 落ちてくるくる回る、音がする。

 くるくるん。ちゃり。

 『非リアルの好み』だって?

 リアル女子の好みはあるけれど、それはそれとして。

 そんじゃあ、非リアルなら?

 ――ある。たしかにある。

 好きすぎてどうかなっちゃいそうな、そんな好みのタイプが。

 実はあるのだ……! はっきりと。

 あんまり公衆の面前で言えるようなことじゃあ、ないんだけれどね。

 一応、周りを見回した。

 ほかに人はいない……よな? いるわけないよな、こんなとこ。

 右向いてよーし、左向いてよーし、後ろもよーし、と。

 誰もいないのを指さし確認。

 念のため、もう一回右よー……う~ん、まあいいや。

 柏手。手を二回、ぱんぱんっと。目、つぶる。大きく口開けてー、

「ねこみみ……。ねこみみっ! 萌え萌えの美少女と縁結びしてください!!」

 ――言った! うっははは。言ったった! あははっ、自分でもばっかばかしい。

 でも、なんかすっきり。

 はあ~あ、と息を吐いて、ようやく家に帰る気になった。

 こんなことでもやってみるもんだ。意外と気持ちの整理に一役買ったみたい。

 ここは素直に神さまのおかげってことにしとこっかな。

 お社に背を向けて、さ、帰ろ、としたとき。

 いきなり後頭部に柔らかい衝撃を喰らって、前のめりに倒れた。

 起き上がりがてら、振り向く。

 !! 仰天する。

「願いを言うだけ言って、帰るんじゃないわぁ!」

 お社の、拝殿の観音開きの扉。そこから。

 そこから、ばあーんっと。小さな女の子が飛び出てきたのだった。


 ………………………………………


 跳び蹴り。

 それがファーストコンタクトだった。

 自称、神さまとの。

「知ってて来たんじゃないのか。妾はお前たち男子が創り上げた神じゃ。てっきり願い事をしに来たかと思うたわ。冷やかしは御免じゃぞ」

 ああ、言われて思い出したわ。

 ネットで拾った話では、たしか……男子の非現実への欲望を叶えてくれる神さまがどこかにいるらしいとかなんとか。それが、ここだって言うのか? なんというご都合主義的展開。

「って言うか、きみホントに神さま?」

「そうじゃ。なんか文句でもあるのか」

「だってさぁ」

 目の前のこどもをジト目で見下ろす。

 傾いた夕陽に、金髪がきらきらと煌めいている。光の反物のような、美しく流れる髪。

 瞳は青く、肌は白い。

 明らかな西洋人の特徴。

 体格はどう見ても小学校の低学年程度。七、八才くらいな感じ。

 着ている服装はフリフリが多くあつらえられたゴスロリファッションで、腰には華麗な装飾の施されたレイピアが差してある。

 ……なんなの、このごちゃ混ぜ。

 色んな属性、切って貼ったみたいな。

「神さまがそんな妙ちくりんな格好って、変じゃん」

「妾は正真正銘の神じゃ。格好は関係ない。だいたい、この姿はおぬしたち男子が願った理想像のひとつなのじゃぞ。文句を言うのはお門違いじゃ」

「その金髪碧眼幼女が? おれたちの理想像?」

「の、ひとつじゃ。なんじゃろうの、最近は金髪ロリが流行っておるのか? ま、こういうのはひとによって好みに違いがあるようで、妾はこれと合わせて十の化身を持っておる」

 えっへん、と幼女神はふんぞり返る。

 えええっ? どうしよう、こいつ信じていいんかなあ。

 神も仏も悪魔もいるもんか。信じてなんかいない。……けど。

 この女児、妙に気迫が感じられる。

 小学生(?)のオーラに負ける、男子高校生。あかんです。

 いや、やっぱいい。そもそも冗談に乗ると決めたんだ。

 最後までつき合ってやっても。

 それで、気がまぎれるなら。

 少しの間が空く。無言の時間、それはほんの十数秒。

 夏特有の湿度の高い風が吹く。周囲の雑草をざわめかせる。

 夕陽がより一層傾き、幼女の顔にかかる。

 幼いが端正で美しい顔が、オレンジ色の陽の光で半分影になる。まぶしいとは感じないのだろうか、そのままでこちらをじいっと見つめてくる。

「詳しい事情は聞かん。願いを叶えるのは神たる妾の役割じゃ。よいぞ、叶えてやろう。おぬしの唱えた願いを」

「マジで!? いわゆるケモノっ娘だぞ? コスプレとかじゃなくって生身のホンモノだぞ?」

 当然ながら半信半疑だ。いや、半分ですら信じられん。

「世の中は不思議で満ちておる。おぬしが知らんだけで、本物のケモノ女子はおるぞよ」

 断言され、思わず黙る。ごくり、と生唾を飲み込む。

「本当にいるのに非リアルとはこれ如何に、と思うかもしれんが、世の常識では存在しないものとされておるだけよ。奴らはちゃあんと存在しておる。それより、願いを叶える前に条件がある。もっと金を出せ」

「え、なんだって?」

「賽銭を入れろと言うた」

「……さっき払った」

「全然足りんわ! どうもおぬしは神を勘違いしておるようじゃな。あらかじめ言うておく。全知全能の格式高い存在ではない限り、神というのは大概きわめて人間ぽいのじゃ。報酬は欲しいぞ。すっっっっっっっごく、欲しいぞ。じゃ・か・ら、出せ」

 なんてリアリスティックな神さまだろう。

 渋々ながらも、財布から五千円札を取り出して賽銭箱へ投入した。

 幼女神は賽銭箱に飛び乗り、中をのぞき込んで目を細めた。

 満足げな笑顔。

「うむうむ、よい心がけじゃ。金額としては安いが、学生の身では大金じゃろう。よし分かった。力になってやろう。『ねこみみ、萌え萌え』の女子じゃったな?」

 力強く、こくっと首を縦に振る。この願いに嘘はない。

「でも疑うわけじゃないんだけど、ほんとにきみがそんな女子を紹介できんの?」

「ん……」

「……」

「……」

 沈黙。

 あれ、なんでここで黙る?

 ここはそう、「ばかにするでないわ!」とか一喝するところじゃないのか。

「実はのう……、えらそうにしとるが、その、なんだ……」

 さっきまで尊大だった態度が急にしぼんだ。視線をきょどきょどさせる。

「妾は神を名乗ってはおるが、まだ生じたばかりの、ちっぽけな存在での……。妖怪変化に毛の生えた程度なんじゃ。じゃから、願いの100%は叶えられん」

「えっ、あ、そうなんだ。金返せ」

「いや返さんよ。ああっ、怒るな。できるだけ願いには応えよう、約束する。妾は男子のリビドーから産み落ちた神。おぬしのような男子のためにおる」

 できるだけ。

 それはなんだか、期待していいのかどうなのか。不安なセリフだ。

「じゃからな、えっと、保険としてほかにいくつかリクエストを出せ」

「保険、なるほど。それで、できるだけ、と」

「そうそう。猫耳以外に好きなケモノっ娘はおらんのか」

 う~ん……。

 はっきり好きなタイプがひとつあると、あとは横並びなんだよなあ。

「そう言われても、ほかには特にないよ」

「それじゃあ、リアル女子の好みのタイプはどうじゃ」

 へ? なんで今さらリアルの好みを聞く?

「うむ、疑問が顔に出ておるぞ。リアルの好みを聞かれるのが心外、というわけじゃな?」

 だって、ここは非リアルの女子との縁結びをする神社なのでは?

「もしも、もしも、じゃ。おなかが贅肉でぼてっとした中年のおばさんがねこみみ生やして『よろしくにゃん』と言ったら……どうする?」

「ひっ?」

「もしも、じゃ。全身タトゥーで顔面ピアスだらけのパンク女子がねこみみ付けて、しっぽ振り回して、ガムくっちゃくっちゃしながら『ちい~っすにゃあ~ああ、うぜぇ』と言ったら?」

「ひいっ」

「もしも、もしももしも、じゃ。女子新相撲の選手もかくあらんとばかりの、ぽっちゃり系……いや言葉を濁すまい。でぶの三重アゴ、五段腹、顔に脂肪があまりに付き過ぎたせいで、目が糸みたいに細くなって、あとはかろうじて鼻の穴と口があるのが分かる、そんな巨漢女子がねこみみとかねこしっぽとか生やして『ふー、ふー、ごっつぁあああああん。どすこおお~いにゃあ~』と」

「ひぎいっ! もういいっ。何が言いたいんだよっ」

 思わず想像してしまい、頭をぶんぶん振って必死で掻き消した。

 ね、猫耳が、汚されるぅっ!

「これらの例えで分かるじゃろ。ケモノっ娘の特徴は、リアルの好みに付加されて初めて意味を持つ。そうじゃないかの」

「お、おっしゃるとおり」

 金髪をたなびかせ、幼女の姿をした神さまは、うむうむとしたり顔でうなずいた。

「おぬしの望んだ相手は、とどのつまりケモノの変化じゃ。彼らは人の姿に化けて普通の人間として生活しておる。ただ、人間としての生活上、姿は基本的に固定しとるのでな、外見はころころ変えられん。じゃからおぬしの好みを知りたい。条件を一番多くクリアーする奴を紹介しよう。それで――どうじゃ」

 どうじゃって言われてもなぁ。

 そりゃあ、リアルと非リアル両方の好みが合わされば文句ないけどさ。

「心配せんでも、ケモノ女子はすべからく、可愛く化けておるよ」

 なんだろうな、なんか大事なこと、誤魔化されてる気がする。

 いまいち信用できん……。

「さ、好みは? 言うてみ、言うてみ」

 リアルの好み、まあ、なくはないけど、あえて話すほどじゃないなぁ。

「髪の色はどうじゃ。ピンクとか青とかはなしじゃぞ」

「あー、うん、じゃあ黒髪がいいかな」

「どんな髪型が好きかのう」

「ん? 髪型はロング」

「ふむふむ、長い黒髪、と。ええぞ、続けよ。ほかの好みは」

「そうだな……んー……、おっきな目、あと八重歯。えっと、メガネはあんま好みじゃない。おでこちゃんもいい。性格は無口よりも外交的で明るいほうがいいな」

 おお? 話し出すと結構あるもんだ。自分でもびっくり。

 好みはあっても、こだわりは強くないと思ってた。

 これは目の前の相手に、つまりは……。

 つまりは、男子の欲を叶えるという神さまによって引き摺り出された、己の願望だろうか。

 ほんとにこの子が神さまならば、という前提の話だけど。

 そう言えば今日告白したあの子は、どんな感じだったかな。

 ま、いいや。もう忘れよ。ふられたんだしね……。

「きれい系か? それともかわいい系?」

「それはどっちでも」

「野菜系? お菓子系?」

 野菜とかお菓子ってなんだろか。

「う~ん。まあそれもどっちだって」

「天然おばかと真面目タイプだと、どうじゃ」

「頭いい女子って好きだなあ。帰国子女とか憧れる」

「色白? 褐色肌?」

「色白!」色の白い女子、意外とおらんのよね。

「スレンダー? むっちり?」

「スレンダー」

「おっぱいは?」

 お? おっぱい? そんなことも聞くのか。いや、むしろ要か。

「……おっきいほうが」見るだけならね。

 そう、見るだけなら。

 触るのはまた別(触ったことないけど)。

 ここんとこの説明は面倒なので割愛。

 だからどっちがいいかと聞かれたら、取り敢えずおっきいほうと答えておく。

 友人たちの話では、どうやらおれは妙なおっぱい論を持っているらしい。

「唇は?」

「えっ、くちびる? え、え~っと、赤みが強くて、ふっくら、ぷりぷり」

「おしりは」

「おしりぃっ!? お、おしりかぁ。に、肉づきがよくって? 歩くたびきゅっきゅっと筋肉が締まる……って何言わすっ!」

「えっちなことには、好奇心が強いほうがいいんじゃよな」

「う、うん……まあ。えっと、あの、神さま? なんか変なほうへ話が行ってる」

「大事なところだと、妾は思う」

 このままでは性癖を全部、自白させられそうだった。

「ふむふむ、ちょっと待っておれ」

 幼女神はフリルの付いたポッケから、スマホを取り出した。

 それを見て、がっくり落胆。神さまが、携帯持ってる……。ア○フォンじゃん……。

 もみじのような小さな手で、指ではじくようにタッチパネルを動かす。

「え~っと、よしっ、こやつじゃ。おいおぬし、ちょっと学生証を出せ。ええから早う出せ。ふうん、これはちょうどよい。よし、次の土曜日なんかどうじゃ? 待ち合わせはそう……駅前にしとこう。おぬしの住んでいる場所から最寄りの駅じゃ。時間は午前十時くらい、と。それでよいな?」

 とんとん拍子。

 あまりに話がうまく進みすぎている。

「おおい、相手の顔を見せてくれよ」

「内緒じゃ」

 神さまは隠すようにして、スマホをきゅっと小さな胸にかき抱く。

「内緒って、なんで」それじゃ好みをしゃべった意味ないじゃん。

「イメージと違うからって、チェンジとか言われたら困る」

「……」

 正直な……。

 まあでも、あれだけ好みの要素を並べたんだからなあ……全部ぴったり合う子はいないんだろう。

「安心せい、めっちゃ美人じゃぞ。楽しみにしておれ」

「ほんとだろうな」

 ま、いいか。納得することにしよう。

 しかし、それなら別の不安が生じてくる。

 きれいな女の子と会うことになる……?

 内心尻込みする。確かにねこみみ少女との出会いを望んだが、いざ実際に会うとなると、やっぱり気後れしてしまう。

 今日の暗い記憶が脳裏をよぎった。あんな思いはもうごめんだ。

 そんな不安を見透かすように、幼女神は言うのだ。

「大丈夫じゃぞ。相手の正体は畜生、つまりケモノの変化。妖怪の類いじゃ。異性の好みも人間とは違う。妾の予想では多分、おぬしは気に入られると思う」

「そう、なのか?」

「それと畜生の女子はな、人間の男子と結ばれたい願望が強いのじゃ。これは最初から男子側にアドバンテージがある関係と言える。まあそう気構えるな」

 さて、と言って神さまはスマホを左手に持ち、右手の人差し指を高らかに掲げた。

「最終確認じゃ。おぬしは本当に、人間外の存在と恋愛する気があるのじゃな?」

 人間……外。

 そうだ。これは人間の女子と会うわけではない。今までいないと信じてきた、しかしどこかにいて欲しいと熱望してやまなかった、非リアルの女子。

 そんなものは、存在しやしない。そう理解していたからこそ、そんな気持ちは横へ置き、リアルの女子にアタックしたのだ。

 だけど、それももう……。

 このときにはすでに目の前の金髪碧眼幼女の持つ妖気に呑まれていたのだろうか。

 ついさっきまで信じていなかったはずなのに、この小さな女の子を本当の神さまだと完全に認めてしまっていた。

 制鞄を足元に置き、自然と両手を合わせた。

 きちんと神さまにお願いするように。

「よろしくおねがい、します」

 よかろうっ!

 可愛らしい声が、夕暮れどきの神社に響き渡った。

 白い、小さな指が、スマホの画面を押す。ピロリン、と電子音が鳴る。

 おそらく相手にメールでも送ったのだろう。

 これで、念願のねこみみ萌え萌え少女と出会える。どんな美少女に化けているんだろう。

 今から楽しみで仕方ない。

 すでに今日の悲しい思い出は、泡のように溶けて消えていた。

 あるのは浮ついた気分だけ。単純な奴だと自分でも思った。

「さて、ではケモノっ娘とつき合うに当たっての注意事項じゃ。まず、根が畜生なだけに欲望が強い。色々とおねだりされるじゃろう。まあそんなに高価な物は要求されんと思うが。裏を返せば、プレゼントに弱い、ということになる」

 なるほど、プレゼントね。大丈夫、ある程度貯金はある。

「あと、凶暴な本性が隠れていることがあるから、ゆめゆめ怒らせるでないぞ。ええな、こころしておけ」

「う、うん。分かった」

「最後に妾からも一言、ある」

 めんどくさいなあ、と思いつつも、顔の筋肉がゆるむのが自分でも分かる。

 嬉しさのほうが勝っている。

「おぬしは人間のおなごではなく、人外のおなごを選んだ。これは一線を越えたのじゃ。今後は絶対に、人間のおなごに懸想するでないぞ。もしそんなことがあれば」

 急に声のトーンが低くなった。

 ざわっと、夏にしては冷たい風が一陣吹く。

 そして彼女は、およそ幼女とは思えない、怨嗟に充ち満ちた声で言ったのだ。

「もし、そんなことがあれば、……祟るぞ」

「…………はい」

 こわっ……。

 でもそんなの言われるまでもない。もう、リアルの女子は諦めた。

 あいつらは平気で男子を傷つけるのだ。それを悪いとはまったく思っていない様子なのも腹立だしかった。

 たとえ金を積まれたって、人間の女子とはつき合いたくない。

 少なくとも、このときは本気でそう思っていた。

「そんな脅さなくてもいいよ。約束する」

 返事をすると、金髪碧眼の神さまは再びこども特有の屈託のない笑顔を浮かべ、満足そうにこくりとうなずいた。

「よーし、これで縁結びの神としての役割はおおかた終了じゃ。あとはおぬしの男気しだい」

 んんっ!? 少し慌てる。

「えっ? 『縁結び』、だけ? そのあとはどうすればいいんだよ」

「はあ? ご縁があって出会えば、あとは男女でよろしくやればよいではないか」

「そ、それができたら苦労しねえよっ!」

 会うだけなら、リアルの女子と毎日学校で会ってんだよ!

「そんなこと妾に言うても困る。妾は縁結びの神じゃ。人間外の、非リアル女子との縁を取り持つのが役目。恋愛成就の祈願なら、別の神社へ行け」

 さっきまでの浮かれた気持ちが消えて、目の前が暗くなった。

「おいおい、感情の浮き沈みの激しい奴じゃな。じゃが本当、心配するな。言うたであろう。おぬしは多分、好かれる。自身を持て。相手も人間の男子と会うのを楽しみにしているはずじゃ。気楽に行け」

「簡単に言うよなあ」

「妾を信じよ。もし駄目だったら、またここへ来い。新たな縁もきっとある」

 陽は落ちて、辺りに暗闇が立ち籠め始めた。夏でここまで暗いとなると、もうかなり遅い時間だ。家族も心配する。

 礼を述べて、お社をあとにした。

 帰り際、幼女神が呼び止めてきてメアドと電話番号の交換を要求してきた。連絡が取りやすくなるのは便利だが、なんか夢が壊れる気分だった。

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