第2話 玲もある意味男共を薙ぎ倒している

【玲のターン】


 だんだん体格の良い奴が挑んでくるようになったな、とは気づいていた。背が高い奴、横に太い奴。様々だがとにかくどんどん対戦者がでかくなってゆく。


 最初は『付き合ってください!』とか、顔を赤らめて手を差し出してきたりする。当然オレは断るわけだ。だって、友達ですらない奴が相手である。ましてや女子ですらないわけだ。オレとどういう付き合いをしようというのだ、お前ら。


 どうせやりたいことはひとつだろう。ヤリたい。とにかくヤリたい。オレの身体を組み敷いて腰を振りたい。たったそれだけだ。オレも男だから、そこはよーくわかるつもりだ。


 だからといって大人しく組み伏せられるほどオレは弱くない。中学のときまではまだ平和だったのに。そう思う。オレちょっと子供っぽいかなあ、と思いつつガキらしく友達と家で遊んだり、外へ出かけたり。告白どころか襲ってくる奴なんかひとりもいなかった。小学校からの付き合いの奴らばかりだったからなのだろうか。


 でも今思えば、オレの人気は性格でも喋りでもなくて、ただの顔人気だった気がしてきた。しかもあいつら、みんなオレと同じ高校を希望していた。えっ、もうちょっと真面目に考えろよ、と何度も思い直すことを提案したが、彼女が欲しい欲しいと言っていた奴らがみんな頑なに、この男子校への進路を希望したのだ。


 結構勉強しないと無理なのに。案の定、何人かは落ちて滑り止め校へと進んでいった。お別れ会と称した食事会でマジ泣きしたその数人を見て、かなり引いたのを覚えている。


 生き残った奴らもいたが、1学年だけで8クラスあるこの高校。あっさりクラスは別れてしまい、知人は風磨だけしかいなかった。そいつらはスマホに連絡を寄越してくれたりするが、なぜか個別で会うことを希望してくる。絶対に。中学のときまではみんな一緒に遊んでいたにも関わらず。


 この辺でやっと、あいつらがオレと一緒に、しかも二人きりになろうとする理由はなんだ、と思い始めたのだ。アホみたいに付き合って、付き合って、と声をかけてくる謎の男共。


 こいつらとあいつらの動機はほぼ一緒なんじゃないかと疑い出した。あまり核心に触れたくはないのだが、そんなことより先んじて自分の心配をせねばならない。


 このまま無事に卒業できるのか。舐めた真似をしようとは思えなくなるほどに、オレの背が高くなるその日は来るのか。


 ……悲しいが、一生来ない気がしている。せっかく大きめに仕立ててもらった制服は、ちょっとブカブカのままで卒業になるかもしれない。悔しい。風磨が羨ましい。


「……玲くん。ごめん、放課後さあ、ちょっと来てほしいって頼まれてんだけど……」

「また? だるいなー。どこにだよ」


「川沿いに鉄橋あるっしょ? そこの下。学校から一番近いとこ」

「あー。あそこね。わざわざ? 学校でいいじゃんね。わりーけど、それ断っといてくんない? オレ普通に帰りたい」


「……せ、先輩に頼まれてて。マジで断れないやつ。頼むよ、なんかあっても玲くんなら強いから、大丈夫っしょ?」


 ——強いから、と言われると自動的に悪くない気分にはなってしまう。しかし。


「風磨にもついてきてもらうけど、その辺オッケー?」

「うん……まあ。大丈夫だと思う。話すときはタイマン希望してくるとは思うけど……休み時間に確認取るわ」


 結果はオッケー、だそうだが、感じの悪さがうっすら臭ってきていた。先輩。二人きり。鉄橋下。わざわざ学校から離れたところで、というのは他の生徒に気づかれたくないからだというのは理解できるが、助けを呼べない状況でもあるということだ。


 なにか怪しい。なにか企んでいるのでは。でも長身の風磨が居るだけで、ある程度は相手も怯むだろう。虎の威を借るようでプライドが傷つくが、相手の力を利用して勝つのが合気道だ。ボクシングやK-1のように、自分の身を前に出して戦う流派じゃない。


 冷静になれ。無駄な意識や力を込めると負けてしまう。小学生のときから師匠は、いつもそれを前に出たがるオレに教えてくれていたのだから。


 オレは風磨に守ってもらうようでいて、守ってやらねばならない立場だ。あいつは武術の類はなにもやっていない。実家は中国拳法の道場をやっているのにだ。


 それを知ったときはクラス中が湧いた。しかしすぐに収まった。『俺はなんもしてないから』と風磨がすぐさま否認したからだ。そのあと誰かが、風磨の姉ちゃんがとにかく強いらしいと発言したので皆そちらの方へ意識が向いた。いつも通りに大人しくしていた風磨は、姉ちゃん怖いエピソードを少しずつ語ってくれた。そのひとつひとつが強烈で、みんな夢中になって聞いたものだ。


「……玲ちゃん、マジでごめんねー。俺も先輩に言われてやってるだけでー」

「おい、これガチの犯罪じゃねえか。あんたもう18歳なんだろ。成人じゃん。少年院には入れてもらえねーぞ!!」


「いやー、それは内容によるかなー。とりま殺人じゃなければ刑務所には行かないっしょ。初犯なら特にさあ」


 一目見たときから胡散臭い奴だ、とは思っていた。軽率の文字を擬人化したかのようなその『先輩』は、自分から近づかずオレにこっちこっちと手招きして呼び寄せてきた。風磨も一緒に来てくれようとしたのだが、『あーダメダメ! 君はそこにいて!』と指示を飛ばしてきた。一応相手は先輩である。風磨は立ち止まり、絵に描いたような不安まみれの表情でオレを見ていたが、大丈夫だと手で制した。


 くだらねえことをするようだったら、遠慮なくこの足元の砂利を食わせてやろうじゃないか。そう決めて近づいた。その時だ。葦の長い草むらの中から謎の塊がオレに向かって飛んできた。それはひとつじゃなく、複数の黒い弾丸。その正体は生きた人間たちだったのだ。


 複数人を同時に相手取るには、熟練した技が必要になる。まず後ろから抱きつかれたら、抜け出して掴んで回して倒す。これはひとりを相手にするならスムーズにできる。しかし4人。それが同時襲撃。前後左右から身体を捕獲され、さらに布か何かを巻かれて視界を奪われてしまった。このパターンは経験がなかったのだ。オレの師匠じゃないと土台無理だ。


 パニックに陥りながらもまだ冷静さを失っていない頭の角で、勢いで首に引っかからなくて良かった、と思う余裕は残されていた。捕獲されたオレを見てニヤニヤ笑いを浮かべているであろう『先輩』に犯罪だろと叫び、

あとはとにかく抵抗しながら風磨の身を心配した。同じように襲われたのではないかと。オレは別に良いとして、風磨が危ない。


「おい、早く乗せろ!」

「ちょっと待っ……イデデデ!! この!!」


 手探りで相手の手首などの関節を掴み、勘で逆に捻ること数回。奴らの拘束が緩み、視界が半分戻ってきた。土手の上には黒いバンが停まっている。あれに乗せられたら本当に終わりだ。とにかく抵抗せねば明日はない。拉致監禁されてしまえば。様々な道具を使われれば、オレでもどうにも出来ないかもしれない。


 頑張れ玲、男だろ、と気合いを入れて抵抗している間にドサッ、ドサッ、となにか重いものが倒されてゆく音がした。『えっ!?』とそばにいた男が突然大きな声を発した。つられてそっちを見た瞬間。


 突然なにもなかった空中から、黒いジャガーが襲いかかるようなドロップキック。


 彼はそばにいた男を水平方向へと吹き飛ばし、身体をブレさせることなく着地したとほぼ同時に立ち上がった。その長い脚を目にも留まらぬ速さで回転させ、2人目の男は冗談のような格好でブッ倒れた。側頭部を打たれた上に、反対側の側頭部を砂利に思いっきり打ちつけている。受け身ナシ。これは、大怪我をしていなくとも小一時間は動けない悲惨なダメージだ。


 慌てて3人目の男が飛びかかる。しかし気絶するようにフッとその場に倒れ込んだ。胸を押さえてゲッ、ゲッ、と胃の中身を全部ぶち撒けている。汚ねえ。最悪だ。彼は身体の全てを肘の方に向けて突き出したようだ。人体で一番硬い部位を、その大きな体躯の全体重をかけて、心臓に向けての一突きである。大ダメージに決まっている。想像するだけで恐ろしい。


 後ろから4人目が果敢に飛びかかった。これは勇気があるとはお世辞にも言えない。アホ確定。状況をよく見ろよ。これだからテンションの上がった男はいけない。案の定、首を手刀で打たれブチ倒されている。あれ、これってマジでキマると頸椎骨折で即あの世行きの技じゃないか? あ、あぶなー。気絶しただけだよな? 生きてるか? 白目剥いていらっしゃるけど??


 彼は獲物を狙う野生動物よろしく土手の上へ全速力で駆けていった。上では『ヤベェ!! 早く出せ!! 出せって!!』と男たちが叫んでいる。その判断は非常に正しい。誰しもジャガーに狙われればそうなるだろう。人間の抵抗など児戯に等しいからだ。


 間一髪のところで黒いバンは車体をふらつかせながら走っていった。焦りすぎて土手から転げ落ちそうになっているそのバンを彼は黙って見送っているようで、手にはしっかりスマホ。写真を撮る。あっ、そうか、ナンバーか。冷静だなあ。オレはめっちゃパニック起こしてたのに。


「風磨ー。もういいよ。帰ろーぜ」

「いや……でも、通報とか……」


「これどう説明すんだよ。絶対面倒くせーから。帰ろ!」

「うん……」


「あーあ。なんで今までずっと黙ってたし。教えろし。友達なんだから」

「だって……できるって知られたらあいつらさ、型やってみろよ、とか絶対言い出すし。技かけてみろとかなったら危ないし。そもそも目立ちたくないし。俺がやった、っていうか、仕込まれた流派ってさ…………」

「…………えっ!? マジで!? かっけえええ!! そんなんあるん!?」


「……うん」

「マジか〜〜!! かっこいー!!」


 オレは大興奮して、かっこいいかっこいいと叫びながら風磨の家までついていった。言えば言うほど風磨の頬が赤く染まり、耳まで染まってゆくので面白かった。風磨のうちの離れにある道場からは、夕方の稽古の掛け声が漏れ聞こえている。生徒さんが沢山来ているようだ。


 玄関から家に上がらせてもらおうとしてはたと気づいた。俺は全身砂だらけであることに。ここで脱いでしまおうかと風磨に言ったら、奴はそっぽを向きながら風呂場のほうを指差していた。風呂に入れと。別にいいなら今から遠慮ナシで入るけど。

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