第6話 もっといいことしようぜ!

「……なにやってんの?」

「えーと……ちょっと待って」


 風磨はベッドの横にある引き出しを探り始めた。瓶のような物体を手に握り、黄色い蓋を開け……あれ? それってもしかして、例のアレ?


「なんでそんなん持っ……あっ!! 前の!? いたの!?」

「やっぱ新品じゃないと嫌?」


「いや別に……男?」

「女の人」


「女の人……!? 彼女!? えっ、それって同級生!?」

「……年上」


 今年一番の衝撃である。てっきり風磨はまだかとオレは勝手に想像していた。オレは奇しくもまだである。なぜか。男人気の方がよほど優っていたからだ。


 愛でられる方の男に近寄る女子はあまりいない。今思えばだが、何かのネタにされていたような気がしている。女子たちの脳内でオレらの関係がどう展開されていたかは不明だが。なんとなくはわかるが必死で考えないようにしていたのだ。気分が異様に塞ぐから。


 しかし風磨よ、お前ちょっと前まで中学生だったはずだろ。やることやっていらしたんですか。マジですか。それ、どこでどうやってお買い求めに? あっそうか、こいつでかいから充分大人に見えるだろうし、買い物なんて楽勝か。彼女が持ち込んだ物かもしれない。聞きたくないような、細かいところまで聞いてみたいような。


「ねーねー風磨、それ何回使っ……冷た!!」

「あっごめん、温めたつもりだったけど……ちょっと我慢して」


「う、うん……あのさ、彼女って何歳年上……あっ、入んないからね? それ絶対無理だからね?」

「わかってる」


「……ねえ風磨、彼女と付き合ったきっかけって……」

「……もういいだろ。脚ぎゅっと閉じといて。こうやって」


 え? こう? と腕を回して閉じた脚の間から、経験したことのない強い快感が突然走った。急激に息が詰まる。圧倒的に酸素が足りない。だらしなく口を開けて吸うしかないのに、喉の奥からなんとも情けない声まで漏れ出てしまうのだ。


「はっ、あっ、ふうまっ、それ……!!」

「シーッ。聞こえる。声落として」


 形にならない声を無理やりに整えて、無理、と言った。少しは言えていたはずだ。するとかぶりつくようなキスで塞がれた。鼻呼吸だけではとても間に合わず、何度も大きく口を開けたがその度にガブリと塞がれる。


 風磨は口も大きかった。生まれる前に消去したはずの記憶が蘇ってきたような気がする。自分より大きな動物にかっ喰らわれる、という悪夢の記憶が。オレの精神と下半身は、その警告夢にそぐわぬ快感の信号を発し続けているにも関わらず。


 頭の中で一本ずつ、感情の混線が極まってゆく。気持ちいいのか、怖いのかの判断がつかない。運動量の多い風磨が先に苦しくなってきたようで、オレの顔をまっすぐ見ながら間近で息を荒げている。


 どうしよう、と迷ったオレは自分の片手を口に当て、歯を立てた。思ったよりも強く噛んでしまい痛かったのだが、そんなことは今やどうでも良いことだった。


 脚を閉じさせている片腕は随分と疲れていたが、性感が来るたび力を込めてしまい、もはや膠着している状態だ。馬鹿みたいにブルブルと震え出したその腕は、風磨の手で少々雑に取られて代わられた。


 何度もお世話になっている、スマホの小さな画面で見られるあの場面がまさにここにある。どれもこれもが無遠慮に肉ひだを押し広げながら挿入しているが、それに似たようなことを今している。擬似行為。本番禁止の夜のお店での遊び方。


 こんなことをどこで知ったのだ、お前やってたのかよ詳しく教えろ、と茶化す余裕は微塵も残っていなかった。グチュグチュと大袈裟に響くそれは間近で耳にするだけで酷く淫靡なものに感じるのに、それらは全て自分の陰部から発せられているのだ。否応無しに興奮を誘われてしまう。


 今思えば、体育の授業でも風磨はほとんど息を乱していなかった。基礎体力という土台があり、あの演舞のような華麗な動きを実現できる筋力がついていたからだ。その風磨がいかにも気持ち良さそうにしながら夢中で酸素を捕まえようとしている姿は、見ているだけで胸がドキドキした。


 冷めてはいないが冷静で、笑うところを理解しているが簡単には笑わない。そんな奴がそういう気分にさせられてしまい、あっけなくオレの誘いに乗って、実際に乗っかってしまったのだ。


 しかも風磨はかっこいい。その辺の奴よりはるかに強い奴。その優越感と、達成感は癖になりそうなほど刺激的だった。オレがやった。オレが戦犯だと。


 別の意味でも気持ち良くなっていたオレは目蓋の裏がうっすら白んできていたが、風磨の方は少し物足りないと思ったのだろう。呼吸を何度か整えたあとに太ももの内側を鷲掴んで割り、肉の棒で直接中心に触れられた。同時に握る形になっている。だからそれ、どこで覚えた。白状しろ。


 今は手であろうが棒であろうが、ちょっとでも強く擦られてしまえば限界が来る。お願いだからいっぱい擦って、という気持ちと、まだ今のを続けてほしかった、という気持ちが天秤の左右に乗り、ぴったり水平に釣り合っていた。


「これっ……、気持ち、いい……?」

「ひいっ、ひもひ……!! っん、っん、ふぅんっ……!!」


「いい?」

「ひ、い、ひもひいいっ、ひもひいいっ、んっ、ふっ、ふうっ……!! ん————っ…………!!」


 すぐに目盛りが狂ってしまう繊細極まる天秤など、横から蹴り倒したような衝撃が脚から脳へと貫いた。噛んでいた手は力が入らずばったりベッドにダウンして、降参の姿勢を取るしかなかった。


 暑い。苦しい。腹の底からキュンキュンする。ひとりでやるより断然気持ち良かった、という感動と、友達としての好きを通り越し、憧れの人と化した男とヤッてしまったという事実から来る愉悦の感情がどうにも止まらず、大笑いをしそうになった。


 風磨はちょっと違ったようで、オレを愛でて味わうように口付けを繰り返している。その舌の動きはいやらしく、頭が眩む。疲れと酸欠が相まって意識を飛ばしかけながらも、腹の上に撒かれたもので身体がベタベタになっていることに気がついた。2回目なのによく出たな、という別種の感動も湧いてくる。


「ん……、ちょ、まって、ふうま」

「なに?」


「オレ……もうできない……」

「えっ……? しないの? よくなかった……?」


「……あっ、違うから。今日はもうできないってことだから……あ、あは、くすぐった! ダメダメ、イッたばっか、だって、ねえっ……」


 デロデロに溶けたように思えるそこを優しく弄ばれながら、首筋に舌をべろりと這わせられる。いつもなら上り詰めたあとはあまり触りたいとは思わなくなるはずなのだが、謎のやる気を見せてきた風磨に過敏になった神経の先端を突かれると、それを快感としてオレの身体は徐々に受け止め始めてしまう。身体の一部の様子が変わった実感から、復活を遂げてしまったようだと自覚した。


 透明な液体を足した大きな手のひらで包まれる。また卑猥な水音と共に硬くなってゆく己のものに意識を集中させていると、風磨の唇はそっと首筋から外されて、耳を甘噛みし始めた。


 荒い吐息がオレの鼓膜を震わせる。くすぐったさとゾクリとする性感がオレを襲う。耳朶をチュ、と音を立てて吸われ、縁に舌を這わされて、無性にもっと奥を舐めてほしい衝動に駆られ始めた。その舌先は何故だかふいに離れてゆき、耳の下へと移ってしまった。


 少し残念に思っていると、一気に耳の裏まで舐め上げられた。緩んだ口から声が漏れる。新しい刺激に翻弄され、堪えきれなかったのだ。その我慢を決壊させた張本人である風磨は焦ったらしく、オレの首の下に置いた腕を揺らし、片手でオレの口を顎ごと掴むかの勢いで塞ぎ始めた。


 鼻の奥に圧がかかる。まるで強姦のような格好なのに興奮する。イヤ、やめて、と言いながら下で感じているセクシー女優の演技を醒めた目ではもう見られない。だって、気持ちいい。風磨が相手だと気持ちいい。


「ふっ……まっ、ひおい……!! やら、はやひへ……!!」

「ごめ……、となり姉ちゃんの部屋だから……もうちょっと……」


 舌を耳の穴に挿れられるなんて初めてだったが、感触と音が生々しい。音と状況と、下から突き上げてくるような快感に夢中になっていたそのとき、突然フラッシュを間近で焚かれたような色が目蓋の裏を全て染め、気絶に似た感覚へと落ちていった。


 オレは走りに走った犬のごとくゼエゼエと息を上げていた。もうしばらくはそれしかできない。なんかいい感じのピロートークとか、土台無理。汗が酷すぎて、くっつく前にそれを何とかしたい気持ちだ。風呂に入った意味がなくなった。


 ……仕返しのつもりかこのやろう。ちょっとしたイタズラ心が疼いただけで、ここまでする予定じゃなかったのに。一回ずつ抜き合って、スッキリしてからすやすや眠ろうと思ってたのに。


 オレの精液を絞り取ってきた犯人は、せっせとそれを片付けながらウトウトと船を漕いでいた。これだけやればそうもなる。シャワーだけでいいから風呂に入り直そう、と提案した。風磨は『うん……』と目を擦りながら同意し、とぼとぼと暗い廊下を二人で歩いた。


 ていうか廊下の電気点けてくれよ。お前は慣れてるから平気だろうけど、オレは全然なんにも見えない。喋るのも怠かったので風磨のTシャツの裾をぎゅっと握り、犬のリードのように使おうとしたところ、なにかを勘違いしたのか真っ暗な廊下でしばらく抱きしめられた。


 違う違う。オレは甘えたいわけじゃない。風呂だよ。さっさと行こう。GOだ。歩け。

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